23話「侵入」
夜の静けさに支配される深夜、俺は一人寂しく城へと潜入していた。
城は俺の宣戦布告を受けて、ものすごい警備となっている。
見張りの兵士は等間隔に、しかも隣の見張りの兵士が見えるほど距離で警備し、かつ全ての組が三人でその三人もまとめてやられないように少々距離を開けて立っている。
これは流石にバレずに殺し回るのは無理そうだ。バレても殺し回ることなら出来るけど。
さて、俺が何しにここへ来たのかというとあのクソババアとお話に来た。
今回の暗殺に俺は手を出さない。おそらく子供たちが暗殺にくれば数人は見つかるかもしれないが、あいつらの実力なら難なく逃げきれるだろうと思っているから。
そんなわけで、俺はクソババアと死へのカウントダウン代わりにお話ししようってわけだ。
一応俺を召喚した理由とか、あの二人組はどうしたとか、首都はどこだとか聞こうとは思っている。
理由は確か魔王がどうたら……って言ってた気もするがな。
「っと」
今日はどうなるかな~、なんて考えながら走っているとすぐさまクソババアの部屋に着いてしまった。
パーティータイムまであと十分くらいある。子供たちにはそれくらいで行動を開始するようにと言っておいたのだ。
そんな緊張感高まるこの時間にクソババアどんな顔して待ってんのかな~。
そんな思いを浮かべつつ扉を開けようと取っ手に手をかけようとして……
「……ん? 危ねぇな、これ」
扉の向こうに幾重にも張られた罠を見つけた。
鑑定系のスキルはとってないので内容までは分からないが、とりあえず何個も罠があるのは感知できた。
危機察知系のスキルが反応してないので開けたところで俺には効果ないのだろうけど。
「んじゃま、【影渡り】」
普通に入ると色んなところにバレそうな気配がしたので、俺は扉の隙間から影を伝って中へと侵入した。
ゲームだとこの【影渡り】も制約とかあったけど、この世界に来てからそれが取っ払われたので非常に使い勝手がよくなった。夜なんて『星の影!』みたいなクソチートが使えるからな。
まあ、ある程度の濃さがないと影に入れなかったりするけど……
ともあれ、俺は無事室内に侵入できましたとさ。
室内は非常に暗かった。明かりの一つもついてない。
どうやらクソババアは俺という存在をかなり軽視しているらしい。ちゃんと布告してやったのにな…………
いつも通り抜き足差し足忍び足で奥にあるベッドへと向かう。
どんな風に脅かしてやろうかな、どんな風に煽ってやろうかな、なんて思いながら。
だがその途中、不意に俺は違和感に襲われた。
ベッドの中にいる存在の気配が微妙に普通の人と比べて希薄なのだ。
どういうことだ、と思い考えること数瞬、俺は悟った。
――逃げられた、と。
普通の人よりも希薄な気配。つまり俺と同業者。そいつが本来ババアのいる場所にいる意味。
俺はその場で立ち止まり、大きく肩を下げた。
そりゃそうか、わざわざ殺しに行くよーって言われて素直に待つバカはいないか。
まさにゲームだと思いすぎて失敗したパターンだ。敵はいくつも手段があったのに俺が勝手に止まると思いこんでいただけの話。
俺はクソババアどうしてもここに縫いつけたかったのなら移動手段を悉く破壊して、外に連れ出そうとする人物も全員殺していけばよかったんだ。
今回の【クエスト】は失敗だ。しかも敵を見逃した、なんて面白くも何ともない理由で。
俺は途端にやる気がなくなり、気を抜いた。
当然、気が抜ければ集中力も切れるわけで。
次の瞬間、気配遮断の緩んだ俺へとベッドから、何かが塗られたナイフが飛んできた。
高速で飛んでくるそれを俺は気怠げにつかみ取る。当然ながら毒の方ではなく持ち手の方だ。
しかしこれで向こうの攻撃が終わったわけではない。
俺がナイフに意識を持って行かれている間にベッドに潜んでいた人物は俺の真横へと回り込んでいたのだ。
そしてそいつは俺が毒塗りのナイフを掴み、捨てる瞬間、全て気づかれているとも知らずにナイフを一閃した。
空を切るナイフ。ベッドから出てきたソイツは目の前から消えた俺に驚いたように一瞬だけ動きを止める。
俺にとってはその一瞬で十分。
腰から刀を抜き去ると、その抜き様に一本、そして返す時にもう一本腕を切り落とした。
「ぅ…………」
重々しい音が無音の室内に響き、続いてソイツの小さなうめき声が俺の耳に届いた。
目の前のソイツは両腕が切り落とされたにも関わらず、すぐさま痛みも気にせず俺から距離を取るといつでも動けるよう俺を視界に収める。
とんでもなく警戒している目だ。あと少し怯えている。
俺は相手にわかるよう、笑みを浮かべた。
「大丈夫、殺しはしない。ちょっとお話をしたいだけだよ」
俺を狙ったソイツは、より一層恐怖におののいた。
★☆★☆★☆
殺害予告をしてからというもの、町中を警邏が明かりを片手にパトロールしている。
今日は殺害予告当日ということなのか、町中は真昼のように明かりがあちこちに照らされていた。
それら明かりが届かない裏路地の奥、カテフたちは集まって静かに始まりの時を待っている。
あるものは武器の手入れをし、あるものは体をほぐし、あるものは目を閉じ、各々が集中していた。
音のない世界の中、彼らは今日の試練を達成するために集中力を高めていく。
そして時は過ぎていき――
「皆」
黒装束に身を包んだカテフが声をかける。
声をかけられた子供たちは一斉に視線をカテフへと注いだ。
カテフは仲間の集中力が程良く高まっているのを感じると小さくうなずき喋り出した。
「……今から六十秒後、俺たちはあの城への潜入を開始する。基本的に三人一組、それを崩すな。もし敵の罠にかかる、敵に攻撃される、などしてはぐれた場合無理せずに全力で撤退しろ。相手の戦力は未知数。強敵と遭遇する可能性は極力避けろ。…………さて、残りの時間、僅かでも作戦の可能性をあげるようつとめろ。以上だ」
カテフは全てを言い終えるとその場にあぐらをかいて座り込んだ。
目を閉じていることから集中力を高めているのだろう。
他の子供たちも各々すぐにくる開始時間へ向けて心の準備をする。
そして、数十秒という短い時間はすぐに過ぎていき――
「――行くぞ」
カテフの短い一言で子供たちの試練は始まった。
カテフの班には獣人のペロとエルフのチロがいる。より暗殺の成功率を高めるためにはバランスのとれて、かつ個々の能力が高いメンバーが必要と考えてのことだ。
全力で撤退などの作戦から、命を大事にしようといった意志は見えているのだが、流石に全体的に強さをばらつかせることはしなかったらしい。
光の届かない中、後ろに二つの気配があることをしっかりと感じながらカテフは城への侵入ルートを改めて模索する。
城周りは完全に明かりで照らされ、等間隔に警備兵がいる。目を盗んでいくのは至難の業だ。
また、城周りの壁や塔から監視しているものもおり、上から侵入することも難しい。
となると、やはり侵入のためには警備兵の注意を逸らすしかない。
カテフが腰のポーチの存在を確認していると、カテフの目に照らされた道が入ってきた。
城の壁の前には二十m程の道があり、そこに等間隔に警備兵が立っている。
カテフはその手前のところまで来ているのだ。
「…………」
カテフは警備の状況を見て、ここ最近ずっと変わらず立ち続ける彼らに音無く舌打ちをする。
だが苛ついても警備がなくなるわけではないので、カテフは後ろの二人へと指示を出した。
声はなく、手のサインのみの指示。実行内容は事前に伝えてある。
「……」
指示を与えられた二人は小さく頷くと行動を開始する。
エルフのチロが腰のポーチから拳大の鉄球を取り出し、それに魔力を込めていく。
込める魔力の質は一級品。そしてその魔力の属性は爆発。
数秒、魔力を注ぎ続けたチロは少しの衝撃で爆発してしまうそれを慎重にペロへと手渡す。
見事、爆発させることなく受け取ったペロは爆弾と化した鉄球を思いっきり振りかぶり、投げた。
力の強い獣人、子供といえど身体強化を行った力は馬鹿に出来ない。
凄まじい速さで飛んでいった鉄球は警備兵が動く暇もなく城の壁へとぶち当たり、爆発した。
地を揺らす轟音が皆の寝静まった町へと響き渡る。
城と町を区別するだけの壁は特別な魔法的処理などしておらず、鉄球の爆発で崩れ去った。
「総員、持ち場を離れるな! 穴を作るな!」
警備兵のリーダーと思われる人物が必死に叫んでいる。
しかし突然の城壁を壊すほどの爆発が間近で起こってただの警備兵が冷静でいられるはずもない。
注目は完全に壊された壁へと向かい、所々に穴が出来た。
「行くぞ」
カテフは小さくそう言うと、三人の下へ向かってくるリーダーらしき男を後目に、暗闇に紛れて城へと侵入するのだった。




