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元病弱な男爵令嬢は今日も胃が痛い

昔から気管が弱くて、満足に屋敷の外にも出ることができなかった。ちょっとしたことで発作が起きて、すぐさまベッドに逆戻り。そんな身体で元気いっぱい育ち盛りの同い年の子たちと遊べるはずもなく、まさに深窓の令嬢を地で行っていた。

家でいつも一人きりで本を読んでいた、父や母はいるけどいつも構ってもらえるわけじゃないから。家庭教師はいたけど、父も母も心配性だからあまり長時間の授業は受けさせてもらえず、ベッドの上でただただ暇な時間が多かった。

もちろん、独学で本を読んで勉強もしたけど、それ以上に私は物語の本を読むのが大好きだった。

元気で、天真爛漫で、言いたいことや間違っていると思うことはハッキリと言える、能動的な主人公の女の子がでてくるお話がお気に入り。主人公は少し幼いところもあって、旅を通して彼女が成長していくストーリー。そんな主人公に自分を投影させて、空想の世界で屋敷の外に飛び出す自分を思い描くことが唯一の私の楽しみ。いつか、主人公みたいになれたら、外の世界を旅できたら。半ば諦めた気持ちで、窓の外を見ながらずっと、願い続けていた。


願いが届いたのか、12歳を超えたあたりから病状が徐々に軽くなっていった。

そして学園に入学する頃には、多少の運動不足による筋力の低下はあるものの、すっかり病気は治っていた。

屋敷をほぼ出たことがなかったため、学園に行くと決めたときはドキドキし過ぎて心臓が破裂するんじゃないかと思うほど緊張した。父も母も最初は心配していたが、医師の診断もハッキリ太鼓判を押され、私の決意が固いこともあり、入学を許してもらえた。と言うよりも、まあ魔力を有する者は全員通わなくてはならない義務なので、絶対に入学はしなければならないのだが。(病気により通えないなどの事情があれば別だけど)

私は手を叩いて喜んだ。なにせ、初めての屋敷の外。初めての同級生。初めてのこと尽くしだ。

心を震わせながら、私は学園の門をくぐった。


しかし、人生そう簡単に全てがうまく行くことはなかった。

私は魔力が人よりかなり多い、という特性を持っていて、少し他の人たちとは違った部分があった。それに加えて、今まで屋敷に引きこもっていたという噂も既に出回っている。

みんな、遠巻きに私を眺めては、関わることなく通り過ぎて行った。

こちらからアクションしようにも、今まで身近な家族や使用人以外と人付き合いというものをしたことがないため、どう距離を縮めればいいのかさっぱり分からなかった。

けれど、どうにかクラスで授業に参加はできていた。

同じクラスにこの国の第二王子様がいたからだ。彼は王子として責任感も強いようで、打ち解けられていない私を見かねて積極的に声をかけてくれて、グループを組むときも率先してグループに入れてくれた。

私は勘違いなど決してしなかったが、周りの女生徒がやっかんだりして嫌味を言われたりもした。


そんなある日のこと、私はある女生徒に中庭に呼び出された。

「あなたがクリスティーナ男爵令嬢ですわね」

「はい、クリスティーナ・レディントンと申します」

不遜な態度でジロジロと上から下まで眺め、ウンウン頷くこの銀髪の少女。人形のように愛らしい顔立ちをツンと澄ましながら、淑女の礼をした。

「私はヴィクトリア・ブラットリー。今日はあなたに話があって、こちらに来てもらったの」

彼女は、あのレオン・ギルバート第二王子様の婚約者である。

「単刀直入に聞きますけれど、あなた、殿下のことが好きなのかしら?」

「……もちろん、ご学友、並びに我が国の王子殿下として尊敬しております。が、ヴィクトリア様がご心配されれいらっしゃるような感情は一切抱いておりません」

「いえ、ただ確認したかっただけですのよ。あなたは何かと有名な方ですし、殿下が夢中になってもおかしくないと思って」

咳払いを一つして、少しホッとしたような顔を見せた少女。私はよく分からない言葉をおうむ返しに繰り返した。

「有名…ですか?」

「あら、自分のことなのにご存知ないの?とても可愛らしくて、魔力が膨大で、人当たりが良いって評判ですわよ」

「え、それ誰のことですか」

驚いて目を見開けば、彼女は不思議そうに首を傾げた。

「あなたのことですわよ。私みたいに高飛車な婚約者より、ずっと殿下の相手にふさわしいって……腹が立ちますわね。いえ、良いんですのよ。どうぞ婚約解消してさっさと別の令嬢とくっついてどうぞ?もう最悪、婚約破棄でもなんでも良いから、私とあの方を繋ぐ全ての関わりを断絶したいと思っていたところですから。ああ、あの腹の立つ胡散臭い笑顔が頭にちらつく、イライラする……」

「大丈夫ですか…?」

美しい顔を歪めて、彼女はブツブツとどこか別の方を見て苛立ちを露わにしていた。そのギャップにたじろぎつつ、一応声をかけてみる。

「……ええ、大丈夫ですわ」

ハッとしたようにこちらを見つめる紫苑の瞳、少し和らいだ釣り目がどこか猫のような印象を与えた。

「あの、」

ごくり、と生唾を飲み込みながら私は勇気を出して見た。

この少女、自分の婚約者と仲良くしている私を注意しに来たのかと思いきや、全然そんなそぶりもなく、ただ私を純粋に褒めている。こんな馬鹿正直な人は初めて見た。

「何か不満があるなら、私でよければ聞きますよ…?」

心臓が痛いほど高鳴っていた。これで合っているのか、分からない。ただ、この子ともう少し、仲良くなれたら嬉しいと思った。おこがましいかもしれないけれど、そう願ってしまった。

「え……」

大きな釣り目が、まん丸に見開かれている。

「…あら、猫みたい。可愛い」

思ったことがそのまま口から出た。

瞬間、彼女の顔がポッと赤く染まる。

「き、聞くって……私の不満を?」

「ええ」

「……殿下に対する不満ですわよ?」

「はい、人に言ったら少しは楽になるかもしれませんよ」

彼女はポカンとした顔をした。

「殿下に不満を持つなんて……!って、怒らないの?」

「え?そんな、誰だって不満くらい溜まりますよ」

「……照れ隠しだって思わないの?」

「あ、照れ隠しだったんですか?」

「違うわよ!!!」

「そうですよね」

彼女は私をまじまじと見つめた。

「あなた…………変わってるわね」

「ヴィクトリア様も、私が思っていたような方じゃなかったですね」

私たちはクスクス笑い合って、自然と友達になった。

私の初めての友達ができた日になった。


「あの男はね、本当に最悪な腹黒王子なのよ」

この国の王子の悪口という内容が内容のため、いつも彼女と会うときは人目につかないところ選んで話した。放課後に開いた教室に二人でこっそり閉じこもっては、おしゃべりに興じる。

彼女は相当な鬱憤が溜まっていたようで、王子に対する不満は尽きることがなかった。

「あれは……そう、私が12歳になった直後のときだったわ。街で従者を連れて買い物を楽しんでいた私は、人攫いにあったの」

「えっ大丈夫だったんですかそれ」

「身代金目的の誘拐で、50代くらいの男が犯人だったわ。彼の家に連れてこられて、緊縛魔法で腕を縛られた私を椅子に座らせて、それから沈黙よ。私はどうにかここから逃げ出さなくてはと思って、でも目の前に男がいるから下手なことが出来ない」

「絶体絶命じゃないですか…」

「そのとき、思いついたの。私はその時まだ緊縛魔法は使えなかったのだけど、既に風魔法は大得意だった。そう、男の周りをぐるぐると旋風を巻き起こせば、男はその場から動けなくなる!!そう考えついた時、私は自分が天才だと思ったわ」

「思ってたより深刻そうな事件じゃなくて何よりです」

私は安堵してのんびり聞く姿勢に変えた。

「私が男の不意をついて風魔法を使うと、男は何!!!と声を上げたわ。でも既に男は竜巻きの中にいて、もはやそこから動くことはできない。……はずだったんだけど」

「けど?」

「しばらくして、男は普通にその竜巻きから出てきたの。私は驚いて、一体どんな技を使ったの……!?と問いただしたら、男は『いや、こんな狭い部屋でそんな申し訳なさそうに起こした小規模な竜巻き……ちょっと強い風だな〜感覚で普通に通れたわ』と。私は崩れ落ちたわ。私の遠慮がちな性格が仇となって、この部屋を吹き飛ばさない程度の竜巻きにしたのが悪かったのよ」

「ゆる〜い誘拐事件ですね……」

「でも、竜巻きから出てきた時、男はまるで別人のような顔つきをしていたわ。憑き物が落ちたような顔よ。『お嬢ちゃんのおかげで、アイディアが浮かんだ』男はからくり職人だったの。でもスランプに陥ってお金が尽きて、家族を養えないと絶望していた時に、街で明らかにお金持ちのお嬢さんな私を見て魔が差したと言ったわ。彼は私の竜巻きをキッカケに、動力部にからくりを使った“扇風機”なるものを生み出したわ。それはそれは多くの試行錯誤があった、血と汗がにじむ努力があって、彼は素晴らしい発明品をこの世に生み落としたの」

「壮大です…」

「発明品が完成して、私たちが抱き合って喜んでいるところに……あの男はやってきたわ」

「あ、やっと出てきますか」

「彼を捕縛しようとするあの王子に、私は必死に止めたわ。彼は本当はいい人で、私が彼の手伝いにここへ着いて来たのだと。その甲斐あって、彼は厳罰をまぬがれたの。今でも彼は私に感謝しているわ」

「ヴィクトリア様……」

「屋敷に帰った後、あの男はいつものあのニコニコ顔をどこに忘れて来たのか、とても恐ろしい顔をして私に詰め寄ったわ。『あなたは馬鹿なのか?誘拐されて危険な目にあったくせに、それなのに自分で見ず知らずの平民の男に着いていったなどと言って……ふしだらな女と噂が立ったらどうするつもりだ?』そう言われて、とても腹が立ったのだけど、それと同時にまたひらめいたの」

「そのひらめき……聞くのが怖いですが」

「王族に嫁ぐ令嬢は、汚れなき純潔でなければならない。ということは、そうじゃなければ婚約解消になるわけね!!という、素晴らしいひらめきが……!!私はすぐさま言ったわ。『そうですわね、残念ですが私はもうあなたの婚約者としての資格を失ってしまったようですわ……、ッ!!』言い終わらないうちに、男はすごい力で私の顎を掴んだわ。『そう、じゃあ確かめようか』そう笑顔で言ったあの男の目は、一切笑ってなかった。私はすぐさま謝ったわ、泣きながら謝る私の頭を撫でて、『あなたは本当に、僕を楽しませてくれる』そう言ってニコニコ笑うあの悪魔の顔!!!」

今思い出しても悔しいのだろう、ギリギリと歯を噛み締めて天を睨みつけている。

彼女は喜怒哀楽が激しい人のようで、人前では淑女然とした美しい公爵令嬢だったが、二人きりの時は非常に表情豊かだった。

私が微笑んで話をずっと聞いていると、彼女はふとこちらを向いて尋ねた。


「あなた……どうして私の言うこと信じるの?」


戸惑いを含んだ声色に、私は首を傾げた。

「え、嘘なんですか?」

「嘘じゃないわ。でも……あの殿下がそんな訳ないとか、思わないの?」

「だって、私は殿下のこと全然何も知りませんし。周りを飛び交ってる不確定な噂より、ずっとおそばで見てきた婚約者のヴィクトリア様がおっしゃることの方が、よっぽど信憑性がありますよ」

そう言うと、彼女は心底嬉しそうな顔で笑う。私はこの笑顔が見るのが好きだった。彼女は私が好きだった物語に出てくる主人公の女の子に、少し似ていた。

「で、どうすれば婚約解消できると思う?」

お決まりの議題に、こればっかりは頭を悩ませた。

「そうですね……」

とは言え、話を聞いている限りでは、レオン王子はヴィクトリア様のことを気に入っているように感じる。彼女に言わせれば、それは自分で遊んでいるだけで、家畜が反抗するのをいたぶって楽しんでいるだけだと言う。心底悔しげにそう言う彼女の目は本気だ。

「……では、反抗するのをお止めになってはいかがでしょう?」

「なんですって?私にあの男の従順な家畜になれと?」

「いいえ、そうではなく……押してダメなら引いてみろ。と言う格言がありますが、ヴィクトリア様の場合は逆のパターンなのではないかな、と」

「逆……引いてダメなら、押してみろってこと?」

本当に反抗するのをいたぶって楽しんでいるだけなのならば、反抗しなくなった者に興味は無くなるのではないか?

「毎日殿下に会いに行って、愛していますアピールをし続ければ、あちらも辟易するかもしれません」

「新しい発想ね……私も精神的ダメージを食らうところは難点だけど」

「あとは……私が殿下と仲が良いという噂があるみたいですし、私に対してちょっとした嫌味を人前で言ったりすれば、束縛心が強い婚約者の演出が出来ます」

「なるほど……あなた頭が良いのね」

彼女は嬉しそうにそう言って、その日から私たちの作戦が始まった。

思えば、そこが分岐地点だった気がする。あそこで間違えたのだ、私たちは。



好き好きうざアピールは功を奏しているようで、彼女からの報告によると順調にうざがられているとのこと。

そんなある日、人気のない廊下を歩いていた私は、後ろから声をかけられた。

振り返ると、ニコニコと笑顔のレオン殿下が立っていた。

初めて見る類の、笑顔だった。もともと美しい造作をしているが、いつも見る笑みとはどこか……種類が違う。

私は薄ら寒いものを覚えて、一歩後ずさった。

「クリスティーナ、あなたは僕の女神になれる?」

ニッコリと笑う顔が、そう問いかけた。意味がわからない。

「僕の婚約者に、妙な入れ知恵をしたのはあなただろう。……怒っているわけじゃない、ただ毎日とても愉快だからお礼を言おうと思って」

「え、と……」

「本当はこんなこと死んでも言いたくないと相当な屈辱を感じながらそれを懸命に隠して僕に愛してると告げる、あのヴィクトリアの顔。……なるほど、こう言う楽しみ方もあるんだね、あなたのおかげで分かったよ。そこでね、実はあなたにやってほしいことがあるんだ。今日はその打診にきた」

あ、これ詰んでる。

早々に私は確信した。

「僕の考えた“なんちゃって悪役令嬢〜婚約破棄はぬか喜び〜”のシナリオを一緒に演じてほしいんだけど、……話を聞いてくれるかな?僕の幸運の女神様」

「は、はは…………は……」

下位の男爵家ごときの令嬢が、こんな恐ろしい王子様に勝てるわけがない。

蛇に睨まれたカエルとはこのことで、私は顔を真っ青にして、心の中でヴィクトリア様に土下座した。

ヴィクトリア様……勝てない相手に喧嘩ふっかけるのはやめましょう……!!!!

かくして、レオン王子の子分となった私はスパイのようにヴィクトリア様を騙し続け、彼女を袋小路に追い詰めていく作戦の一端を担うことになる。


シナリオのフィナーレで、ヴィクトリア様が自信満々に舞台に上がる。

王子の作ったシナリオ通りに踊っているとも知らずに。

子ネズミは袋小路に追い詰められたことに、気づいてすらいない。

ああ私はただ震えるしかできない、無力な脇役でしかなかった。


「申し訳……ございません……!!!!ヴィクトリア様…………!!!」



このお話はこれにて、ひとまず完結です。

お付き合い頂きありがとうございました!

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