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消える死神

 浩二は突然起き上がりると死神を指差した。


「一ヶ月後と言わず今死んでやるよ!」


 浩二は辺りを見回すとハンガーに掛けてあったネクタイを手に取った。


「無駄じゃよ。お主が死ぬのは来月と決まっておるのじゃから……」

「うるさい! そんなもんは俺が決めるんだ!」


 ネクタイを片手に部屋の中を見渡す。首を吊ろうにもネクタイを結ぶ所が無い。キョロキョロしている自分を死神が見ている。何か恥ずかしい。


「シャワーだ。シャワーのその、カーテンのレール? あそこがある」


 浩二の部屋はユニットバスの為トイレと浴槽を隔てるためのカーテンがある。そのカーテンが取り付けられている棒、カーテンレールならネクタイを結び付ける事が出来る。


 浩二が浴室へ向かうと死神もついて来た。浴槽の縁に立ち、カーテンレールにネクタイを結び付ける。更に輪を作ってそこに首を通した。


「止めておいた方が良いぞ。絶対失敗するぞ」死神はドアから頭だけを出して覗いている。


「うるさい!」


 怒鳴った浩二の声は震えていた。足が震えない様に立っているだけで精一杯。浴槽の縁がやけに高く感じる。


 深呼吸をし、思い切って縁から飛び降りる。その瞬間ネクタイが首を絞め、悲鳴を押し潰す。苦しみのあまり浴槽の縁に足をかけようとするも上手くいかない。


 浩二はこれ程苦しいなら止めておけば良かったと後悔した。


 すると浩二の体はズルズルと下がって行き、ペタンと床に足が着いた。何が起こったのかと見上げるとどうやらカーテンレールに縛り付けたネクタイが緩んでしまったらしい。


「ほれ、失敗したじゃろ?」と死神は鼻で笑った。


 もうやけくそだ。浴槽の縁へもう一度登り、ネクタイを縛り直す。今度は二重、三重にして縛ると首を通してもう一度飛び降りた。


 ズルズル、ペタンとまたもや着地してしまった。後ろからブヒュッと空気が漏れる音が聞こえてきた。振り返ると死神は口を押さえて笑っている。


 恥ずかしさで浩二は乱暴にネクタイを外そうとする。だが変な所が結ばれてしまってほどけない。それを見た死神は腹を抱えて笑った。浩二は怒りと恥ずかしさで爆発しそうだった。


 今日は間違いなく人生最悪の一日だ。


 浩二はまた布団を頭からかぶる。もう何もやる気になれない。かといって眠れるわけでもない。


 眠れないのは枕が無い事だけが原因ではない。時々聞こえる漫画をめくる音やブヒュッという屁の様な笑い声を聞かされているからだ。そんな音を聞けば眠気よりも苛立ちがつのる。


 ブヒャヒャと一際大きな笑い声が聞こえると浩二は堪えられず起き上がった。


「いい加減にしろ! どっか消えてくれ」

「分かったわい。そんな大きな声出さなくとも良いではないか」


 そう言って死神の姿がすっと消えていった。浩二はあっけにとられた。


 そんなにあっさり引き下がるのなら確かに大声を出す必要は無かったかもしれない。浩二は少し良心が痛んだ。


 だがやっと一人になれた。布団の上であぐらをかいてこの後どうしたら良いものかとため息をつく。すると漫画のページがぺラリとめくれた。まさかそんなに大きなため息だったろうか。


 浩二の座っている場所から漫画まで2メートル位はある。次の瞬間ブヒュッともはや聞き慣れてしまった音が聞こえた。


 居る。姿が見えないだけで絶対に居る。


 漫画を拾い上げると思った通り死神は姿を現した。


「なんじゃ、言う通り消えてやったのに何で邪魔するのじゃ!」

「消えてくれってのはそう言う意味じゃないんだよ。お前が邪魔なんだ。どっか行ってくれ」

「わしには行く所が無いのじゃ。老人には優しくしろと言うじゃろ?」


 死神に優しくしろと言われた事は無い。浩二は深いため息をついた。


「分かった。……なら俺が出ていく」


 その辺に脱ぎ捨ててある服に着替え、さっさと家を出た。


「わしもついて行くぞ」と死神は閉めたドアからするりと抜け出してきた。

「馬鹿!来るなよ」

「わしも外の世界が見たいのじゃよ」

「だったら一人で行け! 俺にはついてくるな」

「分かった。また姿を消して行くから良いじゃろ?」

「それでもついてくるな」


 そう言って浩二は歩き始めたがやはりついてきた。四階建てマンションの三階に住んでおり階段に差し掛かった所で一気にかけ降りる。


 死神は壁、天井構わずすり抜けついてくるのでなかなか引き離せない。一階までかけ降りてそのままマンションの外に出る。


 浩二が振り返ると死神の姿は見えなかった。

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