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王子様との出会い①

物心ついた時から、私は特別な女の子だった。

いつだって何も言わなくても欲しいものは手に入った。いや、欲しいと思う間も無く自分のものになっていた、という方が正しい。すぐに大きくなるのにお父様が際限なく贈ってくれるものだから一回も着れないで終わるドレスなんて山ほどあった。食事は最高級のものを常に用意され、食べたいと思えばいつでも何でも食べられるため、あまり食に関心はなく、美味しいものを少しずつ食べるのが丁度良かった。

お父様も、お母様も、お兄様も、お祖父様も、お祖母様も、使用人達も、みんな私のことを褒めてくれる。

月の女神にも劣らないほど綺麗な銀の髪、星の花と呼ばれる紫苑の花のように愛らしい薄紫色の瞳、透き通る滑らかな真珠の肌、ああ、ヴィクトリアは可愛い、誰よりも美しい。みんな言葉の限りを尽くして私を褒め称える。

鏡を覗き込み映る顔を見つめて、私はみんなの言葉を反芻した。私は特別で、誰よりも可愛くて、神様に愛された素晴らしいお嬢様。

にこり、とこの赤く色づく唇に笑みを乗せれば、どんな願い事だって叶えてもらえる。


あの髪飾りが欲しいわ、と言えばヴィクトリアはなんて趣味が良い、とお兄様が褒めてくれる。

あの靴がすごく欲しい、と言えばヴィクトリアのサイズが無いなんてありえないわね、とお母様が靴屋に言って子供用サイズを作ってもらえる。

あの仔馬が欲しいの、と言えばあの白い(たてがみ)は神秘的でヴィクトリアに似合うだろう、とお父様がすぐに買い付けてくれる。

あの薔薇が欲しいかも、と言えばきっとヴィクトリア様のために咲いたのでしょう、と庭師が株ごと分けてもらってきてくれる。

それは当たり前のことで、そうされる理由なんて考えたこともない。むしろ、自分の望むことが拒否されることの方が、おかしい。

だから、その知らせを聞いた時も何の疑問も持たなかった。


もうすぐ12歳になるある日の晩、お父様が言った。

「ヴィクトリア、明日王宮にお母様と遊びに行っておいで」

「王宮って、王様のいるところね?」

普段聞きなれない言葉に首を傾げれば、お父様はだらしなく口元を緩めた。

お母様が横でクスクスと笑っている。

「王様だけじゃないわよ、昔、絵本で読んで上げたでしょう。王宮には王子様もいらっしゃるわ」

「まあ、…王子様って本当にいるの?物語の中だけかと思っていたわ」

「ああ、お前と同い年の王子様がいるよ。ヴィクトリアを婚約者候補として呼んで下さったんだ」

「私が王子様の…婚約者?」

視界がパチパチと瞬いた。瞼の裏でまだ見ぬ王子様が、微笑んでこちらに手を差し伸べている。

王宮に行ったら、すぐさま運命の王子様が私のところへ来て、プロポーズしてくれるのね。当然ね、私はヴィクトリアだもの。

「ヴィクトリア?」

お父様が心配そうに呼ぶ声なんて聞こえなくて、私は目を輝かせてその時を思い描いていた。

一体どんな風にプロポーズしてくれるのかしら、赤い薔薇の花束を持って?それとも光り輝く婚約指輪をはめてくれるのかしら?

当日、お母様に連れられて私は意気揚々と登城した。

案内された場所は王宮の中庭で、美しい薔薇園のアーチをくぐった先にお茶会の用意がされていた。そこにいたのは、同い年くらいの女の子たち、そして彼女たちの付き添いのお母様たち。

お母様に促されて挨拶を繰り返すたびに、相手が伯爵令嬢だったり侯爵令嬢だったりして、私はすぐさまピンときた。

彼女たちはこれから行われる私の感動的なプロポーズの観客として呼ばれたのだ、と。

すっかり上機嫌になっていると、すぐ後ろから誰かの声がした。

「みなさん、ごきげんよう」

振り向けば麗しい貴婦人が扇子を口元に当てて微笑んでいた。彼女の後ろに隠れるようにして、少年が立っている。

「今日はレオンのためにお時間を頂き、ありがとうございます」

「こちらこそ、お招きありがとうございます王妃様」

みんなが淑女の礼をとって、こうべを垂れていた。

「レオン、挨拶を」

「はい。皆様、本日はお忙しい中、お集まり頂きありがとうございます」

初めて、目を奪われた。サラサラの金色の髪、透き通るような青い瞳、彫刻のように端正な顔立ち、彼は物語から抜け出たような美しい王子様だった。

彼はすぐに真っ直ぐこちらへ歩いてきて、その宝石のように綺麗な瞳が私を見る。

「初めまして、レオン・ギルバートです」

「え……あ、初めまして。私はヴィクトリア・ブラットリーですわ」

心臓が痛いほど高鳴っている。青い瞳が私を捕らえて離さない。彼は口元だけ笑みを乗せ、頷いた。

「よろしく」

彼は短く一言そう言って、もう私から視線を外して隣の令嬢に同じように挨拶をし始めた。

今の状況が把握できずに私はキョトンとした。

既に彼は遠くの令嬢と挨拶を交わしていて、こちらを向く気配はない。

まだ、タイミングが違ったのね。首をひねりつつ、私はとりあえず納得した。

しかしその後、彼と目が合っても一言話せば違う令嬢に話しかけ、その日私が彼からプロポーズをされることはなかった。

照れ屋なのかしら、と私は呆れて、若干イライラした。


その日はお茶会が終わり、晩餐も食べた後、王宮にみんなで泊まることになっていて、お母様と一緒のお部屋に案内されることとなった。

明日は朝餉を食べた後、みんなで再びお茶会をして、解散するらしい。

「ねえ、お母様。一体いつになったらあの王子様は私にプロポーズするの?」

鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、お母様は固まった。

「ヴィクトリア、あなた何を言ってるの」

「私、何かおかしなことを言ったかしら?」

「あなたはね、婚約者候補としてお呼ばれしているの。今日たくさんの令嬢とご挨拶したでしょう?あの子たちもあなたと同じように王子様の婚約者候補たちなのよ。明日までに王子様があなたたちの中から自分の婚約者にする娘を選ばれるの。あなたを選んでくださるかどうかは、わからないわ」

絶句した。

目の前が真っ暗になる、私があの令嬢たちと同等で、あの美しい王子様の瞳には私が他の人たちとほぼ平等に映っているなんて。

……まるで家畜ではないか。

商人たちに商品である家畜を並べさせ、値踏みをしながら選ぶのと同じだ。

私はあの王子様の前に、家柄や容姿といった商品価値を持ってニコニコ馬鹿みたいに陳列されていたのだ。

生まれて初めての屈辱だった。誰もが私を特別扱いしていたのに、この王宮という場所にくればたちまちお母様までもが私よりもあの王子様を優先して敬う。

私が特別なのは、あの公爵家の屋敷の中、その領地の中だけだったのだ。

ガラガラと今まで積み上げていたプライドが壊される音がした。それでもまだ、そのプライドは恐々とそびえ立っている。

「ヴィクトリアっ?」

ボロボロと両目から涙がこぼれ落ちた。

「あらあら、泣かないで。ヴィクトリア。あなたはレオン殿下が好きなのね」

白いレースのハンカチで優しく目元を拭いながら、戸惑い気味にお母様が眉を下げた。

好きじゃない、ただ、私が特別じゃないのが、あの王子様より劣っているという事実が悔しいだけだ。そう伝えたくても止めどなく湧き出る涙と嗚咽が邪魔をして、上手く言えなかった。


泣き疲れていつの間にか眠ってしまっていた私は、夜中に目が覚めた。

暗闇の中、豪奢なベッドで寝返りを打つと、すぐ隣にお母様が小さく寝息を立てていた。しばらくボンヤリと暗闇を見つめていたが、一向に眠気が訪れないまま暗闇に目が慣れ始めてきた。

少し外に出たくなった私は、お母様を起こさないよう気をつけてベッドから降りた。

立て付けの良い扉は軋み音一つ立てることなく、優美に開いた。

壁伝いにテクテク歩いていると、2階の渡り廊下にたどり着く。そこで立ち止まり、真下に広がる美しい庭園を眺めた。

「そこで何をしてる?」

「っひ」

急に後ろから声をかけられて変な声が出た。振り返れば少年が立っていた。月明かりに照らされた金髪が、幻想的に輝いている。

「……あなたは、……確かブラットリー公爵令嬢、かな」

最も会いたくなかった相手、レオン・ギルバートその人がそこにいた。

「何をしていたんだ、こんな時間に」

無感動な青い瞳は、鋭く尖っている。何も話したくなかったがこの国の王子相手にそういうわけにもいかない。そのことに自尊心を傷つけられながら、つっけんどんに言った。

「眠れないから、少し外の空気を吸いたかっただけよ」

「…そう、王宮の中とは言え、ご令嬢が夜中に外へ出るのは危険だ。部屋まで送ろう」

王子は一瞬怪訝そうな顔をしたが、気を取り直したようにそっとこちらに近寄った。

ぽう、と彼の手の平の上に小さな火が灯り、辺りを照らし出す。

「結構よ!」

私は家庭教師に習った一番得意な風魔法で、彼の火を消した。いとも簡単に消えたその小さな火に、少しだけ胸がスッとする。

王子様は驚いたように目を軽く見開いていた。

「あなたこそ、こんな時間にどうしてここにいるの?あなたはここに居ても良くて、私がダメな理由を教えてくれる?」

「………僕は、警護の実践も兼ねて見回りをしていただけだ」

「警護?あなた王子様なのに、どうして自分が警護するの。警護される立場でしょう」

「僕が王子ということはご存知なのか」

まあそうか、と不思議そうに彼は一つ頷いた。

「僕はこの国の第二王子だから、いずれ兄上を支えられるようにと、色々と経験を積みたくてね」

「まあ……あなた、第二王子なのね?」

「それは知らなかったのか」

形容しがたい珍妙な表情で王子はこちらをまじまじと見つめた。

そんなことは、どうでも良かった。

だって、この男。第二王子ですって。第二王子!ということはこの王子よりさらに偉い王子が上にいるのだ。

私は急に機嫌が良くなった。あれだけこの男に劣等感を感じていたというのに、この男が一番偉いのではないことがわかって奇妙な優越感を覚えた。

「ブラットリー嬢、聞いている?」

「あら、何かしら」

何か話しかけてきていたらしいが、全く聞いていなかった。彼はハアとため息をついて、腰に手を当てている。

「先ほども言ったが王宮の中だからと言って、賊が入らないという保証はない。もしも敵に襲われたら、どうやって身を守るつもりだったんだ?」

「私は風魔法が得意なのよ、簡単に追い払えるわ」

ふふん、と顎をそらしてそう言えば、王子は首を傾げた。

「防御魔法は使えないのか」

カッと羞恥に頬が熱くなる。馬鹿にされた。

「ッ、まだ魔法学園に入学していないのに、そんなにたくさん使えるはずないでしょう」

「では風魔法でどうやって身を守るんだ」

あくまでも淡々とした口調で、王子は再度問いかけた。そんな事態を想定したことがなかった私は、頭を捻らせて考える。どうにかしてこの王子をギャフンと言わせてやりたい。

「それは…、わ、私の周りを風でぐるぐる竜巻みたいに覆えばいいのよ、そうよ!そうすれば誰も私に近づけないわ」

名案だと思った。私は風属性が得意で既にかなりのコントロールができる。他の魔法はまだ練習中だけど、これなら自信があった。対する王子は、無感動に目を細めていた。

「……では、やってみてくれ。ほら、小さな竜巻を手のひらに起こして」

「何よ、偉そうに…」

指図されるのは気に食わなかったが、目に物を見せてやるためには見せる他ない。しぶしぶ手のひらの上に小さな竜巻を起こす。

なんの前触れもなく王子はその竜巻に向けて、人差し指を振った。

「ッきゃ……」

ポッと火が灯された、その瞬間、旋風がそれを巻き込んで瞬く間に炎の竜巻きが出来あがる。

ボオオ、と炎を巻き上げて舞い上がりぐるぐる回転する小さな竜巻きが、手のひらの上で踊る。私と王子の姿を赤く照らしながら、どんどん大きくなる。

熱いッ!!

恐ろしくなって私は慌てて風魔法を消した。同時に王子も人差し指を振る。

真っ赤に燃えていた炎の旋風は跡形もなく夜の闇に消えた。

「…………」

私は呆然と手のひらを見つめた。じいん、と熱さの余韻がまだ残っている。白い手のひらが、少しだけ赤くなっていた。

「……もし、あの旋風の中にあなたがいたら、どうなっていただろうね?」

そう言われて、私は火だるまになった自分自身を想像し、顔を青ざめた。

何も言えなくなった私を眺め、初めて王子は微笑んだ。

彼はそっと私の手を取り、その手のひらを軽く撫ぜた。瞬く間に赤みが引いていく、治癒魔法だ。

「さあ、部屋まで送ろう」

にこり、と笑ったその青い瞳に映る私の顔は、まさにギャフンという顔をしていた。

ヴィクトリア視点とっても書きやすくて楽しいですね。

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