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死神と電車

 それから浩二は鼻歌交じりにパソコンで色々と調べ始める。旅行はその準備段階から楽しいもの。そしてひとつの宿を見付け出した。


 訪れた人達の評判も良く、料理が美味しい。温泉も広く、露天風呂からの眺めも良いらしい。その分値段は高めだが人生最後の旅行だ。金額は高い位が丁度良い。


 早速電話で予約を入れる。明日泊まりたいと伝えたが流石に部屋が空いていないと言われた。それもそうだろう。カレンダーでは明日は土曜日だ。


 何とか明後日に予約を入れて貰った。宿泊日数を聞かれ悩んだあげく二泊三日で申し込んだ。浩二は今まで旅行と言えば修学旅行か田舎の祖父母を訪れたことしかない。浩二にとってはこれは大冒険だった。


 その日からは旅行が楽しみで仕方なかった。旅先の旅館で心穏やかに最後を迎えるのも良いかもしれない。


 旅行当日は大変だった。余裕を持って出たのに駅の構内で迷ってしまい乗り遅れてしまった。


「あっちにいっぱい電車とやらが来とるぞ。乗りに行かなくて良いのか?」

「そっちの電車は違う所へ行くんだよ。すぐ来るから待ってろ」


 小声で死神に言うともう一度スマートフォンを取り出し確認する。これで三回目。間違いない。このホームで合ってる。目的の電車は次の次だ。


 その電車がやって来た。浩二は電車に乗り込むと路線図を見て確認する。この電車で間違いないようだ。


「意外に空いておるのう。わしはもっとすし詰めになるのを期待しておったんだがのう」

「そんな四六時中混んでるわけないだろ」


 浩二は座席に座りやっと一息つけた。後は降りる駅だけ間違えなければ良い。


 電車が走り出すと死神は外の景色を眺めて驚いているようだ。


「凄いのう。凄いスピードじゃのう。こりゃたまげた……」


 死神は景色をよく楽しもうと頭だけ窓をすり抜けさせる。窓ガラス越しに死神が口をパクパクさせているのが見える。何か喋っているようだが浩二には全く聞こえなかった。


 人間の、文明の力思い知ったか。浩二は何故だか少し得意になる。


 死神はそのまま移動を始め通路の真ん中辺りで止まった。頭は外に出したままなので天井から体だけがぶら下がっている様に見える。


 死神は各駅に到着してもそのまま。みんな死神の体を突き抜けながら乗り降りしている。周りを見渡しているのか時折死神の体がぐるぐる回る。とても異様な光景だ。


 浩二は誰か気付きはしないかとハラハラするが周りの人は全く気付いていないようだ。電車を降りた一人が死神を通り過ぎた時に振り返ったので浩二は焦った。


 何とか呼び戻そうとするもどうして良いかわからなかった。死神の頭は電車の外だし体もすり抜けてしまう。


「わし、電車が気に入ったぞ」死神が一旦顔を車内に戻して言った。

「ゴホン、戻れぇフン」


 咳払いに見せ掛けて浩二は言ってみたが伝わるハズもなかった。


 死神はまた頭だけを外に出している。浩二はもう死神の方は見ないようにした。もう諦めよう。


 電車を降りた後も道に迷ってしまい、途中でタクシーを拾った。旅館に着いた時にはもうヘトヘト。


 旅館の外観には歴史を感じさせるものがある。ただ古いだけではない。おもむきがある。


 中は明るく隅々まで掃除が行き届いているのが分かる。受付の人も人当たりが良く、中居さんに部屋へ案内された。その所作の一つ一つが折り目正しく驚かされる。


 部屋は小さいが綺麗だし、旅館へ来たんだと思わせる風情がある。畳の匂いだろうか。芳香剤を嗅ぎ慣れた鼻には心地良い匂いだ。


 窓から外を見ると小高い丘の上に在る為町並みの一部と遠くの海が見え、中々の絶景だった。


「それではごゆっくり」


 中居は部屋を後にする。浩二は窓際に座って暫く景色を眺めていた。


「何にも無い所じゃな。こんな所になぜ来たがっておったのか分からんのう」


 死神が隣で仏頂面を浮かべている。


「うるさいな、たまには静かなところも良いだろう」

「わしは賑やかな方が良いのう」


 確かに電車の中では散々大騒ぎだったくせに駅に降りた辺りからどんどん死神のテンションは下がっていった。


 浩二はふと死神の事が気になった。死神も昔は生きていたのだろうか。それならどんな人生を送っていたのか。


「死んでからは何の刺激もなくてのう、平穏過ぎる毎日じゃったんよ。死神になってやっとこの世へ遊びに来れたのに……。つまらんのう」


 遊びに来てるだけなら帰れよ! 浩二は死神に興味を持ちそうになった自分が嫌になった。

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