2話「あぷで」
「どこだよ、ここ……」
外へと逃げ出した俺は、まず適当に走り、一番高い、おそらく王城と思われる場所へと来ていた。
王城の中にある一つの塔。その天辺で腕を組み佇む俺はなんか忍者っぽくはないだろうか。
マフラーっぽい首からピロってしてるやつも風に靡いてヒラヒラしてるし。
なお、この忍者衣装――暗殺者衣装は目元以外は完全に隠れている。
足先から頭の天辺まで、だ。
「…………うん!」
何故か、この場面に凄く満足感を覚えた俺は先ほどの呟きなどどこへやら、満面の笑みで頷いた。目元しか見えてないけど。
まあそんなことはさておき、本当にここはどこだろうか。
ここから見える町並みはイザリアル・オンラインとほぼ変わらない、中世ヨーロッパを基調とした感じだ。
石やレンガで出来た建物が大半で、道はキチンと石で整備されている。
だが、決定的に違う点が一つだけあった。誰が、どう見ても、違う、点が。
俺はぐるっと町を見渡し、呆然と呟く。
「…………広すぎだろ……」
推定四十m強という高さから見ているにもかかわらず、町の端がかなり遠くに見える。
豆粒……とはいかないが、本当に小さい。
城壁らしきものがあるのはイザリアル・オンラインと同じだが、なんという広さか。
初心者がここに来たら町を出るだけでも一時間はかかりそうだ。
「…………ま、とりあえず町に出てみようか」
ここが本当に記憶にない場所だったため、少しでも情報を得るべく町へ繰り出してみることにする。
俺、かなりやり込んでる自信あったんだけどな……
そんな風に落ち込みながら俺は暗殺者の特技である、壁走りで塔を降りていく。
流石にこの高さを飛び降りるのは辛い。本気で受け身すれば大丈夫そうだけど、やる必要性がないしね。
そして俺は町へと行くのだった。
そう言えば壁走りとかって忍者の技能じゃなかったっけ、と思いながら。
俺は町へ降りると、いつものごとく屋根を伝って走り始める。町では通行人とか邪魔なんだよね。
そして走っていた俺はここでまたも驚かされた。
なんと、人がめちゃくちゃいるのだ。
普通ゲームでは決まった行動をとるNPCでもあんな数が入れば処理が追いつかなくて重くなりそうなものなのだが……割と平気なのか?
と、考え事をしていると何やらざわざわと騒がしくなってきた。なんだ? 何かあったのか?
そう思った俺は町の人々の会話を意識して聞いてみる。
すると、
「お、おい! 見ろよ! はえぇ……」
「な、なんだあれは! 飛んでいるぞ!」
「すげぇ! 父ちゃん見てよ! 真っ黒だ!」
「…………」
なんか俺のことっぽい。
チラっと視線を向けると町の人々がみんな俺を見上げていた。あれ? なんか違和感が……
ともあれこれはチャンスかもしれない。俺の行動に反応するということは、ちゃんと応対してくれるキャラクターということだ。
よくある『○○町へようこそ!』を永遠に繰り返す人ではないんだ。
「そうと決まれば……よっと」
走る速度を緩め、二mほどの高さの屋根から飛び降りる。ちゃんと人がいないところへ向かっているから大丈夫だ。
しかし人々は当たると思っているのか大袈裟に場所を開けてくれる。
ふわっと膝を少し曲げるだけで勢いを殺し、華麗に着地を決めた俺はぐるっと見渡す。
人々は様々な反応をしていた。
恐怖に顔を歪める者。好奇心に顔を輝かせる者。不気味なものを見るように微妙な顔をする者。
「やっぱ、なんか、ちげぇ……」
俺はそれらの反応にやっぱり『違和感』を覚えていた。
何が違うのか。そう思いまた見渡す。
見渡して、そして考えてみると、すぐに分かった。分かってしまった。
彼らの『人間臭さ』に。
「……………………」
俺の顔が晒されていたら随分と間抜けな面をしていたことだろう。それくらいにこれは衝撃的なことなのだ。
「そんな……こんな、こんなことって…………」
NPCに人間臭さを与える。これはかなり高度な技術が必要になる。
現に、未だどこの会社も実装に成功させたところはない。
だが、イザリアル・オンラインはそれを成功させたんだ!
「おおぉ…………」
何故かよくわからない感動に包まれて俺は感嘆の息を吐いた。
イザリアル・オンラインは俺の大好きなゲームだ。それが未だどこも成し遂げていない快挙を成し遂げた。これはやはり何か来るものがある。
俺はしきりに感動すると当初の目的を思い出し、近くの人に近寄っていく。
ススス、と音もなく自然な動作で近寄る俺。
「ヒィ!」
かなり怯えた様子で俺から距離をとるNPCのおっさん。
すげぇ、こんなところまで人間臭さが……
俺は少し面白くなり、暗殺者のスキルの中で絶技と呼ばれる、【影渡り】を発動させる。
トン、と足を鳴らした瞬間、俺の体は自らの影に吸い込まれるように消えた。
そして次の瞬間にはNPCのおっさんの背後の影からヌッと姿を現す。
「……え?」
「こっちですよー」
「うわぁあ!」
おっさんの影へと瞬間移動した俺は、急に俺が見えなくなり驚くおっさんの肩を突いて声をかける。
するとおっさんは面白いくらいに反応してくれた。ホントにすげぇ、人間みたいだ。
ちなみに【影渡り】は割と後で覚えれる高位のスキルだったりする。絶技だし、瞬間移動みたいなもんだしね。
わーわー叫ぶおっさんはもう何も聞けそうな雰囲気じゃないので違う人に声をかける。
「すいませーん」
「は、はいぃ?!」
改めて見渡し、目に付いた人に声をかけると、その人はアホみたいに驚き大声をあげた。
「そんな驚かなくても……ちょっと面倒になってきたな」
「すすすすみません!」
「いやいいよ。ところでここってどこ?」
「あ、え、えっと、ロウシアです!」
「ロウシア?」
「すすすすいません!」
なぜか謝るこの人を無視し、俺は『ロウシア』という国がどこにあるかを思い出そうとする。
しかしそんな名前の国があったことすら俺の記憶にはない。
まさかの新実装? いや、これくらいの規模なら大型のアプデくらいくるだろ。いきなり国を、しかもこんな広い場所を作るとか流石に…………
「…………はぁ、ワカンネ」
もう訳がわからない、と諦めた俺はため息をつく。
そんな適応能力高くないんです。
そしてちょっとばかり面倒だが、確実な情報を得られる場所へと赴くことにした。
残念ながらメニュー画面から運営からの報告などは確認できないからね。
というわけで、
「よし、ギルド行くか」
「え?」
俺の独り言に反応するNPC。
え? 独り言にも反応すんの? どんだけ人間味を強めたいんだ。むしろこれプレイヤーって言われた方が納得できる気がするわ。
なんかあたふたし始めたNPCを放って俺は『冒険者ギルド』へ行くため、また屋根へと飛び上がった。
移動すること数分。
一般人より少しばかり強い気配を持った人々のいる方向へと走っているとそれっぽい建物が見えてきた。
気配ってアホか、って思うけどこれが本当に分かるんだよ。
いつもは矢印が出るんだが、今はなんとなく方向が分かるんだ。これもアプデの影響なのか……
ともあれ無骨な、実用性のみを追求したような外見をした灰色の建物に俺は足を踏み入れる。
「おじゃ~しや~す」
ゲームであろうとお邪魔しますの挨拶を忘れない俺、マジ日本人。
『……………………』
開閉式の扉を開けて入った俺は、やはり注目されるのか、多数の視線を感じた。まあ、全身黒一色で目元しか肌色がないなんて、怪しすぎて注目しない理由がないからな。
自分が注目される理由はさておき、こんなところのNPCも拘ってるなぁ、と思いながら俺は受付へと歩を進める。
ギルド内は結構な広さを持っており、中々綺麗なものだ。
扉から入って奥にはカウンターがズラッと並んでおり、十人ほどの受付が冒険者の応対を行っていた。
パッと見たところ左側の受付が空いていたのでそちらへと向かう。
別にどこの受付でも情報は教えてもらえるし。
そんなわけで、乱雑に置かれた丸テーブルと椅子を避けながらその受付の下まで進んでいると、時たま俺の進路上に足を出してくるやつがいる。
冒険者ギルドでよくある絡みイベントだ。
まあ今そんなイベントに引っかかっても無駄なので全て無視。
忍者っぽく静かな動きで華麗にかわしていく。
あれ? 今の俺なんかかっこよくね? なんてアホなことを考えながら。
「なっ?!」
「こいつっ!」
「クソッ!」
俺の足を引っ掛けて絡んでやろうと考えていた冒険者達は、スルスルと自分達の足を避けていく俺に驚き、呆然と俺を見やる。
チラッと後ろを見れば足を引っ掛けようとしていたやつらは未だに口を半開きにして俺を見ていた。その姿がなんとも滑稽で、俺は思わずいつもの癖が口から出てしまった。
「あっれ~? 通路に短い足が投げ出されてたけど、ちゃんと机の下にしまっておけないのかなぁ? 短いのに!」
目を三日月形に歪め、目元だけでも嘲笑と分かる表情を作る俺。
初めは呆然としていたためか俺の言葉の意味を理解していなかった冒険者達。
しかし時間が経つと共に顔が真っ赤に染まっていき、やがて怒り狂って立ち上がった。
「んだとゴラァ! よく俺様に向かってそんな口きけるなぁ!」
「はあ? いや、あんたみたいな短足とか知らないんだけど~。あ、もしかして短足で有名だったりしちゃうぅ? 確かにその足の短さはすごいもんね~。うっは、そんなんで走れるの?」
「あぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ! テメェら! そいつを外へ連れ出せ! 叩き斬ってやる!」
「お~お~、ご乱心ご乱心」
剣らしきものを抜き払って喚き散らす冒険者。
なんか有名っていう設定らしいがプレイヤーである俺には全くもって関係のないことである。
ていうかイベント回避って言いながら自分から突っ込んでるじゃん。
冒険者達を煽らずに、受付に行けばこんな状況にならなくて済んだだろうなぁ……
俺は少しばかり反省しながら、俺の煽りのせいで怒り狂って暴れている男を見やる。
スキンヘッドに厳つい顔とザ・冒険者といった雰囲気を醸し出している男は血走った目で俺を見ては、鼻息荒く部下っぽいやつらに俺の捕縛を命じている。
だが、部下っぽいやつらはチラチラとどこかを気にして、暴れている親分を宥めようと必死だ。
多分ギルドの規約がどうたらで除名されることを心配しているのだろう。
なんだかんだ、まあやっちゃったことは仕方がない、と割り切った俺はさっさと受付に行く。
幸いこのイベントは強制じゃないようで途中退出みたいなものが出来るようだし。
ということで俺は自分の煽りの効果にニヤニヤしながら受付のお嬢さんに声をかけた。
「こんにちわ~」
「……こんにちわ」
俺はニヤニヤはしているものの、爽やかに挨拶したつもりなのだが、受付嬢さんの返事は固い。
まあ十中八九あの煽りのことだろうなぁ、と思いながらも俺は惚けてみる。
これもこれで面白いんだよなぁ。
「なんか返事が固いよ~。どうかした?」
「……………………いいえ、何もありません。で、ご用件は?」
惚けたらその青い澄んだ瞳でギラッと睨まれた。割と美人なもんだから睨みも凄いギャップで怖く感じるよ。
だが、あくまで俺は飄々とした態度を崩さず受付嬢に用件を伝える。
もう冒険者を煽ったことで満足していたし。
逆に言えばあれがなかったらこの受付嬢ちゃんを弄っていたと思われる。
「も~、そんな睨まんといてよ~。ま、いいや。え~っと用件ってのは、ちょっと今回のアプデについて教えて欲しいんだよね~」
丹田辺りの高さのカウンターに肘を乗せ、前のめりになりながらそう聞いた俺。
片足をちょっと浮かせたりとなんかチャラ男っぽい。
もちろん受付嬢はそんなこと気にも留めずに小さなお口を開く。
怪訝な顔をしていたのが気になったがとりあえず何も言わずに言葉を待つ俺。
そして受付嬢は言った。俺の予想だにしていなかったことを。
「あぷで、とはなんでしょうか? 」