解答篇
「最初に疑ったのは、そもそもあの写真は本当に蒲生の弟が送ったものなのかということだ」
「あいつのLIMEからダイレクトメッセージが来たんだぞ」
腕を組み軽く顎を引いた蒲生に、碓氷は緩く首を振る。
「確かに、蒲生の弟からのLIMEだった。でも、LIMEを操作してメッセージや写真を送る行為は本人じゃなくてもできることだよね。第三者がこっそりその人のスマートフォンを使うとか」
「だが、あいつはサークルの旅行中で家にはいなかった。家にいない奴がどうして家の中のものを撮影できるのさ」
「だから、あの将棋盤の写真を撮ったのは弟じゃなかったんだ」
憮然とした面持ちで安楽椅子探偵を見つめていた蒲生は、
「さては親父の仕業――いや、違うな。今日は親父も仕事で家にいないはず」
「蒲生家には弟も親父さんもいなかった、それはきっと正しいよ」
「じゃあ一体誰が。そもそも、どうして旅行中の弟のスマートフォンで家のものを撮影できたんだよ」
「簡単さ。蒲生の弟はスマートフォンを家に置き忘れていた。そして、蒲生の家に侵入した何者かが弟のスマートフォンで将棋盤の写真を撮って蒲生に送ったんだ」
呆気にとられ二の句が継げない蒲生に、碓氷は淡々とした声で先を続ける。
「蒲生に写真を送りつけた犯人は最初から写真を撮るつもりだったのではない。蒲生の家を物色していて、たまたま将棋盤を見つけたから撮影した」
「たまたま?」
「空き巣犯なら、目当ての品を手に入れるために家のあちこちを探し回るだろう」
碓氷は画面上の将棋盤に視線を固定させたまま、
「蒲生の親父さんは、将棋セットを金庫がある部屋の押入れに仕舞っていたんじゃないかな。そして、空き巣犯は押入れの中を漁っていたときに将棋セットを見つけ悪戯心が湧いた。いや、きっと一種の自己顕示欲ってやつなのかな」
「自己顕示欲?」
「この写真が送られてきたということは、犯人はきっと目当てのものを手に入れられたんだろうね」
「どうしてそんなことが分かるんだよ」躍起な口調で迫る蒲生に、碓氷は悠然と微笑みかける。
「これは、犯行の様子を明瞭に示したものなんだ」
「お前の説明は回りくどい。もっと噛み砕いて話せ」蒲生は苦虫を噛み潰したような顔で注文する。
「この将棋盤に並べられた駒には、ちゃんと意味があったのさ。たとえば歩兵。これは文字通り歩く動作を表している。金将は部屋にある金庫のことだろうね」
「金庫――まさか、金庫の中身も」
「いや、犯人の目的の物は金庫の中にはなかったはずだ」
「どうしてそう断言できる」
「言っただろう、この駒の並びは犯行の様子を表したものだって。歩兵の並びは、犯人が実際に歩いた道筋なんだ。金将のところには歩兵が向かっていない。犯人が金庫に興味を示さなかった証だよ」
碓氷は指先でテーブルをトントンと叩きながら、
「おそらく犯人は、蒲生の親父さんが所有しているお宝のことを知っていたんだ。さらに、親父さんの性格からそれをどんな場所に隠すかある程度予測できた」
「親父の宝って」
「蒲生がさっき話してくれたじゃない。親父さんがエジプトで珍しい古文書を見てきたって」
このときの蒲生の顔は「開いた口が塞がらない」の見本そのものであった。
「親父さんはきっと、その古文書を何らかの理由で譲り受けたんだろう。そしてそれを日本に持ち帰ったんだ。けれどうっかりそのことを犯人に漏らしてしまい、結果として宝を狙われるはめになった」
「うっかりし過ぎだろう。我が親ながら情けない――で、話の続きだが」
「駒の説明だね。この、ひとつだけ向きが異なる飛車は、蒲生の弟が描いた空飛ぶ車の落書きを示したものだろう。襖に向かって描かれた絵だから、その絵と同じ向きに飛車も置いた」
「空飛ぶ車で飛車か。都合の良い駒があったものだ」
碓氷は笑いを噛み殺すと、
「そして、この二つの桂馬。これは多分、神棚に飾られている榊の代わりだね。駒の中で植物を表す文字は桂馬にしかないから。犯人は、どうしても神棚の存在も将棋盤の中に示す必要があったんだ」
「どうして」
「親父さんは、神棚にお宝を隠していたからだよ。玉には宝という意味もあるだろう。犯人は、無事に宝を盗み出したというメッセージを残すために、この将棋盤を利用したのさ」
【蒲生家 一階の和室 図】