8話「ポーション」
「お~い、まだか?」
「もう着く……ます」
俺の助けてやる宣言から数分、俺たちは再び少年の仲間の元へと向かっていた。
その間、少年はやれ『仲間はほとんど死にそう』だの、『ボクが最年長だ……です』だの、『ボクらは親からも国からも見放された孤児なんだ……です』だの、俺から興味を引き剥がそうと話しかけてきた。
だがそれらのどれも余計に俺の興味を引き出すだけだった。
死にそうなら助けてやれば恩を刷り込めるし、こいつが最年長なら技術を教え込ませやすいだろうし、孤児なら俺がもらっても問題はない……と思う!
まさに俺の求めていた人材だ。
少年がもうすぐ着くと言ってからほんの一、二分後。
俺たちは裏道の奥の奥に隠れるように建っている、ボロボロな小屋の前にいた。
「ここ……です」
少年はチラッとこちらを伺うように見つつ、そう言った。
そんな怯えなくてもいいのにね。そこまで俺は短気じゃないから。
まあそれをわざわざ教える必要もないけどね。飴と鞭は大切だよ。教育には、ね。
俺は出来るだけ優しく見えるように目を笑みの形に歪めると、アイテムボックスから水差しを取り出した。
そしてその魔法のランプのような水差しを投げ渡す。
「ほら」
「わわっ! な、なに……ですか?」
「それは水がほぼ無限に入っている水差しだ。出てくる量が少ないが、それで体を洗ってこい」
俺がそう言うと、少年はしばし呆然と俺を見上げていた。
だが、俺の言った言葉の意味を理解すると、しかし理解できないといったように水差しを眺め始める。
そして、おそるおそるといったふうに水差しの口を自らの口に持って行き、水を飲む。
飲んで、飲んで、腹が膨れるほどたらふく飲んで、ようやく少年は口を離した。
「……ぷはぁ、すごい、本当になくならない……」
「分かったらそれで体を洗ってこい。あと飲んだ水を少し吐き出してこい。腹壊すぞ」
「……うん」
俺の言葉に頷いた少年は水差しを掲げてその場で水を浴び始めた。
…………まあ隠れられるようなところなんてないしな。
先ほどの自分の言葉に釈然としない何かを感じつつ、俺は扉の前まで行く。
そして今にも壊れそうな扉を開け――
「あ」
――ようと思ったら壊してしまった。
蝶番ごと外れてついてきた扉。
俺は全く重さを感じないそれを呆然と見ながら言い訳を始める。
…………いや、あれはここで壊れる運命だったんだ。あんなボロかったんだし。
「よし」
言い訳で気を取り直した俺は、手に持っていた扉をそこらへんへポイッと投げ捨てる。
後ろで水を浴びている少年がビクッとしていたが気にしない。
そして視線を室内へと向け…………
「…………うわぁ」
…………あまりの凄惨さに軽く引いた。
きったない床に寝ころぶ子供たち。しかもその有様は整理されているとはとても言えない。
これは臭いもきつそうだ。
そう思ったとき、小さな風に運ばれて僅かに漏れ出た中の空気が俺の鼻へと入り込む。
とんでもない臭いだ。丸一日履いて歩き回った後の靴下なんかよりよっぽど酸っぱく、化学の実験で嗅いだ刺激臭なんかよりよっぽど強烈な臭い。
以前の俺ならあまりの臭さに、涙を流しながら撤退したであろう臭いだ。
しかし今の俺は臭いとは感じるものの、我慢できていた。
多分臭い耐性が働いたんだろう。持っててよかった臭い耐性。
「うしっ」
我慢できると分かれば後は行くのみ。
俺は救うと宣言したとおり、子供たちを救うべく足を踏み出したのだった。
「ぅぅ…………」
俺は手始めに一番近くに寝転がっていた子供へと近づいた。
子供は熱でもあるのか、赤く染まった顔を苦しげに歪めている。
俺は別段病に詳しいわけでもないのだが、どうしてこうなったのか気になり、かけてあったボロ布をはぎ取った。
そして、ボロ布の下から出てきたのは、至る所に痣や小さな切り傷がある小さく細い体だった。
「…………」
まあ酷い。
普通なら『こんなことをするなんてー』みたいに思うのだろう。
だが、やはり俺はどこか壊れてるらしい。
こんな凄惨な光景を見ても、あぁ酷いな、程度にしか感じられない。
「……ま、今はいいや」
少し考えたのち、そう結論付けた俺はアイテムボックスからポーションを取り出す。
一応下級のポーションだ。治り具合とか見たいしね。
…………今の凄いマッドサイエンティストみたいな発言だったな。ただの好奇心なんだが。
無駄な思考もそろそろに、俺は下級ポーションを目の前の子供へと振掛ける。
子供の体の表面が淡く光ること数秒、傷などが徐々に修復していき、呼吸も穏やかになった。
表情も先ほどの苦しげなものより、数段落ち着いたものとなっている。
よし、回復出来るな。
俺はその様子を見て下級ポーションでも事足りることを確認すると、次の子供へ向けて足を向けたのだった。
数分後、途中から面倒になって適当に振りまきながら回復させていったせいでポーションを数個無駄遣いしたこと以外は、完璧にことを終えた。
流石に汚い布などにこれ以上触れる気はなかったため、様相は乱雑としたままだが。
それでも小屋の中の雰囲気は俺が来る前とは段違いだ。
鬱屈とした死の空気がよどんだ空気程度には浄化された。
「ちゃんと洗って、き……た…………」
終わったぁ、と一息ついて数分後、体と襤褸を洗ったらしき、俺を案内した少年が入ってきた。
しととに濡れ、黒みがかっていた汚い髪は元の色が金だという程度には元の色を取り戻している。
そんな少年は入ってきて早々固まってしまった。
まあ十中八九中の雰囲気の変化についてだろうが。
「お、どうした?」
「いや……これ……」
少年は俺の思った通り小屋の中を指差して口をパクパクさせる。
「…………生きてる?」
「そりゃそうだ。流石に死人を生き返らせるのはしたくないぞ」
少年は俺の言葉も聞こえてないのか、ゆっくりと近くの仲間に近付くと、しゃがんでその頬に手を当てる。
確かな鼓動を感じているのだろう、少年は徐々に涙を流し始めた。
「…………っうぅ。よかっだ……ほんどうに、よかっだ……」
ここで『何故』とか『どうして』と俺に言う前に安堵して涙を流せるというのは、本当に少年が仲間を大事に思っている証だ。
そのことに俺は感動するでもなく、適当によかったなーと思いつつ、次はどうしようか考え始めるのだった。