3話「ギルドカード」
「は?」
「あぷでなるものはどういったものでしょうか、という問いなのですが分かりませんか?」
若干イラっときたのか言葉の端々に棘がみえる受付嬢。
いつもの俺だったらこんな態度取ってくるやつには数倍のウザさで煽り返すのだが、今は出来そうにない。流石に混乱の方が強い。
しばし黙って今の言葉をゆっくりと噛み砕いていく俺。
だが、理解していけばいくほど、さらなる疑問で理解できなくなる。
アプデの意味が分からない? それを伝える受付嬢が? 今までは普通に対応していたのに? これもアプデの影響? じゃあその意味は? 運営の意図は? よりリアルな現実の再現? 馬鹿な、そんなことすれば余計にゲーマーは離れるぞ。
様々な疑問が浮かび上がっては、更なる疑問が上書きする。
頭が次から次へと流れる言葉の奔流に飲み込まれ、正常な思考がどんどんと奪われていく。
そして俺は……
「だー! わっかんねぇ!」
とりあえず思考を放棄した。
いや、考えても分かんないなら仕方ないじゃん? 時間の無駄だよ無駄。
だが、ただ単に思考を放棄したわけではない。一応解決策というか、この状況を脱する情報を得る考えはある。それをやらなかったのはただ面倒だっただけで。
そんなわけで俺は『ログアウト』を行う。
方法は簡単だ。メニュー画面を呼び出してログアウトボタンを押せば、あら不思議、嫌な現実に舞い戻ります。
…………虚しい。
なお、メニュー画面を呼び出す方法は三秒間その場に立ち止まってから右手を真横に振るだけだ。
そうすると半透明の画面が出てくる。
「メニュー画面……」
てなわけで俺はボソッとそう呟きながら右手を真横に振るった。
別に言葉にする必要はないのだが、なんとなく言いたくなるんだよなぁ……ロマン的な?
と、そんなことを考えているうちに俺の目の前には半透明のメニュー画面が……
「……現れない?」
俺は思わずこの異常事態に声に出してしまう。
いや、アプデのせいで一時的にメニュー画面が使えないだけかもしれない。
今頃運営は大慌ててクレームとこのバグ改善に働いているだろうなぁ。
「…………」
しかしそんなことを思う俺は何か言い知れない不安に襲われていた。
何か、頭の隅で何かが引っかかっているんだ……
そしてそれはゲームを始めてから多々感じていた違和感を更に強くする。
あの教会を破壊出来たのはおかしくないか? あの時痛みを感じたのはおかしくないか? あの住民達の反応はおかしくないか? まるで人間みたいなNPCたちはおかしくないか? 所詮プログラムのはずのNPCが表情をコロコロ変えるのはおかしくないか?
それら違和感は段々と変な想像を膨らませ、ありえない結論を出させようとする。
俺はその結論はまだ早いと考えながら一応もう一度メニュー画面を呼び出そうとする。
「…………」
しかしやはり結果は同じ。腕を振っても何も現れない。
突然奇行し始めた俺を危ない人を見る目で見てくる受付嬢。
やっぱこの感情表現は機械らしくない。
ただのプログラムが出来るわけがない。
俺は更に自分の考えの正当性に気付きながら、一応これが本物だと確証を得るため現実に戻る最後の手段を講じる。
その手段とは『緊急ログアウト』だ。
これはその名の通り、緊急時に行うログアウトのことで、例えば転移に失敗して岩の中に閉じ込められ、身動きが取れなくなったときなどに行われる。
ただ、やはりそういうのはペナルティがつきもので、緊急ログアウトを行うと誰であろうとレベルが一下がってしまうのだ。
これは俺みたいな高レベルプレイヤーにはかなり辛いペナルティだ。
まあ高レベルプレイヤーともなれば、まず緊急ログアウトする状況になることはないが。
そして俺は緊急ログアウトを実施する。
一レベルドレインというかなり痛いペナルティだが、今の俺には迷いはなかった。
やはり俺は確証が欲しかったのだろう。
そして結果が出る。
緊急ログアウトをしてきっかり十秒経ったにも拘らず、俺の視界には相変わらず珍妙なものを見るような目で俺を見る受付嬢がいた。
そうか、やっぱり…………
これでほぼ確定したようなものだが、一応俺は受付嬢に決定打を撃ってもらうため質問をする。
「あ~、ごめんごめん。ちょっと考え込んでてね」
「……はいそれはいいですので早く用件をお願いします。後ろが待っておりますので」
俺がようやく話しかけたことに安堵したのか、受付嬢はホッとしたような顔をし、続いて苛立ちながら要件を尋ねてきた。
やっぱ待たせたしイラついてるんだろうなぁ……煽りたい。
しかし今は事実を確認する方が優先なので、
「そんなイライラしてると綺麗な肌が荒れちゃうぞ~」
という言葉を飲み込んだ。
……あれ?
「……あなたがそれを言いますか? 」
あらら、やっぱ言葉に出ていたようだ。
受付嬢が大分険のこもった目で睨みつけているが、まあそんなこと慣れている俺は本題を口にする。
「本題に入るから許してよ~。んで、要件ってのは、ここ……から一番近い国の名前と、次に近い国の名前を教えてくださいな」
「…………チッ、え~っとここから一番近い国は『ラトソル帝国』ですね。二番目というと、『ノーゼム王国』と『チェル共和国』が同じくらいの距離です。要件がこれだけならさっさと帰ってください」
俺の質問にちゃんと答える受付嬢。
しかしやはりイラつきはするのか、所々刺々しい。
だが、受付嬢の言葉でもう俺は自分の考えが正しいと確信した。
その俺の考えとは……俺が異世界に転移したということだ。
俺は所謂普通の生活を送っていた。
なんの変化もない、社会の歯車として働く毎日。
故にネットで見つけた小説達は俺の心を熱くした。
異世界で、手に入れた力を使い世界を動かしていく主人公。
自分の信念を胸に、邪魔者は全て排除する傲慢さや、覚悟のこもった言葉の数々は、平凡な日常を送っていた俺を、非日常に憧れさせた。
そんなわけで、割と俺は今の状況を嬉しく思っている。
まあ、現実の俺の体だと異世界に行ってもすぐ死にそうだが、今の俺はゲームの中で最強の暗殺者だ。
このギルドにいるやつらもさほど強い奴はいない。
もしかしたら俺が逆に弱すぎて実力を計り間違えてるのかもしれないが、それは普通に信じたくない。
もしそうだとしたらそれはそれでまあいいだろう。
どうせ弱かったら前と同じような人生を歩むことになるんだろうし死んで終わりだ。
てなわけで、俺が新たな俺の誕生を認めていると受付嬢がギロッと俺を睨んでくる。
あ、後ろがつっかえてるんだっけ。
それに気付いた俺はすぐ様時間稼ぎをするため、ゲーム内で使っていたギルドカードを取り出した。
何故時間稼ぎをするのかといえば、まだ受付嬢には聞きたいことがある……と思うからだ。それを考える時間を稼ぐというわけだな。
そんなわけでギルドカードをイベントリから取り出して受付嬢に渡す。一応イベントリはバレたら面倒そうなので、ギルドカードを取り出す時は腰にある忍者っぽいポーチから取り出した。
「これは……」
「あー、それって使えるかな?」
そしてそれを受け取った受付嬢は一瞬険しい顔をしたと思ったら、俺の言葉もそこそこに奥へと消えていった。
ポカンとその場に残される俺。
後ろから大分苛立ちを感じるがそれはとりあえず無視する。
そんなイラつくなら他の場所行けよって話だしな。
そして待つこと数分。かなり真剣な顔で受付嬢が帰ってきた。
結構激しく動いたのか、その綺麗な頬がほんのり赤く染まっている。
全く、何があったのやら。
俺は面倒ごとの予感にため息をこらえるのだった。