《5》
卒業式の片付けも一段落し、残りは後日という事で今日は解散となった。
「お待たせー!」
学園の玄関で腰掛けていると、妖子の声が背後から聞こえてくる。
嫌な予感がしたので立ち上がると、やはり妖子が飛び付こうとして屈んでいる所だった。
「クッ…、腕を上げたねアルト」
「毎日同じことされりゃあ、こっちも学習するって。そしてこれも毎回言ってるけど、行き成り飛びつくな」
「大丈夫。ちゃんとシャワー室で体を洗ってきたし、見ての通り着替えてるから。匂いが付く心配はないよ」
そういって妖子はその場でフィギュアスケート選手よろしく、一回転してみせる。
規則どおりの長さを保ったチェックのスカートに茶色のブレザー。
髪など一度も染めたことのない、さらさらロングヘアの美少女が『どうだ参ったか』と言いたげな決め顔で仁王立ちしている。
「そういう問題じゃないなくて、俺の立場も考えろって言ってんだよ」
幼馴染の俺から見ても、今の妖子は可愛い。
何時間か前の彼女からは想像もつかない変身で、そのギャップが良いと学園でファンクラブが出来るほど人気があるのも頷ける。
そんな学園のアイドルが特定の男とベタベタしてれば、まぁ周りは面白くない訳で。
妖子を背負っている時の俺は、さながら『嫉妬』という名の針で構築されたムシロの上を、引きずり回されている気分だ。
「そんな事を気にしているの? 言わせたい奴には言わせておけば良いじゃないか。ボクは全然気にしないよ」
「俺が気にすんだって。‥あれ、槍剣さんは?」
「今日の事が悔しかったらしくてね。『トレーニングして帰るから先に帰って良い』って。唐久多君は強制的につき合わされている」
「あれだけハードな試合しておいて、あの人も元気だなぁ」
「ボクは今日一日で、すっごく疲れたよ…。式では在校生代表として挨拶しなきゃいけなかったし、来賓の方々への対応。試合では部活棟までダッシュしてからのサポート指揮。あぁ~、もう駄目だ~、歩いて帰る元気もでないな~」
助けを求める子犬の如く擦り寄ってくる妖子。
不覚にも、グッと来た。
だがしかし、これは妖子の常套手段だ。
騙されてはいけない。
「じゃぁ申請出して、サークル棟にでも泊まってけよ。俺は帰るから」
「ま、待ってくれアルト! ちゃんと歩く、歩くから!」
正門を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
暦的には『春』だが、日が落ちると肌寒く、まだまだ薄手のジャンパーが手放せない。
「今日の試合、惜しかったな」
「あぁ、ボクも今思い出すだけで胸がドキドキするよ。『P・S部』史上、いや学園始まって以来の名勝負だったに違いない」
「勝ってれば、なお文句なしだったけどな」
「それを言われると痛いなぁ。『今年こそは行ける!』って思ってたんだけど、唐久多君が言った通り詰が甘かったよ…。でも先輩も奮闘してくれたよ。本来は剣士型プレイヤーなのに不慣れな格闘型で、あれだけ動けただけでも凄い」
「だな。‥ん? てか、そもそもだけどさ。なんで妖子が出なかったんだ? グェン・フィヴァッハはお前の機体だろ?」
妖子たちが所属するP・S部は、部員一人一人に専用のP・Sが提供される。
提供された機体をどうカスタムするかは個人の自由なので、機体には自然と使用者の嗜好にあった設定やクセのような物が定着していく。
わざわざ乗り慣れていない槍剣さんが乗るより、操作に慣れ、機体を知り尽くした妖子が戦っていた方が勝算もあった筈だ。
「生徒会の方が忙しくてね。メンテナンスならともかく、自分のコンディションを試合までに調整する暇が無かったんだ。なにより、先輩からの直談判もあったし」
「なるほど、義理堅い槍剣さんらしい」
日ごろ『ウチはP・S・Bに人生をかけとるんヤ!』と豪語する槍剣さんにとって、卒業していった先輩たちとの日々は、かけがえのない物だったに違いない。
だからこそ、共に過ごした自分がどれだけ成長できたかを見せておきたかったのだろう。
「義理堅いという点では、アルトもそうじゃないか。サークルを存続させる為に、唐久多君に食って掛かるなんて大した物だよ」
「まぁ、特にやりたい事も無く、ボーッと過ごしてた俺を誘ってくれた人たちだからな。一年間、色々と世話にもなったし」
「『‥やりたい事がない』か…」
不意に、妖子が立ち止まった
「どした? マジに歩くの疲れたのか?」
妖子は無言で頭を振り『違う』と意思表示する。
しかし俯いたまま、なかなか歩き出さない。
「妖子?」
「‥アルトはさ…」
しばしの沈黙の後に、妖子が顔を上げる。
「‥アルトは、なんでP・S・Bを辞めちゃったの?」
「な、何だよ藪から棒に…。『辞めた』って、今でもたまにだけど、スパーリングとかは付き合ってやってんだろ?」
「そうだけど、そうじゃなくて…。ボクが言ってるのは、プロになるのを諦めちゃったのかって事。昔はあんなに頑張ってたじゃないか。それが高校を卒業してからは、頼まれでもしない限りP・Sに乗らなくなったし、授業でも基本的にサポート指示のコマンダーポジションばっかり。アルトはセンスもあったし、とても強かった。今になって辞めるなんて絶対に勿体無いよ!」
「はは、P・S部の部長様に褒められるとは恐悦至極だな」
「ボクは本気で言っているんだよ! プロ選手を数多く輩出する円卓学園に入学して、いよいよみんなで、本格的なP・S・Bの世界に浸れると思って楽しみにしてたのに…」
妖子が悲しい目で俺を見る。
これは、演技ではなさそうだ。
「‥もしかして、P・S・Bが嫌いなった?」
「……別に、そんなんじゃねぇよ。ただ色々と、悩み事の多いお年頃なんだよ…」
「い、色々?」
「そ、色々。‥だから、今は見てるだけで良い」
俺が歩き出すと、妖子が小走り追いついてくる。
どうやら、無意識で歩みが速くなっているらしい。
「アルトが決めたことなら、ボクは良いけど…」
「………」
妖子は『色々』の内容にまで突っ込んでは来なかった。
ただし憮然とした表情からは『ぜんぜん納得してません』オーラがヒシヒシと伝わって来た。
(『P・S・Bが嫌いになったのか』って? ‥そうならない為に、乗らないんだよ…)
妖子と槍剣さん、そして俺の三人には共通する一つの夢があった。
それは、プロのP・S・B選手『テンプル』になる事だ。
妖子の言うとおり、毎日ヒマを見つけては三人でP・Sを乗り倒し、中学、高校でも当然の如くP・S・B部に所属。
自分で言うのもなんだが、年々上達する俺たちの腕前は地域でも一目置かれる存在となり、あの頃は夢に向かってまい進している日々が、ただただ楽しかった。
転機となったのは忘れもしない、あのむせ返る様な猛暑を記録した高校二年目の夏。
当時在学していた高校が全国大会への切符を手にし、部ではレギュラーメンバーを選考するトーナメント戦が行われる事になった。
槍剣さんを初めとする三年生選手は、最後の試合になるので無条件でレギュラー入り。
残り一枠を、一、二年生で取り合う試合となった。
監督は結果よりも実力を重視する人だった故、必ずしも優勝する必要はなかったが、当然、優勝すれば選ばれる可能性は高い。
部内でも上位に食い込む強さを持っていた俺と妖子は同級生、下級生を順調に下して行き、準決勝で対峙。
お互いに手の内は知り尽くしていた事もあって、どちらが勝っても可笑しくはなかった。
切磋琢磨し、共に強くなってきた最高の好敵手との結果は、破損率ルールの適応で僅差ながらも俺の勝利。
続く決勝の相手は妖子よりも弱い相手だったので、俺は無事にトーナメント優勝を果たした。
正直この時は、レギュラーの座は貰ったと確信していた。
ところが監督が全員の前で指名したのは、俺ではなく妖子だった。
俺だって男だ、悔しく無かったと言えば嘘になる。
でもそれは俺自身の力不足が原因。
なにより互角の腕を持つ妖子なら、仕方がないと割り切る事も出来た。
だがそれから数日後の全国大会、当日。
中堅に抜擢されて戦う妖子の姿をベンチから見た俺は、愕然とした。
一見、一撃必殺のようなパワフルな攻撃を好んでいるようで、それでいて踊っているかの様に優雅な立ち回りは相手の三年選手を圧倒。
その戦いぶりは、一朝一夕で身に付くような物ではなく、長い時間をかけてトレーニングに励んだ末に身に付けられる完成された動きだった。
(あんな戦い方をされれば、俺なら五分と持たずに負けてしまうだろう)
(何故レギュラー選抜の時、妖子は何故あの動きをしなかった?)
(どうして俺は、あの勝負で、いや今までの勝負で妖子に勝てこれたんだ?)
妖子の操るP・Sが、相手P・Sを派手に場外へ吹っ飛ばした様子を見た瞬間、俺はその答えに気がついてしまった。
妖子はずっと、手を抜いてくれていたのだと。
俺は『自分は妖子よりも強い』と思っていた。
強くなきゃいけないと思っていた。
しかし妖子の本当の実力を目の当たりにして、俺は自分が如何に思い上がっていたのかを痛感させられた。
本当の妖子は、俺なんかよりもずっと上にいる。
その事実に、俺は自分が恥ずかしく、弱さを突き付けせれたようで、なにより惨めだった。
途端に頭の中はグチャグチャになり、波打つ感情が耐え切れなくなった俺は試合中にも関わらず会場を飛び出した。
そしてそのまま自宅まで泣きながら帰ると、ショックからか数日間、高熱と吐き気で寝込んでしまった。
その後、妖子と槍剣さんからのメールで、大会は準決勝敗退という知らせが届いた。
でも終わってみれば妖子個人の成績は、全戦全勝というトンでもない大記録を樹立していた。
更にこの大会が妖子にとってのキッカケとなったのか、その後は公式、非公式問わず、ありとあらゆる試合において負け知らずとなり、個人戦の部では優勝連発と大活躍。
高校卒業時には『何時プロ入りしてもおかしくない期待の若手』として、新聞や雑誌で取り上げられるほど世間の注目を集める存在となっていた。
そんな輝かしい妖子の姿に、俺は激しく焦った。
いつも一緒に居たはずの妖子がどんどん遠い存在になってしまうように感じて、何として追いつこうと、毎日がむしゃらにトレーニングと部活に励んだ。
しかしあの試合を見て以来、俺の操縦は精彩を欠き、試合に出ても大半は初戦敗退。
良くて二回戦までとすっかり低迷。
妖子とは対照的に、高校生最後の頃は監督からも見限られ、もっぱら新入生のサンドバック係のような状態になっていた。
そうした鬱屈とした日々が続き、自分の中でP・Sに乗る事が苦痛になり始めていた。
自分の弱さの所為で、大好きだったP・Sを嫌いになりたくなかったし、これ以上、妖子に対して身勝手な劣等感や嫉妬心を感じたくもなかった。
でも妖子という絶対に超えられない『壁』の存在に耐え切れる自信もなく、気が付けば俺は、自然とP・Sに乗らなくなっていった。
(‥まぁそんな理由、話せる訳もないし、話す気もないけどな…)
「探索部も結構楽しいぜ? 旧軍事施設だけあって、閉鎖区画にはトラップや罠なんかそのまま残ってる。それをかいくぐって貴重な物が見つけられた時にはテンション上がるぞ?」
悪くなった空気を変えようと思い、俺は話題を変える。
探索部が楽しいの、もまた嘘ではない。
「へぇ、さしずめ『トレジャーハンター』だね。うん、何だか楽しそう」
妖子の表情が少し和らぐ。
上手くいったようだ。
「でも『楽しさ』を体感するには、部を存続させにゃあならん。ガンガン調査して成果を挙げるぞ。言っとくが、結構ハードだからな」
「うん、任せて。ボクも部員になったからには全力で、最善を尽くすよ。その為に、コレを持って帰ってきことだしね」
妖子は、肩から提げていたボストンバッグをポンポン叩く。
暗くて気付かなかったが、よく見るとファスナーが千切れんばかりに膨らんでいた。
「重くないかそれ?」
「凄ぉ~く、重い……」
二言できり返した妖子が不意に黙る。
かと思えば、いきなり俺の前に回り込み、行く手に塞ぐように地面へたり込んだ。
「今度はどした?」
「あぁ、今にも肩が外れてしまいそうだよ。もう一歩も動けない。どこかにボクを負ぶってくれる、心優しい人は居ないかなぁ?」
舞台女優のように片手を挙げ、空を仰ぐ妖子。
本当に舞台上なら、スポットライトが浴びせられている事だろう。
言葉とは裏腹に周囲をまったく確認せず、目線だけはしっかり俺に向けられている。
いくらなんでも、わざとらし過ぎはしないか?
「ママー、あれ何してるのー?」
「なにかしらねぇ? 劇の練習かしらねぇ?」
道路を挟んで反対側を歩く親子ずれが、俺たちの方を見て笑っている。
後ろを歩いていたサラリーマンや学生服を着た集団も、ニヤニヤしながら俺たちの脇を抜けていった。
「…居ないかなぁ~?」
無視する俺に対して、妖子はもう一度、今度は割と大きな声で言う。
二度言わんでも、ちゃんと聞こえてるっての。
「い~な~い~か~な~」
「あぁ、もう解ったよ! おぶれば良いんだろおぶれば!」
「うむ! 苦しゅうない」
「喧しい、何様だお前は!」
「生徒会長様。つまり偉い人」
「チッ…。実際に偉い相手に使う悪態じゃなかった…」
「ほらほら、早くしゃがむ!」
「へいへい。仰せのままに、お姫様…」
妖子をしっかりと背負い、ボストンバックを片手で持ち上げる。
「グオッ! なんだよコレ、ホントに重ぇッ!」
「生徒会のポジションを利用したのさ。探索部が結成して以降、これまで生徒会に提出されてきたレポートや資料を持てるだけ持って帰ってきた。なにせボクは素人だからね。しっかり予習しないと。それに調べれば、なにかの役に立つと思って」
流石は勉強家。
『最善を尽くす』という言葉に嘘偽りなしだ。
それにしたって限度があるが。
「なぁ、バッグは俺が持つから、やっぱり降りてくれたりは…」
「さぁアルト、風邪をひく前に家に帰ろう!」
「‥そうだよなぁ、お前はそういう奴だよ…」
俺は諦めて妖子を背負い直すと、気合を入れて歩き出す。
女子とはいえ、人一人の体重+間違いなく一〇キロ以上はあるバックを片手に帰宅とは、
下手な筋トレよりも、相当ハードなトレーニングだ。