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PSB-円卓学園-(第二版  作者: 335
7/15

《7》

 気がつくと、俺は超満員のスタジアムの客席に座っていた。

 スタジアムの中心では、一体の赤いP・Sが手を振っている。

 配線やギアなどが剥き出しのボディ。

 けっこう旧式のP・Sだ。


『第三四回『P・S・Bワールドカップ』優勝はぁ~…、『キング王国』代表『ジェフリー・キング・ペンドラゴン』選手とその愛機『レッド・ドラゴン』だぁーッ!』

 ハイテンションな会場アナウンスが流れると、P・Sが両腕を上げてアピールを決める。

 その瞬間、会場の観客が一斉に立ち上がり、歓声と拍手を始めた。

 座っているのは俺だけ。


 と言うより、立ち上がろうとしても体がまるで動かない。


『はぁ…、負けちゃったか…』

 会場の盛り上がりとは裏腹に、俺の前の席に立っていた少年が椅子にドサッと腰掛けた。


『………』

 その少年の隣に立つ少女は、空を見上げて微動だにしない。

 

(……あぁ、そうだ。これは…)


『残念だったな? ()()()()()()、勝てば優勝だったのに…』

『‥仕方、ないさ…。()()()()よりも、ペンドラゴン選手の方が、動きが見事だった…』

 そう言って被っていた黒いキャップを外した銀髪の少女は、はたして幼い頃の妖子だった。

 頬を伝って、涙がこぼれている。

 その隣に座る子供の頃の俺は、どう励ましていいのか解らず、インタビューを受けるペンドラゴン選手の様子を眺めていた。


『…えー、それでは次に、惜しくも勝利を逃した白井選手にインタビューを…』

 幾分トーンを下げたアナウンスが流れると、レッド・ドラゴンの影に隠れるように佇んでいた黒いP・Sに大きな声が向けられた。

 しかしそれは先程のような声援だけでなく、野次やブーイングを含んだ物だった。


 この日、セントラルにある国立競技場では、P・S・Bの世界大会『P・S・Bワールドカップ』決勝が行われていた。

 プロP・S・B選手であった妖子の父、デグおじさんこと『白井・レオ・デグランス』さんは、ニホン代表として大会へ挑むも、決勝の相手であるペンドラゴン選手に、あと一歩のところで惜敗(せきはい)してしまった。


『何負けてんだーッ!』

『馬鹿野郎! 辞めちまえーッ!』

 第三四回のワールドカップはニホンが開催国。

 開催国選手だったデグおじさんへの周囲の期待は大きく、その分負けたことに対する罵倒は大きかった。


 何より、ニホンに()()しているとは言え、デグおじさんは()()()()()()()

 つまり、純粋な地球人ではない。

 その事も余計と、批判に拍車をかけた。


 俺と妖子の周りからも、デグおじさんをなじる声が次々上がる。

 この掌の返しようは、実に不愉快だった。

 いくつになっても、こう言うのを見聞きするのは嫌だ。


『白井選手、ずばり敗因はなんだったのでしょうか?』

 マイクを向けられたデグおじさんは、短く切り揃えた銀髪を撫でる。

 少し疲れた様子だった。


『ピットクルーや家族は、今日まで良く私を支えてくれました。全ては私の操作技術が、ペンドラゴン氏に及ばなかったことが原因です』

 そこでデグおじさんは一度言葉を区切り、俺たちが座っている席の方を向く。


『私の勝利を期待してくださった皆様、本当に申し訳ありませんでした』

 そしてその場に跪くと、土下座をして謝った。


 アレは、試合を見に来ていた俺と、なにより妖子に向けられた物だと今でも思っている。

 元々、誠実さと謙虚さが売りの選手だったデグおじさんのその姿に、人々は唖然として、罵倒は徐々に減少していった。


『ふざけんな―ッ!』

『謝罪で優勝する気かよーッ!』

 しかし一部のサポーターはそれでも治まらず、しまいにはフィールドにビールの空き缶やメガホンなどのゴミを投げ始めた。

 特に比較的若い、二十歳そこそこと思われる若い奴等が、赤ら顔で騒ぎ立てている。

 その連中が、俺たちの前に陣取っているのが尚たちが悪かった。


『このクソ酔っ払いども…。おじさんの事、好き勝手言いやがって…』

『アルト…、この手の人達は、責める対象が居たら誰だって良いんだ。相手にすること無いよ…』

『でも妖子…』

『僕は大丈夫。…一番悔しいのは、父さんだよ…』

 妖子は拳をキツく握って耐えていた。


『やる気あんのかー! この、ヘタクソ!』

『俺が乗ったほうが良いんじゃね?』

『ゲラゲラ! 弱い奴は引退しちまえー!』

 しかしこの発言だけは、俺が許せなかった。


『お前らいい加減にしやがれ!』

 子供の俺は前に座っていた、特に口の悪い男の後頭部を思いっきり蹴っ飛ばした。

 子供とはいえ、体重を乗せて蹴れば結構なダメージになるだろう。


『取り消せ! 白井選手はヘタクソなんかじゃねーッ!』

 蹴飛ばされた男が前の通路に倒れ込み、更に追い討ちにと、俺は倒れた男の背に馬乗りになって髪の毛を引っ張る。


『な、何だコイツ!』

『何しやがんだこのガキ!』

 取り巻きが俺を引き剥がそうとする。


『っるせ酔っ払い! 白井選手の苦労も知らない奴が、好き勝手ほざきやがって!』

『痛ってぇ! は、早く引き剥がしてくれ!』

『やってるっての! でもこのガキッ…、離れやがらねッ!』

 俺は全力で男の髪を掴んでいた。

 その為、俺を引っ張れば男にもダメージが掛かる。


『この…、いい加減にしろやクソガキッ!』

『グハッ!』

 俺の下で暴れた男の肘が、偶然右目に当たる。

 当たり所が悪かったようで、瞼が切れて血が吹き出した。


『アルト!』

 妖子が悲鳴にも似た声を上げた。


『コラそこの! 喧嘩は止めなさい!』

 子供一人に大人が数人がかりで襲い掛かるという図式は、直ぐに注目を浴び、程なくして集まってきた警備員が俺たち全員を取り押さえた。


(……?)

 不意に視界がぼやけ、今度は白を基調とした部屋に場面が変わる。


(ここは確かぁ…。そう、競技場の医務室だ)

 立ち上がった覚えも無いのに、俺はカーテン開けっ放しのベッドの脇に立っていた。

 ベッドには先程同様、俺と妖子が並んで座っている。


『ほ、本当に大丈夫? 血があんなに一杯出てたのに…』

『大丈夫だって。血の割りには、怪我はそうでもなかったから』


 今だから言えるが、実は結構痛かった。

 目の上には、一生物の傷跡として今も残っている。


『どうしてあんな無茶を…』

『だから悪かったってば。でも、許せなかったんだよ。デグおじさんは寝る間も惜しんで、毎日トレーニングしてたってのに、何も知らない連中が偉そうに。子供の俺すら引き剥がせない様な奴らだって解ったら、ますます頭に血が上っちゃって…。……ごめん』

『…なんでアルト謝るのさ? あの時のアルト、格好よかったよ』

『俺のした事、怒ってたんじゃ…』

『ううん、むしろ感謝してる。アルトが蹴飛ばして無かったら、きっと僕が殴ってたよ。あーあ! どうせならドサクサ紛れに僕も一発、パンチしとけば良かった!』

 妖子はファイティングポーズをとり、拳を二度突き出す。


『それじゃあ、二発だろ』

『あぁ、そうか。でも一発殴っても二回殴っても一緒だよね?』

『ははっ、違いねぇ』

『ふふっ…』

 二人が笑いあっていると、天井がビリビリと震える。


『ん、始まったみたいだね。えーと、テレビはぁ…』


 妖子は周囲を見回し、立っている俺を見て「あった」と言う。

 向かってくる彼女に一瞬ドキッとしたが、妖子の伸ばした手は、俺の腹を突き抜けた。


 そう、これ昔の夢。

 本来ここに、俺は居ない。


『客席でのアクシデントにより一時中断していた優勝トロフィーの授与式ですが…』

 背中に抜けた妖子の指が、俺の背後にあったテレビのスイッチを入れる。

 映像は優勝トロフィーの授与が行われようとしている、まさにその瞬間だった。


『やっぱ、綺麗だな…』

 レッド・ドラゴンが頭上に掲げたトロフィーは、人一人分はある大きなクリスタル製の物。

 スポットライトに照らされ、キラキラと乱反射した光が会場全体に広がり、幻想的な光景を作り出していた。


『うん…。世界中のプロのP・S・B選手『テンプル』の人達が、手にする事を夢見る栄光の優勝トロフィーだから…』

 そうつぶやく妖子の声に、震えが混じっていた。


『……妖子、また泣いてんのか?』

『あ、あれ? 可笑しいな、今になって、また涙が…』

 妖子は苦笑いして涙を拭っていたが、一度タガが外れた所為か、次第に表情や声がどんどんブレていく。


『もう、ちょっと…、あと少しで優勝できたのに! うぅ…、ヒクッ…』

 やはり相当、悔しかったのだろう。

 妖子は顔を覆って、声を殺して泣き崩れた。

 テレビでは相変わらず、輝くトロフィーがアップで映し出されている。


 その映像と妖子の姿に、俺はある決心を固めた。


『…よし、決めた! 俺、大きく成ったらテンプルになる!』

『グスンッ、…え?』

『テンプルになって、あのトロフィーを手に入れる!』


 そう、この日だ。

 この日こそが、俺がP・S・Bを始めるキッカケだった。


『実は俺、いつかデグおじさんみたいなテンプルになるのが夢だったんだよ。俺にしては珍しく、ちゃんとP・S・Bの本とか読んで勉強してんだぞ?』

『…アルト、公式大会はチーム戦だから、一人じゃ出られないよ…』

『なら、妖子もテンプルになれ!』

『え、ぼ、僕が?』

『いつか一緒にプロになって、ワールドカップで優勝して…。そんでデグおじさんの代わりに、あのトロフィーを手に入れようぜ!』

『で、でも…、女の子がP・S・B選手なんて…』

『大丈夫だって! 妖子はデグおじさんの娘なんだぞ。妖子なら絶対、強くなれる!』

『……なれるかな? トロフィー、取れるかな?』

『取れるさ。俺と妖子なら! それに万が一、妖子が負けても、俺が勝てばチームメンバーの妖子も勝つ。俺が負けても、妖子が勝ってくれれば俺も勝つ。だから約束する。俺が妖子を勝たせてやるよ!』

『じゃ、じゃあ、僕も約束! 僕がアルトを勝たせてあげる! 絶対に!』

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