16話「転移(らしきもの)」
「え、なにこれ」
「見て分からん? 人間の子供だよ~。まさか自分の種族かどうかも判別できないのかな~?」
冒険者の女たちを連れて子供たちのところへ行くと、予想していたとおりリーダーの女がそんなことを言ったので、軽く煽っておいた。
煽るっていうか、もはやこれは言葉のビンタのようなものだけどね。あまりに暴力的すぎて。
てかよくよく思い出してみると、今までの煽りも全部煽りじゃなくて挑発になっていたな。
くっ、異世界にきてまさか煽りスキルが大幅に修正されているとは…………いや、ただのゲーム内でずっとぼっちだった弊害か。
俺の言葉にリーダー女はムッとしたようだが、さきほどの会話を思い出してなにも言わずに踏みとどまった。
完全に上下関係が生まれちゃったよ…………ただ俺を見下したり、命令したり、俺の気分を害することをしなければよかっただけなのに……いやそれって上下関係出来てるな。ならこの状態は俺の望んだものなのかぁ。
そう考えると俺の中の気怠げオーラがスゥっと抜けていった。
そう、俺が望んだから別にイヤなわけがない! よく考えてみれば俺がやられてイヤな命令とか絶対されないってことじゃん!
あ、でも嫌みの言い合いは出来ないのか……いや、言い負かされるのとか大嫌いだから別にいいか! うん、なら大丈夫だ!
短い時間で気分の山谷を激しく作っていると、冒険者の女たちは寝ている子供たちをユサユサ揺らして起こしている。
さっき気絶させたばかりなんだけど…………可哀想に。
ちなみに子供たちを見晴らせていた魔物は森の外へ向けて送り出した。帰るときに【影渡り】を使えるようにね。
「ん……? あれ、師匠は?」
一番最初に起きたのはスリの少年、カテフだ。
カテフは眠気眼をこすりながら首を回して俺を探す。
そして、全身真っ黒の不審者を見つけるとバッと立ち上がってこちらへと走り寄ってきた。
「師匠!」
「おうおう、どうした」
俺が返事をしてやると、カテフは口を開き、しかし言いづらそうに下を向く。
「ん? なにもないのか? ならもう帰るぞ」
対してカテフの悩みなんぞ欠片の興味もない俺は何も言わないカテフへもう帰る旨を伝える。
そして俺はまだ眠っている奴らを一ヶ所に集めようと動きだそうとして、
「俺……ボクたちは合格したの?」
「…………」
そんな約束してないんだけどなぁ、と思い動きを止めた。
こいつらは最後に俺が迎えにきたことを、最終試験か何かと思って俺を襲ってきた。
だが当然付け焼き刃のこいつらなんかに遅れをとるわけもなく、俺は全員気絶させた。
その襲いかかってくる前、カテフは確かにまだ俺の訓練を続けたいと言っていたのだ。
俺はじっとカテフを見ながら考える。
カテフたちは俺の良い暇つぶしとなった。カテフたちには地獄のような訓練だっただろうが、俺にとっては画面越しに見るゲームと変わらない。
だが、ゲームと違ってこの暇つぶしはずっと見ていなければならない。
スリープ状態でも勝手に進んでくれる最近のゲームとは違うのだ。
寝なくても動けるとはいえ、ずっと見続けるというのはなかなかに堪えるものだ。
となると、やっぱりカテフたちの訓練なんぞもうやりたくないわけで…………
「あ、別に大丈夫か」
そのとき、俺は不意に閃く。
何も訓練=この森でのサバイバルなどと考えなくてもよかった。
あの薄汚い小屋で適当に暗殺っぽいことでも教えたり、ギルドに登録させて魔物でも狩らせたりすればよかったんだ。
幸い、俺の体はゲーム時代のスキルが生きていて、どういう風に動けば音もなく、素早く動けるかなど知ることが出来たし、補助もしてくれた。
ちなみにこの七日間、俺も森の中をスキルの言うとおりに気配と音を消して走り回ったりと、スキルを自分のものにしようと訓練してたりした。
とにかく、俺は新たな暇つぶしを見つけた。
俺は俺のつぶやきを聞いて喜んでも良いものか悩んでいるらしきカテフに向かってはっきりと言う。
「合格だ。これからも訓練してやろうじゃねぇか!」
「っ! ありがとうございます!」
「よし、そうとなればとりあえずあの小屋に帰るぞ~。全員寝たままで良いから一ヶ所に集めろ!」
「はい!」
カテフは元気よく返事をすると、一週間前とは比べものにならないくらい素早い動きで子供たちを一ヶ所に集めていく。
うんうん、自分が強くなってるって実感できるのはめちゃくちゃ楽しいよな~。
何度も挑んでは死んでたドラゴンを瞬殺できたときは俺も充実感でいっぱいだった。
…………ちょっとだけ空しくもなったけど。
「ねえ、どういうこと?」
感傷に浸っていると、今まで黙って俺を見ていたリーダー女が声をかけてきた。
そのまま黙ってればよかったのに。
だが、それを言うことはせずにリーダー女の方を向いて答える。
「話してた通りだけど? あいつらは俺の弟子。これからも訓練よろしくお願いしますってだけ」
「いやいやいや、訓練? ここで? 殺す気?」
ノリノリだな、おい。
しかしこいつの言いたいこともわからないでもない。
普通ならここはこいつらのようにそこそこの冒険者でも死にかねない、危ない森なのだろう。
そしてそんな森で訓練するなんて馬鹿げてる、と。
ましてやまだ成人もしてない子供をなんて生き残れるわけがない、と。
俺は両手のひらを上に向け、ヤレヤレポーズを作るとリーダー女を見る。
「お前らの訓練って殺す気でやるもんなんだな。すごすぎて真似出来ねぇわ~」
「え、いや、違うに決まって……!」
「全く、自分の常識は他人の非常識、なんて言葉の意味するとおり世界にはあり得ないものがあり得ることもあるんだぜ? え、まさか、自分たちは出来ない、見たこともない、だから無理に決まってる、なんて思ってたりするん? そんな価値観は冒険者だと危ないんじゃね? あ、三流冒険者だからそんな冒険しないし大丈夫か!」
……………………くそぅ、もっとキレのある、鋭い煽り返しを思い出したい…………!
こんなのただの言葉の暴力だ!
密かに心の中でふがいない自分を叱責していると、リーダー女は納得はいかないものの理解はした、と言った風な顔で頷いた。
納得すればいいのに。
ただ子供たちの命の保証をする代わりに、人間の限界を超えた訓練を課しただけだし。
寝ずに、延々と迫り来る強力な魔物を手にある強力な武器でぶっ殺しながら、食料などを探して食べたり水を探して飲んだりするだけのシンプルな訓練だし。
世間ではそれを異常というのだろうが、知ったこっちゃない。
しばらくすると、カテフは全員を起こしたり運んだりして一ヶ所に集め終わった。
出会った頃はきれいに並べてあげていたのが、今やゴミのごとく積み上げていくカテフ。ここにカテフの性格の変化が読みとれる。
ここまでくるともっと扱きあげたらどうなるかも気になってくるなぁ。流石に死ぬかもしれないからやらないけど。
「師匠! 集め終わったよ!」
一回気絶したからか、カテフは仲間のために涙した頃の穏やかな感じに戻っている。
いくら子供たちのまとめ役でも子供は子供。
自分の上に立つ存在が出てきたことでカテフ自身も甘えることが出来るようになって押さえ込んできた子供らしさが出てきたのだろう。
俺はそんな不憫な背景を持つカテフを見て、割とマインドコントロール作戦も悪くない? と思いつつ答えた。
「オーケー、そんじゃ全員がふれあっているのを確認しろよ~。どこかでふれてない場所があったりしたら置いてかれるぞ~」
俺がそう言うなりカテフは起きた子供たちにしっかりと言い聞かせ、全員が手を繋いだところで積み重なった子供の山に手を突っ込みながらこちらを見る。
「……………………」
完全に飼い犬となってしまったカテフを見て、複雑な気分になりながらも俺はカテフの肩に手を置いて…………
「ちょ、何やってんの? 私たちを置いてかないでくれない?」
…………突如かけられた声によりリーダー女たちの存在を思い出した。
いや、本当は忘れてなんかない。ただこのまま何も言われなかったら置いていこうと思ってただけだ。
てかよく転移で帰るってわかったな。まあおそらくは、『話に』私たちを置いていかないで、だと思うが。
俺は非常に気怠げとでもいうように、首だけ回してリーダー女を見る。
「なぁにぃ? これからぁ、帰るんだけどぉ」
「あぁぁぁぁあああ! イライラするぅぅぅうううう!」
「………………転移で?」
首を後ろに倒しつつ、口を半開きにしていかにも相手をバカにしてますといった感じでそう言ったらリーダー女は発狂してしまった。
場所を考えてか、一応静かに発狂するという変な特技を見せているが。
そしてそんなリーダー女の代わりに聞いてきたのが小柄な魔法使いちゃんだ。
彼女は眠たげな目をより一層細めて俺を見つめている。
だが、いつも通り俺はこの手の視線を受け流し、答えた。
「そ」
「っ! 私にも体験させて。触れてればいいの?」
俺の簡素な答えに魔術師ちゃんは目を見開き、テテテッと子供たちに近づく。
密かに短剣を握りしめながら、魔術師ちゃんを目で追っていると彼女は普通に子供たちの山に手をペタッとつけただけだった。
そして俺を心なしかキラキラした目で見つめてくる。
……………………
「まあいいか。そっちのお三方も触れるなら触れとけ~。ここに置いてかれても文句は言わせないぞ~」
「わかった。ほら、リーダー行くよ」
「あぁぁぁぁぁぁぁ…………こんな依頼受けるんじゃなかった…………」
なんやかんやと騒がしくなったものの、こうして俺たちは再び町へと戻ったのだった。




