《4》
「流石は白井部長。何時もながら、お見事な解説です」
唐久多に褒め称えられ、妖子は「それほどでもない」と口では謙遜しているが、その表情は完全にどや顔。
チラチラと俺に流し目を向ける。
これでもう少し、服装がまともなら可愛げもあるんだが…。
『ヨーウーコォーッ! も~限界ャ、このままじゃアカン! 早よう指示をくレーッ!』
突如、妖子のタブレット端末から助けを求める叫び声が響いた。
この独特の訛り声は、今まさに格闘型に搭乗し、剣士型と渡り合っている俺たちの一つ上の先輩。
妖子と同じく幼馴染の一人、馬 槍剣さんに間違いない。
「おっと! ボクしたことが、長話しすぎた!」
妖子は目の前に居た唐久多を突き飛ばし、試合状況を確認する為に窓へ駆け寄った。
外では相変わらず、格闘型と剣士型が互いの武器を激しい乱打戦を続けている。
格闘型はトンファーという武器の特性を生かし、素早い打撃攻撃を仕掛けるが、剣士型は片腕だというのにそれを剣でいなし、あまつさえ攻撃まで繰り出していた。
そのたびに槍剣さんの「ギャー!」だの「死ヌゥー!」などの叫び声が端末から発せられる。
「先輩、落ち着いて」
『ドアホッ! 操縦するこっちの気にもなレ、ッてオイィ!』
ここに来て、剣士型が回し蹴り体勢に入った。
剣の攻撃を防ぐ事に集中していた格闘型はガードを上めに取っていた為、このままでは直撃する。
「マズい!『エアバック!』」
『リョ、リョーカイ!』
蹴りの当たる直前、格闘型の頭部とボティの接続部から行き成り、泡の(・)よう(・・)な(・)物が吹き出した。
『泡』が格闘型の前方を覆い切るのとほぼ同時に、剣士型の足底が泡を割った。
と、次の瞬間だった。
突如弾かれるように、剣士型、格闘型の両機が物凄い勢いで後方に吹き飛ばされた。
ランニングコースの際までおされ気味だった格闘型は、そのまま間近で観戦していた学生たちの頭上に迫る。
しかし何人かは驚いて逃げるが、大多数はそんな素振りを見せない。
格闘型が人々に当たるその寸前、何か硬い物にぶつかる音を立て機体が急停止した。
よく見ると観客と機体の間、それまで無かった空間に、透明で巨大な板が出現し、格闘型がそれに叩きつけられていた。
「なんだ。見えてないだけで、ちゃんと『魔術防壁』張ってあったのか」
「当たり前だ。朝野君、君はスリルを体感したいが為に、いつ何時、自分が踏み潰されたり、轢かれるとも限らない平地で平然と観戦が出来るか?」
「ご尤もで」
バトルエリアに防壁を設置するのは.、ルール以前に安全上必要な事だ。
しかし改めて思うが、『魔術』って奴は実に便利なもんだ。
現代社会において、魔術を始めとしたオカルト分野は、科学技術との融合を果たし、今や非常に身近な物となっている。
本や写真などの前時代的な紙媒体には大抵、経年劣化などを防ぐ魔術がかけられているし、最近は本来習得に長い修行が必要になる魔術を、ボタン一つで誰でも扱える『魔術装置』も存在する。
あの防壁も、グラウンドにあらかじめ埋め込まれている装置によって展開された物だろう。
ただ、防壁が無色透明というのは珍しい。
「公式ルールでやってるとは言え、送別戦は中継されるみたいな大きい試合じゃないからね。屋内試合みたいに、高い位置に客席を設けている訳じゃないから、防壁の色を無色に設定してあるんだ」
「なるほど。‥しかし、防壁で護ってるとはいえ、みんな良くあの場所に居てビビんねぇなぁ」
「ご近所さんや、学校見学に来た子達もいるけど、大半は、うちの学生や保護者の方々だからね。‥先輩、無事かい?」
妖子が端末のマイクに語り掛けると、ややあってから槍剣さんの呻き声が帰ってくる。
『痛ってェ……。軽ク、意識飛んだゾ…』
「ごめん、少し話し込みすぎたよ」
『マジに頼むゼ、マイ・エンジェル…。てか『コマンダー』担当のヨウコが試合中なのに校庭には居らんってどないゆーこっちャ! 『イヌスケ』も居らんシ、ウチはさながら『ロンリー・ウルフ』やゾ…』
「ですから馬先輩! この僕の名は『ケンスケ』であって『イヌスケ』ではないと何度言えば解るんですか!」
名前を間違えられ必死に正そうとする唐久多だが、恐らく槍剣さんにそれは無意味だろう。
記憶している限り、この人が他人の名前をまともに呼ぶ姿をまず見た事はない。
「サークル棟に居るよ。今日の試合、観察して指揮するならココがうってつけなんだ」
『サークル棟ォ? ……ははぁ~ン、なるへソ。『アーサー』ん所カ。おぅアーサー、そこに居るンカ?』
この様に、唐久多は『犬介』だから『イヌスケ』。
俺は『朝野』だから『アーサー』といった具合だ。
「妖子の『グェン・フィヴァッハ』に誰が乗ってんのかと思ったら、槍剣さんだったんスか」
『なぁにヲ、いけしゃあしゃあとォ…。お前らに貸したさかいニ、ウチの『ランツェレト』ぶっ壊れたんやんケッ!』
「その件は壊しちゃった時に謝ったじゃないっスか…。第一、実際にボコッボコにしたのは俺じゃなくて、相手してた妖子ですし」
『カーッ! 責任を女の所為にするとカ、男の風上にも置けんやっちゃナ! 例えそうだとしてモ、女の罪を被ってやんのが男、いや『漢』って奴やろ!』
「おぉ、流石は良いことを言うね。アルト、先輩の言う通りだよ。アルトはもっとボクを敬うべきだ」
「横暴以外の何者でもねぇな! ‥てッ、槍剣さん! 前!」
『ンァ? ッウォ、もう来よったカ!』
妖子ではないが、俺も試合中だというのに無駄話が過ぎた。
復帰した剣士型が剣を振りかぶりつつ、グェン・フィヴァッハを目指して走って来ている。
幸いまだ距離があるので、身構える余裕はある。
「ガードど弾いて、スキが出来たら二連!」
妖子の指示に槍剣さんは『言われんでモッ!』と答える。
グェン・フィヴァッハは振り下ろされた剣を左腕のトンファーで弾き、空いた右拳で剣士型のボディを殴る。
さらに剣士型がヨロけたところで、すかさず左ストレート。
綺麗なワン、ツーパンチを浴びせられ、剣士型は校庭の中央付近まで押し戻された。
「先輩。このまま打ち合ったところで、消耗はすれど好転はしない。相手は片腕がないんだ、攻めて行こう!」
『異議なシ!』
グェン・フィヴァッハ足底のローラーが起動し、剣士型へと突っ込んでいく。
「左側へ回り込んで」
『腕がない分、セオリー通り左からの攻撃やナ。でも防がれんカ?』
「当然防御行動をとってくるだろうね。でも、それより早くグェン・フィヴァッハなら攻撃できる! 問題ない!」
『OK! ヨウコの愛機とチューニングを信じるワ! 一気に行くデ!』
陽動も兼ねてかグェン・フィヴァッハは蛇行走行し、徐々に剣士型との距離をつめる。
「……ん? 待て妖子。剣士型の様子、可笑しくないか?」
最初こそ剣先でグェン・フィヴァッハを追っていた剣士型が突然それをやめ、剣を胴体左側に備え付けられたホルダーに納めた。
「武器を、収めた? 投了でしょうか?」
予想外の動きに、唐久多も窓から身を乗り出して訝しがる。
「そんなまさか! 卒業式の送別試合だよ? こんな晴れ舞台で戦意喪失なんて、ありえない!」
妖子の言う通りだ。
卒業生たちが、今日という日をどれだけ楽しみにしていたか知らない者はいない。
それに剣士型の手は、今も剣のグリップしっかり握っている。
ルール上、剣を手放さない限りは負けた事にはならない。
なにかの作戦の可能性は十分ある。
だが予期せぬ行動に困惑する俺たちが悩んでいる間に、グェン・フィヴァッハは剣士型をトンファーの射程に捉えた。
剣士型は、まだ動かない。
『貰うたデ! お前ら、よぅ見とけヨ! 卒業生の連勝記録が破られる、世紀の瞬間ヤ!』
わざわざ勝利宣言を言う為だけに通信をしてくるあたり、槍剣さんは特に警戒していないようだ。
「待ってくれ先輩! 罠の可能性が!」
『エッ?』
妖子が叫ぶが、時既に遅し。
グェン・フィヴァッハのトンファーは、剣士型の頭部目掛けて打ち振られた。
と、その時、ついた剣士型が動いた。
突然腰を落とした剣士型は頭上をトンファーが通過するないなや、目にも留まらぬ速さで剣を抜剣。
そのまま水平に振りぬいたのだ。
剣術のでいうところの『居合い抜き』という奴だ。
最接近していた上に、トンファーが空振った事で体勢を崩していたグェン・フィヴァッハが、それを避けられる訳がなく、人体で言えば腰の部分で両断されたグェン・フィヴァッハの上半身が、物凄い力で斬られた衝撃で宙に舞い上がった。
たった数十秒の間に起こった出来事に、観衆も、俺たちも言葉を失い、夕焼け空に黒く浮かぶグェン・フィヴァッハのシルエットを呆然と見上げていた。
不意に、誰からともなく小さな拍手が始まる。
その音にやがて声が混じり、指笛の音が混じり、上半身が地面に落下した頃には大歓声となって学園の校舎を振るわせる程の物になっていった。
「ば、抜刀術…」
唐久多が何とかといった感じで呟くと、妖子はヘナヘナとへたり込んだ。
開校から今年でちょうど五〇年。
卒業生たちは、今年も無事に有終の美を飾った。