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5話「名前」




 俺をギルドに登録させてくれ。

 その言葉を受けてゴリラ長と受付嬢は一瞬、呆気にとられる。

 しかし流石ゴリラ長というか、すぐさまそれについて問いただしてきた。


「何故だ?」

「だからさっきから言ってるじゃ~ん。俺は国のオモチャになるつもりはないって~」

「いや、ですから国がそんな――」

「はい、脳内お花畑の脳足りん(のうたりん)は黙っとこうね~」


 俺の言葉に怒りで顔を赤くする受付嬢。

 うわ~、事実を指摘されて怒ってやんの、それが言葉を認めているのにも関わらずね~。

 という言葉を飲み込み、俺はゴリラ長へと再び声をかける。


「面倒だから言うけど、ぶっちゃけギルドカードって細工してるでしょ?」

「……あぁ、確かに自動で書き換えなど少々手を――」


 全く表情を変えずに答えるゴリラ長。

 いや、もういいから。

 ゲームの時も、ギルドカードを手に持っていると、特殊な魔道具で場所を特定されたりしたから。

 なお、その防ぎ方はアイテムボックスに入れるだけ。

 だから俺は確信をもってそれを言う。


「面倒だって言ったじゃん。追跡だよ、つ・い・せ・き。あるんでしょ、そんな小細工が」

「……………………」


 グッと黙り込むゴリラ長。

 そういうのいいから。早くしてくんないかな。

 そして数秒後、ゴリラ長は観念したように息を吐いた。


「はぁ、分かった。勇者の登録を許可する」

「ギルド長?! 何故ですか! 勇者は国に指名依頼をもらい、活動してもらわなければいけないのに!」

「まずお前は勇者に持つ幻想を壊せ。そして俺が勇者の登録を認めたのはこのままだと勇者は逃げてしまうからだ」


 俺の目の前で説教&解説が始まった。

 正直後にしてほしいんだが…………


 俺の心情とは裏腹に、それは続く。

 受付嬢は納得いかないようで、ゴリラ長に詰め寄った。


「捕まえればいいではないですか! そして説得すれば勇者様もきっと人類のために!」


 知ってるか? それは洗脳と言うんだ。

 冗談かと俺は受付嬢を見るが、彼女の表情に悪ふざけは一切見られなかった。

 教育って恐ろしい…………


 ゴリラ長は小さくため息をつくと説明する。


「それが出来ないから登録を許可したんだよ。勇者が言ったとおりギルドカードさえ持っていてくれれば追跡は可能だ」

「…………そう、ですか」


 その言葉にようやく受付嬢は渋々納得した。

 どれだけ頑固なのやら。

 そして、ゴリラ長は改めて俺の方へと向き直ると、言葉を選び喋りかけてきた。


「じゃあギルド加入のための用紙に記入、そしてギルドに関しての説明をするぞ」

「ばっちこい!」


 そう言うとゴリラ長は部屋へと振り返り、歩き出した。

 しかし、その足は不意に止まる。

 ゴリラ長は半身になってこちらを向くと忘れていたとでもいうように、喋り出した。


「あぁ、そうだ。俺の名前はガルド。ここ、ロウシア王国のギルドの頭をやっている。お前の名は?」

「俺? 俺の名は…………」


 答えようとした俺は言葉を紡げずに黙り込む。

 今の俺は最早あちらの俺ではない。

 ゲーム内最強の暗殺者アサシンであり、孤高のソロプレイヤーであり、人をおちょくるのが大好きなお調子者だ。自分で孤高とか言っちゃうあたりとか特に。

 そう、あの根暗でキモいコミュ障な俺とは全く違う別人。

 ならば、俺が名乗るべき名前は――――


「――――アイン」

「……おお、そうか、よろしくなアイン」


 そして俺はゴリラ長の部屋で用紙に情報を記入し、ギルドの説明を受けたのだった。




「――――これで説明は終わりだ」

ありゃーしたーありがとうございました


 ギルドカードを作り終え、説明も終わったことで気の抜けた俺は適当な礼を言う。

 これなら言わない方がまだマシだ。

 だがギルド長は心とおでこが広いので、何もいわずに微笑んでくれる。ありがたやー。


「……今、すっげぇお前を殴りたくなったんだが」

「気のせいだって。ハゲ」

「死ね」


 飛んでくる拳。

 ゴリラの長なだけあって、力強く、速い。

 俺はスッと忍者らしく――じゃなくて暗殺者アサシンらしくなめらかな動きでそれを避けると、カラカラと笑いながら怒れるゴリラに言う。


「ははっ、やっぱり強いなぁ。けど圧倒的に足りない……そう! 速さが!」

「チッ、当たればよかったものを……そしたら死体を国に送って万事解決なんだが……」


 おぉ、かなり本気だなと思っていたら、俺は死んでもいい存在だったらしい。

 異世界って厳しいなぁ。

 ともあれ、これで俺は晴れて自由の身!

 国との関係とか、ギルド加入の件とかはゴリラ長がなんとかしてくれるはず!

 となったら早速異世界の街を観光……


「おい待てどこへ行く」

「え? どこへって、そりゃあ町に?」

「何が目的で?」

「もちろんサイトシーンさ!」

「分かった。だがこの町からは出るなよ」


 ゴリラ長の言葉に俺は一瞬アホ面をさらす。

 もっと何か言われると思っていたんだけどな~。

 だが、別に言われたいわけでもなかったので、


「……了解! 行ってきま~す!」


 そう言って俺は異世界の町へと繰り出したのだった。




「困った」

「それはこちらの台詞なんですが……」


 ゴリラ長の部屋から出て数分後。

 俺は早速異世界特有の危機に瀕していた。

 それは……


「まさか貨幣が違うとはね~」


 ゴリラ長とのお話を終え、ちょっとばかし小腹が空いた俺はギルドの酒場部分で食い物を頼んでいた。

 そしてお金が先払いか後払いか分からなかったので、とりあえずを出しておいたのだが、そのお金を見たお嬢に、この貨幣は使えないと言われてしまったのだ。

 異世界だし貨幣が違うのは当たり前なのだが、お金の単位が同じだったしもしかしたら、と思っていたんだけどなぁ……


 そして、しばらくどうしようか考えていたら、俺を案内した受付嬢が来て、一緒に困るという現在に至る。


「……とりあえず金貨のようですし、含有量を見てみましょうか」


 そう言うと受付嬢は徐にカウンターの下から黒い箱を取り出した。

 そして受付嬢は、失礼しますといいながら俺の金貨をその箱の中へ入れる。

 数秒後、調べ終わったらしい受付嬢は顔を上げ、しゃべり始めた。


「ほとんどこちらの金貨と同等のようです。ただ、やはり貨幣ではないので『金』として買い取ることとなりますが……」

「おう! オーケーオーケー。それで頼むわ~」


 俺の腐るほどにある金貨が売れると知ってホッとした俺は、当面の資金のためもう少し売ろうとアイテムボックスから三百枚ほど出す。

 出し方は手のひらから溢れ出るように、だ。

 アニメで見たこれ、やってみたかったんだ……

 なお、ゲーム内では買うと勝手に消費されていたお金が、こちらに来て全てアイテムボックスに移されていたので、このようなことが出来た。


「え……ぁぅ……ぉう……?」


 突然じゃらじゃらと俺の手から溢れてきた金貨の山に呆気にとられたように喘ぐ受付嬢。アホの子みたいだぞ。

 そして三百枚ちょうど出し終えた俺はこぼれ落ちそうな金貨の山を指さし、にっこりと笑って言った。


「これ、換金お願いね!」

「………………ギルド長ー!」

 

 受付嬢は叫びながら再び上へと駆け上がっていったのだった。


「あはははっ! 静かにしろよ~」


 大笑いする俺と、剣呑な雰囲気に包まれ始めた酒場を背にして。













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