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6話「良~いこ~とか~んが~えた~」



「おっしゃ、観光観光~」


 ゴリラ長に勘弁してくれと言われつつ金の換金を終えた俺は、腹を膨らませてから町を歩いていた。

 町並は二階建てや三階建てなど全体的に凸凹している。よくある中世の町並みってやつで道も砂利ではなく石畳だ。

 中世っぽい雰囲気ということで俺は衛生面を気にしていたのだが、以外や以外、道も家もすっごく綺麗なものだった。

 多分お約束の魔法的な何かでゴミや排泄物を処理しているおかげだろう。


 そんなわけでランラン気分な俺は今にもスキップしそうになっている。気をつけなければ。今の脚力だと屋根まで飛びそう。…………流石にないか。

 上機嫌で町を歩く俺。

 だが、一つだけ気になることがあった。

 それは……


「…………鬱陶しい……」


 道の真ん中を歩く俺を避けて遠巻きに見てくる人々の視線。

 めちゃくちゃ鬱陶しい。

 俺の真っ黒な暗殺者アサシン、というよりは忍者のような格好がいけないのは分かっているんだが……てか暗殺者アサシンなのに目立ってどうするよ……


 なお、自分でもこの格好は不味いと思い、一応顔だけでも出そうとしてみたのだが、これが不思議なことにゆるゆると巻かれているように見える布は、いざ引き剥がそうとすると途端にがっちりと堅くなって取れなくなるのだ。

 もしかしてと思って脱ごうとした服の方も同様。洗濯とかどうするんだよ…………

 最悪、俺はこの服装のまま川などにダイブして身体と服を洗うしかなくなる。

 そんなの、嫌だなぁ…………


 さっきまでの気分が一転、連想していった先の事柄で俺の気分はマイナスとなってしまった。

 気分の波が激しいって、情緒不安定かよ……


 一旦負に落ちるとしばらく帰れない俺は、いつものごとくさらなる泥沼にはまり始めた。

 だが、そのとき。


「……お?」


 皆が皆、俺を避けて歩いていく中、フラフラした見窄みすぼらしい少年らしき子供が向かいから歩いてきた。

 背は俺の丹田の当たりまでしかなく、明らかに小さい。水色の髪は汚れて黒くなり、何日も風呂に入れていないのかボサボサだ。

 そして顔は見えないが、焦燥に駆られてジッとこちらを見ているような気がした。


 少年の足取りはしっかりしていないのだが、確実に俺へと向かってきている。

 見窄らしい服装、フラフラを装った歩き方、俺のような変人へと向かってくること。

 俺は着実に近寄ってくる少年へと歩み寄りながら、考え……


「…………あ、スリか」

「え?」


 俺がそれに気づいたときには既に少年は目の前まで来てしまっていた。

 日本で見るスリは堂々と人混みの中を歩いて軽く当たることで意識をそらし、その隙に目当てのものを盗るっていう奴しかいないから気づかなかったわ。


 俺の目の前まで来てそんなことを言われた少年は驚いて顔を上げてしまう。

 その顔は驚きと困惑に彩られており、なんとも奇妙な顔をしていた。


「くっ!」


 しかし、少年はすぐさま我を取り戻すと、覚悟を決めて俺へと突っ込んできた。

 彼我の距離はほんの五十cmほど。

 少年はたった一歩大きく踏み出すだけで俺へと触れることが出来るだろう。

 普通なら確実に当たり、俺みたいなひょろい背格好の人物は体勢を崩してしまう。

 だが、曲がりにも俺は最高レベルの暗殺者アサシン

 スピードと不意打ちでの攻撃に秀でたスペシャリストである。


「よっと」


 突っ込んできた少年をそんな軽い声と共にかわす。

 体当たりのつもりで突っ込んだ少年はまさかかわされると思わなかったのか、その勢いのまま地面へと倒れ込んでしまった。

 ザザッと少しだけ石畳の道を滑る少年。

 うわぁ、痛そう~。


「ぅぅ…………」


 身体を横に向けて小さくなる少年は小刻みに震えている。

 転んで擦りむいた傷が痛むのだろう。

 だが、俺が手を貸してやることはない。

 だってあいつ俺から何かをスろうとしてきたし。本当ならここで煽ってもいいくらいだ。それをしないのは相手がまだ小さな子供だからで。


「……………………」


 それにしてもこいつは酷い。

 俺は立ち止まり、やせ細っている少年の手足を見てそう思う。

 明らかな栄養失調だ。ずっと身体が満足できる食事なんてとれてなかったのだろう。

 こんな目立つ俺を狙ってスリを行ったのも、ろくに思考が働いていなかったからなのかもしれない。


「………………」


 俺はジッと少年を見たまま考え続ける。

 俺にこいつを助ける義理はない。俺に困っている人を助ける正義感もない。

 あるのはただの好奇心とちっぽけな心だけ。

 こんな時小説の主人公たちはどうしていたか…………


 お金を渡していた。

 ――いや、それは大抵他のスラムの住民に巻き上げられて終わりだ。


 店に連れて行って食事をさせた。

 ――それはその場での自分の正義感を満たすためであって、俺にそんなものはない。


 食材を買ってスラムの住民に手料理を振る舞った。

 ――俺に料理スキルはない。現実でもゲームでも。


 はぁ、一応可哀想程度に思う心はあったのだが、別に助ける理由もなかったか。

 俺はそう結論づけると、少年から視線をはずし、歩き始め――――


「――――あっ! 良~いこ~と、か~んが~えた~!」


 面白いことを思いついて再び少年の方へと振り向いた。

 そのとき俺はどんな顔をしていたのだろう。

 自分でいうのもなんだが、きっと新しいオモチャを目の前にした子供のような無邪気で凄惨な笑みを浮かべていたに違いない。

 布で表情は隠されているが。


 少年は演技ではなく本当に痛がっているのか、俺に見向きもせずまだ小さく縮こまって細かく震えている。

 あぁ、良いこと思いついてもこいつが動けないと話にならないな。

 俺は徐にアイテムボックスから一番安いポーションを取り出す。

 にゅっと、一瞬出来た空間の裂け目から飛び出てきたポーションを掴むと、コルクを抜き去り、少年へと振りかけた。ここがゲームではなく現実となったからか、アイテム欄などが出てこなくて視界が邪魔されなくてかなり良い。

 淡い光が少年を一瞬包み込み、そして空気に溶けるように消えていく。

 いつの間にか町の人々は足を止めて俺と少年を見守っていた。


「……ぅぅ……? ぁ、ぁれ?」

「よ~っす! 痛みはなくなったかな~? ならさっさと立とうか!」


 痛みが消えたのか、体を横たえたまま驚いて両手を見る少年。

 だが、俺はウキウキして仕方ないんだ。一秒だって無駄にしたくない。

 俺は少年の驚きを無視して立ち上がらせる。


「え? ぁう? な、なに?」


 俺の催促に従って立ち上がる少年は、俺がターゲットだったことも忘れて質問する。

 しかもしっかりと気を付けの姿勢だ。

 だが、すぐに目の前の人物が何者で、自分が何をしようとしていたか気づいたのか、脱兎のごとく逃げ出した。

 しかし新しいオモチャを俺が逃がすはずもない。


「【影渡り】、バァ!」

「うわぁぁあああ!」


 俺、愛用の瞬間移動を使って少年の逃げ出した方向へ出現するとバッと両手を広げて驚かす。

 少年は俺の想定以上の驚き方をしてくれてその場に尻餅をついて座り込んでしまった。

 最っ高に気持ちいィ!


「……な、なにもの、なの?」


 俺が相手の反応を見て悦んでいると、少年は震える口を何度も動かし、言葉を紡ぎ出してきた。

 畏怖と諦観に心の内を支配されているだろうが、必死に。

 まあこれから俺が飽きるまでの付き合いになるんだ。名前くらいは名乗っておこう。というよりその方が楽だ。

 俺はビシッと仁王立ちし、腕を組むと言った。


「俺の名はアイン! 最強の暗殺者アサシンだ!」








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