《6》
「ふぅ、いかんな。ちょっと長風呂が過ぎた…」
頭を拭きつつ部屋に戻り、パソコンの電源を入れた。
妖子との約束の時間から、すでに1時間過ぎてしまっている。
モニターにОSとその開発元である『ウィッチ・ウォッチ社』を表す、時計を模したロゴが現れる。
このパソコンが完全に立ち上がるまで待つ数分間、なんとか縮まらないものか。
『お帰りなさいませ、アルト様』
モニターが明るくなると同時に、外付けのスピーカーから可愛らしい声が発せられた。
「ただいま、マリン」
キーボードのUSBに取り付けた、これまた外付けのマイクに向かって話しかける。
デスクトップの画面端にデフォルメされた三頭身の女の子が立っていた。
彼女の名は、マリン。
このパソコンを管理する『擬似人格プログラム』。
いわゆるAIという奴だ。
つばの広い三角帽子に、長いロングコート。
手には長い杖を持っている姿は、パッと見で『魔女』をモチーフにしていると解る。
『無料通信ソフト『SKY』に、妖子様からのコンタクトが断続的に届いているようです』
「やっぱりな…。SKYを立ち上げてくれ」
『畏まりました』
無料通話ソフトSKYは、SKY使用者同士となら、誰でも、何時間でもタダで通話ができる大変便利なソフトだ。
通話だけでなくチャットも可能で、言語も自動で翻訳してくれる優れもの。
類似のソフトはネット上に溢れているが、俺たちにはSKYが一番使いやすかった。
マリンはデスクトップ上にある『SKY』というアイコンに近付くと、おもむろに杖を顔の横で構える。
かと思うと、さも当たり前のようにアイコン目掛けて杖をフルスイング。
殴り飛ばされたアイコンが画面中央に移動し、ログインに必要な情報を打ち込むウィンドが立ち上がった。
相変わらずソフト起動の動作(もちろん演出なのだろう)がバイオレンス過ぎる。
魔女なのに、物理というのもこれいかに。
「うっわぁ~…」
ログインをして着信を確認すると、約束の時間よりもずっと前。
妖子と別れてから一〇分おきに連絡が入っている。
これは散々待たせているようだ。
何を言われるかと思うと、折り返しの発信ボタンを押すのがためらわれる。
(てか、こんなに短いスパンで連絡してくるって、アイツ帰ってからずっとにパソコンに噛り付いてんのか? 食事も風呂も行ってないのかよ…)
『アルト様、再び妖子様よりコンタクトです。お繋ぎになりますか?』
言い訳や考えている間に、スピーカーから着信を知らせるアラーム音が鳴り出した。
「…あぁ、頼む。あっ! それからマリン、音量はぁ…」
『はい、既に低めに設定済みです。それではお繋ぎします……』
『アールートーッ!?』
「うぉッ?!」
画面いっぱいに出てきた妖子の顔に、着信ログを見つめていた俺は驚いて椅子ごと引っくり返ってしまった。
余程大きな声だったようで、スピーカーからの声が音割れしている。
音量を下げてもらっておいて正解だ。
『…あれ? やっと繋がったと思ったのに、アルトの姿が無い?』
「ここに居るっての…。‥たく、痛ってぇなぁ…」
『なんだ、居るじゃないか。女の子を待たせるのは良くないよ?』
「約束より早く連絡して来んのはどうなのよ…。俺が帰ったら直ぐに風呂入るの、知らん訳じゃ無かろうに」
『わざわざお湯に浸からなくても、体を洗うのなんかシャワーで十分じゃないかな?』
「お前その発言、全銀河系の風呂好きを敵に回すぞ」
『そんな事よりもアルト聞いて。資料を調べていたら、ちょっと面白い物が出てきたよ。いま共有エリアにデータを送るから』
妖子がそう言ってからややあって、モニターの画面外からファンシなデザインの三毛猫が歩いてくる。
猫は口に便せんのような物を咥えており、マリンに近付くと『受け取れ』と言わんばかりに、顔をズイッと差し出した。
『アルト様、妖子様より画像データが届きました。解凍いたしますか?』
「あぁ、頼む」
『畏まりました』
猫から便箋を受け取ったマリンが封を開けると、中から半透明の板が飛び出した。
マリンは杖を構え、その板を俺に向けて打つ。
板は回転しながら拡大されていき、最終的に画面いっぱいに映し出されて静止した。
それはある建物を斜めに見た立体のマップデータだった。
俺のパソコンはタッチスクリーン式なので、親指と人差し指を押し付けて指を広げると映像を拡大する事ができる。
更に拡大を続けると、建物の壁が透け、内部が見えるようになった。
また画面上で指を右に滑らすと建物も右に回転し、逆に左に滑らすと左転回。
下方向になぞると、空から建物を見下ろした形の上面図にする事も出来るようだ。
上面図から見た建物の構造は、中央に大きな円形のフロア。
その両端からはアナログ時計で言うと数字の『2』と『10』の位置から斜め上に伸びる長方形によって鈍角状になっていた。
その間には鏡餅のような大小二つの楕円形がおさまっている。
また長方形と小さい楕円形の方は、その内部を規則的なマスに区切られていた。
「‥このマップデータ、どっかで…」
小さい楕円形の部分を拡大してみた。
見覚えがある気がするが、どこだったろうか?
もう少しで思い出せそうという時、不意にSKYに新たな着信を知らせるアラームがなった。
『アルト様、妖子様、お話中に申し訳ありません。槍剣様よりコンタクトです。グループ通話に切り替えてお繋ぎになりますか?』
『どうやら先輩も流石に帰って来たみたいだね。家の電気が点いているよ』
モニターに映る妖子が左を向いて、上体を前後に揺らしながらどこかを伺っている。
彼女の座る場所は窓際なので、どうやら外を見ているようだ。
「繋ぐか?」
『もちろん』
妖子からの許しも出たので、俺はマリンにグループ通話への切り替えを指示した。
『うぃ~ス、お疲さン。何やっとるン?』
程なくして、槍剣さんの少し疲れを含んだ声が会話に参加した。
「お疲れ様です」
『あれ? 先輩、声しか届いて来てないよ?』
ビデオ通話のはずなのに、槍剣さんの映像窓は真っ暗なままだった。
『まだウェブカメ買い直してないんヨ』
「あぁ、そういえば壊れてるでしたっけ」
『やっぱ安物はアカンなァ。お釈迦になるまでのスピードが過去最速やったワ』
「使い方の問題じゃないっすか? 俺のウェブカメとマイクもそんなに良いのじゃないけど、何だかんだで高校の頃に買った奴ですし」
『おぉ~ウ? 何やアーサー、まるでウチの使い方に問題があるような口ぶりやないカ?』
「『ような』じゃなくて、その通りなんすけど…」
『確かに。先輩は機械の扱いが、少し荒すぎるんだよ。あんな力技に耐えられるのは、先輩の機体くらいじゃないかな?』
P・Sの操縦は千差万別。
妖子のように華奢な女性や、最近トレーニングもしていない俺が乗っても、それなりに動かす事は出来る。
しかし当然、操縦者の基礎能力が高ければその分機体の動きは良くなる。
ましてや今日のような激しい試合をしようとすれば、より強い精神力と持久力も必要となってくるだろう。
その為に槍剣さんは、日ごろから激しいトレーニングを積んでおり、その操縦スタイルはかなり荒々しい。
あの感じで身の回りの物を扱えば、そりゃなんだって壊れる。
因みに、槍剣さんが使っていて壊れたウェブカメ、つまりウェブカメラはこれで三台目。
破損原因は全て同じ。
『握り潰してしまった』から。
『でも、アルトはアルトで極端すぎるんだよ。今まで周辺機器を買い換えたことってあったかな?』
「物持ちが良いって言え」
『物は言い様だね。それを言い訳に、いつまで三世代も四世代も前のパソコンOSを使い続ける気だい?』
『四世代前?! うわぁ、古ッ! アーサー、流石にそれは無いわァ~』
さっきのお返しとばかりに、槍剣さんがわざとらしく驚く。
映像が来ていたら、恐らく両手で口元を押さえ、目を見開いた槍剣さんの姿が映し出されるのだろう。
「普通に使う分には、OS変えたところで多少ネットの通信速度とか、ダウンロード時間が速まる程度だろ? 設定も面倒だし…」
『設定ぐらい、言ってくれればボクがやってあげるよ。今後は最新OSに対応しないソフトも増えて来るんだ。何よりセキュリティ面から見ても古いOSは危ない。クラッシュして全部買い替えなんて事になっても嫌だろ? それに最新OSはP・Sとの相性が良いんだ! 脳波感知からの反応速度が三秒も速くなって、より直感的な挙動に、』
「いや悪いけど、俺そんな真剣にP・S乗らないし」
『ちぇっ…』
妖子は不満に頬を膨らませて舌打ちをする。
まぁ妖子が言う事も解らなくはない。
最近は市販ソフトのパッケージ動作保障欄に、使っているヴァージョンが載っていない物も増えてきた。
いくらセキュリティが強固で、リリース商品の更新は永久継続と謳うウィッチ・ウォッチOSだが、限界が来る可能性はある。
頃合ではあるのかも知れない。
「別に買う気がないって訳じゃねぇよ。部の問題が片付いたら考える」
『ならその時は、ボクにも声をかけてよ。『電気街』まで行けば、一世代ぐらい前のOSなら安くなっているはずだからね』
「電気街って『中央』まで行く気かよ…」
『セントラル』は、小群島の集まりであるこの国『ニホン』で最も栄えた都市であり、この国の中枢でもある島である。
電気街はその島でもニホンサブカルチャー発祥地にしてオタクの聖地『アキバ』にある機械部品などが集まる区域の俗称だ。
セントラルへは海上に張り巡らされた高速道路や鉄道、フェリーを利用する事で移動する事ができるが、俺たちが使える手段を考えると、この島からセントラルまでは、片道半日以上は掛かるだろう。
遥か昔は、群島全てが地続きの大きな列島国だったらしく、交通の便は今よりずっと良かったと聞く。
何とも羨ましい限りだ。
『実は欲しいP・Sのパーツがあるんだ。通販だと実物が見れないから、やっぱり直接見て選ばないと』
「買い物とかなんやかんやしてたら、二泊三日は硬いぞ…」
『ボクが会長に当選した時の公約を忘れたの?『誰もが青春を謳歌できる生活を!』だよ。良いじゃないか、せっかくの春休みを楽しまないと損だよ』
妖子は基本的に快楽主義者だ。
特に誰か、主に俺や槍剣さんを巻き込み、みんなが楽しめる事を何かと考えつく事が得意で、そこが生徒会長に選ばれた由縁でもある。
確かに、たまのイベント事なら歓迎だ。
しかし四六時中つき合わされると、正直疲れる。
『部の問題って、何の事ヤ? 探索部どないしたン?』
「どないもこないも、絶賛廃部の危機なんすよ…」
俺は探索部の現状と、来月までに成果を出さなければ廃部になってしまう事を槍剣さんに説明した。
あわよくば槍剣さんも引き込めないかと期待している自分がいるが、まぁ流石に無理だろうな。
槍剣さんにまで迷惑かけるのは申し訳ない。
「…と言う訳で、目下作戦会議中な訳です」
『なるへソ。そいで学園の地図なんか眺めとったんカ』
「‥あぁ~!!」
どうりで見覚えがある訳だ。
何かと思えば、このマップデータは学園内のいたる所にある案内図にそっくりじゃないか。
そうなると、円と長方形の組み合わせは本校舎。
大きい楕円はグラウンド。
小さい楕円はサークル棟だ。
でも妙だ、やはり少しだけ『違和感』を感じる。
『先輩もアルトも惜しいね。八割正解』
「『八割?』」
『うん。これは学園のマップに間違いないんだけど、実際に使われている案内図とは別物。どうやら探索部が、独自に作ったマップデータらしいんだ。細かい部分が少し違うだろ?』
「あぁ、確かに各部屋の大きさや形が微妙に違うな。違和感の正体はこれか…」
『別物ちゅう事はァ、バッタモンかいナ?』
『あっはっはっ、言い得て妙だね? 先輩も生徒会が探索部と仲が悪いのは知っているよね?』
『ア~、ウチが入学した時ハ、もうケッタイな関係になっとったナ』
「俺も卒業した先輩に聞いたけど、随分昔から折り合いが悪いらしいぞ。‥それが案内図と、どんな関係が?」
『これはボクも最近知った事なんだけど、どうやら探索部は、元々生徒会直属のサークルだったらしいんだ。探索部が調査を行って、その結果を元に生徒会がマップデータを作っていたみたい。でもある時、理由は解らないけど、生徒会と袂を分かって独立したサークルになったんだ。学園の案内図は、探索部がまだ生徒会に所属していた当時の物を流用して作成しているから、むしろ模造品は生徒会製の案内図の方だね』
「生徒会公認で調査できたとは、なんとも羨ましいなぁ。今じゃ誰かさんたちの所為で、調査どころか活動もままならねぇってのにさ」
『あっはっはっ。うぅん、そう、だね…』
饒舌だった妖子が、急に言葉を詰まらせた。
語尾も心なしか小さくなり、表情も物悲しげだ。
『アーサー…』
「‥あっ」
槍剣さんの怒ったような声に、俺は自分が何を言ってしまったのかに気付く。
生徒会の執行部が探索部を弾圧する状況を、会長である妖子は常々責任に感じていた。
だから今日だって、急きょ探索部に入部してくれたのだ。
無意識のうちに出た嫌味とはいえ、探索部の俺が言った事に妖子が傷つかない訳がない。
「その、悪い…」
『‥ん? 何が?』
妖子はとぼけているが、返事をするまで少し間があった。
妖子に気を遣わせてしまったかと思うと、自分が嫌になる。
俺は「約束に遅れた事だよ」と建前を立てたが、聡明な妖子のことだ。
本意でないことは百も承知だろう。
しかしこれ以上謝ったところで気遣われる一方なら、俺もとぼけるしかない。
『そいデ? この案内図、普通と何か違うンヨ?』
見かねてか槍剣さんが助け舟を出してくれた。
『あぁ、うん。先ずはこれを見て』
画面の妖子がキーボードを数回叩いた。
すると、案内図がみるみる赤と青の二色に塗り分けられていく。
縮小して学園全体を俯瞰してみると、青くなっている部分は各階の教室に当たる場所に集中している。
『何となく察しがつくと思うけど、青く表示されているのが普段ボクたちが出入りできる区画。主に教室やグラウンド、それにサークル棟だね。そして赤い部分が、立ち入り禁止区画だ』
「改めて見ると、うちの学園って『学校』なのに立ち入り禁止場所が多すぎんだよなぁ。本校舎で階を移動すんのに使えんのは、中央の『吹き抜け区画』にある階段とエスカレーターしかないし」
『教室移動の時はボクも苦労を感じるよ。禁止区画にある階段を使えば、上がって直ぐの教室なのに、わざわざ学園の中心まで戻らなきゃいけないからね』
『なんや妖子? お前もしかしテ、馬鹿正直に吹き抜けまで戻っとるんカ?』
『え?』
「あ~、妖子は知らないと思うけど、結構忍び込んで使ってる連中多いぞ?」
立ち入り禁止区画へは、先ほど妖子が言ったような理由から忍び込む生徒が後を絶たない。
唐久多たち執行部による取締りが行われているが、必ずしも立ち入り禁止区域に入り込む生徒全員を止められる訳ではなく、中には侵入防止の為に設けられた柵や罠を抜けて使う奴も居る。
ちなみに、俺もその一人だ。
『なるほど! 前から不思議だったんだよね。どうしてクラスのみんなが、ボクよりも早く教室に着いていたのかって。そんなカラクリがあったのかぁ…。よし、ボクも今度からその手で行こう』
「それで良いのか生徒会長…。一応、禁止区画に入るのは危険でもあんだぞ?」
立ち入り禁止になっているのには、それ相応の理由がある。
もとが軍事施設だったが故に、学内には今も危険な設備が残っている。
実際に調査で、銃などの武器を発見した例も過去にはあった。
迂闊に出入りして、誰かが怪我をする可能性は十分にはらんでいる。
『その為に、ボクたちが頑張るんだろ? 調査して安全を確保出来れば、皆の学園生活はより良い物になる筈だ』
「‥お前って、会長らしいんだか、らしくないんだか…」
『ん? アルト、何か言った?』
「いんや、別に」
『そう? なら話を戻すとして…。これから見せるのが、アルトに一番見て貰いたかった物だよ』
再び妖子がパソコンを操作すると、今度はマップ上に白点が次々に表示され始めた。
角度を学園の全体が見える最初の状態に戻すと、地上三階建て、地下一階の校舎のいたる所に大量の点が表示されている。
『活動報告の調査結果をマップに重ねてみたんだ。白点を選択すると、調査日時とテーマが表示されるよ。もう一度タッチすれば、概要も読めるようにしてある』
「ま、まさかこの点全部、一から入力したのか? この短時間で?」
『勿論。これでも持ち帰った報告書の分だけだから、実際にはもっと多いんだろうね。ね、凄いだろ? 何なら、褒めても良いんだよ?』
「あー、はいはい。スゴイスゴイ…」
妖子お得意のドヤ顔にイラッとしたので、俺は彼女を適当にあしらい情報を確認してみる事にした。
試しに、先月調査した『本校舎東棟』の1階、『ボイラー室』の位置に現れた白点を選択してみる。
確かにのレポートに記載した調査日と見覚えのあるキャッチコピーが点の横に表示され、概要も妖子なりのまとめ方だが正確だった。
『ごっつい情報量のデータやなァ。ウチらが生まれる前のデータまであるやんケ。よぅこんだけ古いデータ残っとたワ』
『ふっふっふっ…。生徒会の資料管理能力は、某宗教国の国営図書館に匹敵するって、もっぱらの噂だよ』
『どこ評価やねン…』
「‥妖子? このデータ、色分けと調査結果追加した以外にイジったか?」
『ううん、改ざんなんてしてないよ?』
「つまり、正確なんだな?」
『何やアーサー、どないしたン?』
「このマップ、チョット変だ」
正確だからこそ、俺は漸くこの3Dマップと案内図の決定的な違いを発見した。
『流石はアルト。気付いたんだね』
「あぁ」
『な、なんヤ? ウチにも解る様に説明してくれへんカ?』
一人蚊帳の外の槍剣さんが狼狽えるように訊ねる。
「マリン『部活動フォルダー』の学園案内図を共有エリアに表示してみてくれ」
『はい、畏まりました』
映像は直ぐに現れた。
俺はマップと、新たに表示した案内図を並べて表示する。
「東棟を見て下さい。案内図の方では、東棟一階の突き当りはボイラー室になってますよね? でもマップデータの方では…」
『うぅ~ン? 何やコレ? ボイラー室の後ろニ、赤い区画がある事になっとるやン。部屋割りのラインが、一本余計に入っとるんとちゃうカ?』
槍剣さんは単純なデータのミスを疑うが、妖子が『ボクも最初はそう思った』と含みのある言い方をする。
『でも上面図にして重ねると、確かに一部屋分、東棟が長くなっているんだ。仮に部屋割りを間違えただけだとしても、ボイラー室の後ろが何メートルもある分厚い壁というのは不自然だよ』
「妖子、このマップデータ自体は何年前に作られたか解るか?」
『正確には解らないけど、生徒会から探索部が離脱した頃みたいだね。でもこんなデータがあるなんて、会長のボクも今日まで知らされてなかったよ』
『それも妙な話やナ』
「『存在するのに案内図に載せられない部屋』か…。‥よっしゃ 今月はこれでいこう! 明日の放課後から活動開始だ!」
題材は決まった。
明日から忙しくなりそうだ。