焦燥
浩二は全く当たりが来なくて苛立っていた。どんどん玉が吸い込まれていくばかりで何も面白くない。死神も飽きたようで隣の椅子に座って欠伸をしている。
浩二の周りでも隣が大当たりを出した後は誰も当たっていなかった。他の人達は席を立ち始めたので台が球を弾く音がやけに大きく感じる。
「……お主の機械は静かじゃのう?」
「煩い! この真ん中に玉が入らないと何も始まらないんだよ」
浩二は出来るだけ苛立ちを抑えるようにした。人が少なくなったが周りの目が気になる。
「なんじゃ、そこに入れば良いのか」
死神はまるでガラスが無いように手を突っ込み、飛び交うパチンコ玉を掴んで真ん中の穴に入れた。
「おお、本当に回ったぞ」
画面上で数字が回り始めると死神は興奮して台にかぶりついた。浩二は驚きのあまり、死神が目の前に頭を突き出しても気にならなかった。数字が止まる。残念、ハズレだ。
「なんじゃ、もう終わりか」
死神はまた玉を掴み入れる。画面がまた回り始めた。浩二はその様子を息を飲んで見守った。
「なあ、そこには一個ずつじゃなくて沢山玉を入れた方が良いんだぞ」
浩二はつい声が上ずってしまったが死神はそんな事を気にも止めない。
「そうなのか? それではもっと入れてみるかの」
死神は両手を使い玉を掴んではどんどん入れていった。浩二はそれを見て口許が緩むのを隠せなかった。こいつ、意外に使えるぞ。
その内浩二が打っている台が騒がしく音を鳴らし始めた。いくつものランプが派手な演出を盛り上げている。
浩二は興奮で鳥肌がたっていた。画面上ではとうとう数字が3つ揃って大当たり。浩二はニヤけ顔をかくすのに大変だった。
パチンコには運の要素が勿論あるが沢山回した方が当たる確率もグッと上がる。隣のおっさんなんか全然回って無い。あれじゃ駄目だね。浩二は勝ち誇った様な顔で周りを見渡していた。
だがすぐに死神は飽きたようでフラフラとどこかへ行ってしまう。当たればこちらのもの。後はどこへでも消えてくれれば良い。そう思っていた。
大当たりが終わり、また玉が入らなくなった。浩二の玉はどんどん減っていく。クソッ、死神はどこ行った? 浩二は死神に戻ってきて欲しいと思い始めていた。あの死神に!
浩二は一瞬そんなことを思った自分がショックだった。死神になんか会いたいわけないだろ? 浩二は気持ちを切り替える様にさっさとパチンコを終わらせる事にした。
死神の姿はまだ見えない。浩二は死神を撒こうとパチンコ屋からコッソリ出る。慎重に周りを確認しながら進む。良し、まだ死神の姿は見えない。
「なんじゃ。置いて行くとは酷いのう」
突然の声に浩二は驚いて振り向く。すぐ後ろに死神が浮いていた。
「次は何処に行くのじゃ?」
死神がニコニコ笑っているのを見て浩二は深いため息をついた。結局こうなるのか、だったらもっと早く来いよ……。それからも浩二は何度かパチンコ屋へ足を運んだ。
「なんじゃ。これだけ機械が並んでおってどれも一緒ではないか」
「いやいや、見た目は似てるけど当たった時が違うんだって。だからちょっと手伝ってくれよ。なっ?」
何とか気を引こうと頑張ってみるがすぐに死神は飽きてしまう。
「そうだ。手伝ってくれたら旨いもの食わせてやるよ」と言ってみた。
「わしは物が食えんし味も分からん」
浩二にとっては軽い思い付きの言葉だった。死神が自由に過ごしているので気が付かなかったが彼は紛れもない死神なのだ。確かに死神が何かを食べている所を見た事が無い。それを再認識させられた。
それ以来パチンコに行く気にはなれなくなった。自分は死ぬのに本当にこんな事していて良いのか。
家で死神は漫画を読んだりテレビを見ながら比較的大人しく過ごしている。こちらに来て真新しさも薄れてきたのだろう。ただダラダラと過ごしているだけのジジイそのものだ。
浩二はそんな死神を横目に何も考えないように努めた。だが日に日に焦燥感はつのっていく。
このまま残りの人生ダラダラと過ごして良いのだろうか。一ヶ月間遊んで暮らしてやろうとも思っていたがなかなか難しい。
まず俺には友達が少ない。だからと言って人付き合いが下手な訳ではない。生まれた町を出て友人と言えば会社の同僚とほぼイコールになってしまう。そんな事は珍しくないだろ?
無断欠勤をして同僚達には迷惑をかけている。そんな奴等を遊びに誘えるわけがない。
死神が見ているテレビを何気なく見て、浩二は突然ひらめいた。
そうだ、旅行に行こう。