1話「召喚」
「おぉ! 勇者様!」
突然聞こえたしゃがれた声。
俺は不意の接続不良にちょっぴり苛立ちながら意識を覚醒させる。
軽く頭を振り、もはやゲーム内では癖となりつつある状況確認をしながら、いつでも動けるよう立ち上がった。
「え? ここ、は?」
俺がスッと立ち上がったとき、隣から呆然と呟く声が聞こえた。
そちらを見ればなにやら高校の制服を着た少年少女らが床にペタンと座り込んでいる。
俺は『あれ? ゲームにこんなアバターあったっけ?』と少し疑問に思いながら、しかしすぐに興味が失せて状況の整理に移る。
さて、現在俺がいるのはなんかよく分からん神殿のような場所だ。全体的に白く輝いており、まさに聖なる場といえる様相である。
唯一いろんな色が使われているステンドガラスはとても美麗で、日の光を帯びてか、なんとも幻想的な雰囲気を漂わせていた。
そして俺たちから約三m離れた場所では一人の老婆と、その背後に様々な美男美女が並んでいる。
全員が真っ白なローブを着ていることからこの神殿っぽいところの聖職者といったところか。
「はぁ……」
俺はそれらを確認すると思わずため息をついた。
なんとなく今の状況が分かってしまったからだ。
「どうかなされましたか? 勇者様」
「…………」
俺のため息を聞いてか、もしくは一人だけ立ち上がっている俺を訝しんでか、老婆が俺にそう聞いてきた。
俺はログインしてそうそうこんなイベントに巻き込まれ、萎えてしまったため声を出さず、首を横に振るだけで否定の意を示す。
老婆は少し何かを考える素振りを見せたがすぐにこちらへと向き直り、声を発した。
「勇者様方、混乱しているとは思いますがどうか着いてきてくだされ」
「は、はい。分かりました」
今まで呆然としていた少年が老婆の有無を言わせぬ物言いに押されてか、ややビビリながら返事をする。
俺はこの老婆の態度に不快感を感じながら、今起こっているであろうことを考え始めた。
俺がやっているゲームは『イザリアル・オンライン』というVRMMOだ。
特にこれといった特徴もなく、最近衰退してきた、まあよくあるタイプのゲームである。
イザリアル・オンラインは本当によくあるタイプのVRMMOで、職業、スキル、ステータスなどもうテンプレといっていいものを詰め込んだゲームだ。
それゆえ、ゲームに疎い人でも割りと気楽に遊べる感じのゲームであった。
まあ逆に言えば、ゲーマーなどには新鮮さなど物足りなく、すぐに飽きられる。そしてそのせいでMMOなどで貴重な収入源である廃人さんたちの課金がなくなったため、衰退してきたとも言えた。
だが、やはりそんなゲームでも廃人はいる。まあ俺もそれなんだが。
俺はその中で『盗賊』という職業から派生している中の最上位職業『暗殺者』という職業についている。
もちろんレベルはカンストの九百九十九。スキルは流石に時間をかけても全部とはいかないから必要なもののみをとって、そのレベルをカンストさせている。
暗殺者はとにかく攻撃特化の職業で、最大難易度のモンスターであるドラゴンでさえ五分もかければソロで屠れる。……一度も攻撃を食らわず、かつずっと攻撃をし続けていられる、という条件がつくが。ちなみに俺は出来る方の人間だ。何度死んだことか……
まあそんな職業だから当然防御は紙だ。
しかも運営はそれを徹底させたいのか、防具はつけさせてくれない。暗殺者にジョブチェンジした瞬間に服装は全身黒の忍者衣装へと強制的に着替えさせられ、当然それの防御は零。アクセサリーの類は攻撃系のステータスアップしか受け付けず、バフも攻撃系しか受け付けない、というかなりの徹底振りだ。
流石に素の防御くらいは見逃してくれてるけど、それで耐えれるのはせいぜい五十レベル相当のモンスターの攻撃くらいだ。HPも合わせれば、二百レベル相当のモンスターの攻撃までなら耐えれると思うが。
二百レベル以上はレベルカンストしてる俺でも耐えられない。一撃で死亡。ぶっちゃけクソみたいな職業だ。
だが、俺はそんな職業でも持ち前のプレイヤースキル(ゲーム数値で表されないプレイヤーのゲームの上手さ)でイザリアル・オンラインを無双してきた。
大分話が逸れたから元に戻すが、今起こっている状況はおそらく高レベルプレイヤーを対象にしたイベントだと思われる。
最初はネットとの接続不良だと思ったが、そんな危ないことになれば自動的に現実に戻されるはずだし、とすれば後は運営の仕業というしかない。
だが、こんな事前になんの連絡もなくイベントに巻き込むなんて珍しい。
そんなことをすればプレイヤーの反感を買って収入が減るかもしれないからな。
でも実際今それが起こっている。ならば何故…………
「あぁ”! もういい! めんどくせぇ!」
そこまで考えた俺はなんだか考えるのが急に馬鹿らしくなり、思いっきり叫ぶ。
現在地は廊下で、既にあの神殿からは移動しており、なにやら王様と謁見するらしかった。
俺を先導していた老婆は、後ろで突然叫んだ俺に驚いてか、前のめりにこけていた。
滑稽なのでとりあえず指差して思いっきり笑っておく。
決してなんかいろいろ無駄に考えさせられた腹いせではない。
「うわぁ、大声に驚くのはいいけど、それでこけるとかマジないわ~。やっぱババアって足腰弱っちゃうのかね~プークスクス」
「き、貴様ァ!」
老婆、激おこ。血管切れて死ぬんじゃね?
「ゆ、勇者様、どうされました?」
と、俺がNPC弄りを楽しんでいると騎士っぽいやつが俺と老婆の間に割り込んでそう聞いてきた。
ちょうどいいタイミングだったから俺は笑うのをやめて騎士に返答する。
「いや、なんかもう面倒だからこのイベントパスするわ。そんじゃね~」
「は?」
なんかNPCにしてはやたら反応がスムーズだった気がするが、まあ関係ないか。
俺はフルフェイスのヘルメットで見えないが、おそらく間抜けな顔をしているであろう騎士に手を振って駆け出した。
レベルカンストは伊達ではなく、暗殺者らしく、音もなくグングンと廊下を進む。バイク程度のスピードは出ていそうだ。
とりあえず俺はここを脱出して狩場に戻ろうと思っている。今日も狩場のドラゴン達と戯れようとしてたわけだし。割と迫力がすごくてスリル満点なんだよなぁ。
あと、俺がもと来た道を戻っているのは、脱出ついでに運営への腹いせでステンドガラスを盛大に割って脱出してやろうと思っているからだ。
盛大に目立ってやるぜぇ!
「おい! 勇者を逃がすな! 勇者は今混乱しているのだ! 多少強引でも連れ戻せ!」
なんか後ろからそんな声が聞こえてきた。まさかこれって回避不可イベント? …………おもしれぇ、ぜってぇ回避してやんぜ!
新たに変な決意を決めた俺は更に足の回転速度を速める。腕を振らず、力を抜き、姿勢を低くした所謂ナ○ト走りなのだが、これがどうして中々速い。
そしてそんな速さの俺はすぐさまあの神殿へと着いた。一本道だったから迷う要素すらなかったぜ。
改めて見て神殿は綺麗だなと感じた。ただ礼拝堂とかとは違うのか、よくあるような長椅子とか何もなかった。だだっ広い空間に、真ん中がちょこっと段差で高くなっているだけだ。なんかの儀式みたいな場所だな。さしずめあそこから出てきた俺らは召喚された者ってか。こんなところもありきたりなのかよ、運営……
そんな高速世界の中でザッと見た俺は地面を思いっきり踏みつけた。
反動によって俺の体は楽々持ち上がり、ステンドガラスへと一直線に飛んでいく。
足をたたみ、腕を顔の前でクロスさせてそれっぽい感じを演出する。ほら、映画とかよくあるじゃん。
高速で移動していた俺は、当然ガラスへと到達するのも一瞬で、思いっきりぶつかった。
そう、割れずにぶつかった。
「…………」
ビタンッ! と地面に落ちる俺。
相当な速さで飛んだ俺は当然かなりダメージを受けて跳ね返されたのだ。
そうだよな、破壊可能オブジェクトかどうか分からないのに突っ込む俺がおかしいんだよな……
俺はそんなことに気付かなかった自分に落ち込み、ついでに結構痛い自分の体を思ってアイテムボックスから取り出したポーションをぶっかける。
たちまち痛みは消え、何故か元気も戻ってきた。
「んだよ、クソ! そこは割れろよ! かなりいい感じの場面だっただろうが!」
元気ついでに怒りが発生したのか、俺はステンドガラスに向かって八つ当たりをする。
あと、なんか本当に破壊不可能のオブジェクトなのか気になった俺は腰にさしてあった刀――正確にはアサシンソード的な何か――に手を添えた。居合の構えだ。本当は破壊できないのが悔しかったとかそんなんじゃないから。本当に疑問に思っただけだから。
俺は集中力を高めるため、息を吐く。細く、長く、強く。
そして息を八部まで吐いたとき、俺は腰の刀を一閃させる。
掛け声も何もない、静かな一撃。刀の擦れる音すらしない、綺麗な一閃。
俺は刀を振り抜いた姿勢のままステンドガラスを見やる。俺の『溜め』を使った『居合斬り』だ。おそらくゲーム内最強の攻撃力だろう。これが通じないならステンドガラスは破壊不可能のオブジェクトということになる。
そんな思いで俺が固唾を飲んで見守っていると、ピシッと音がした。
そして続く、ズズズ、と何かがズレていくような音。
俺の見ている先でどんどんステンドガラスが斜めにズレ落ちていく。なんか視界の端にある神殿の柱とかもズレてる気がするが気のせいだ! 視界の端でどんどん青空が見えてくるがそれも幻想だ! ここVRだし!
「……ぃよし!」
なんかやっちまった感満載だった俺はとりあえずガッツポーズをする。ステンドガラスは斬れたのだ。俺はそれで満足。神殿が斬れたとか俺は知らない。
と、遅れて後ろから多くの足音が聞こえてきた。多分俺を追ってきた聖職者達だろう。
「……………………」
俺は数秒、このことを謝るかどうか考え、結局『運営が全部悪い』と責任転嫁する。だって勝手に呼び出した運営が悪いじゃん! 正論じゃん!
そして俺は何か言われる前にズレて出来た隙間から外へと逃げ出した。