目覚めれば死神
目覚ましが鳴る。浩二は布団の中からもぞもぞと手を伸ばす。目覚ましを止めても中々布団から出られない。
どうもスッキリしない。昨日あんな事があれば寝付けないのも当たり前か。こんな状態で仕事へ行くのは憂鬱だが仕方がない。
「おお、やっと起きたか」と声が聞こえ浩二は驚き振り向く。
黒いマントを着た老人が寝転びながらこちらを見ている。マントの裾からゴボウの様な足が出ている。
なぜ居る? しかも何故くつろいでるんだ?
「いやはやこのマンガと言うのは面白いのう」 足をバタつかせて老人はマンガを読んでいる。
「……何をしてるんですか」
朝から老人の足を見せられ、驚きを通り越し嫌悪感しかない。
「いやぁ、戻って来たらお主がもう寝てしまった後でのう。暇だったからちょっと読ませて貰ってたんじゃ」
「戻ってきた? 何で戻って来たんですか?」
やっぱり死ぬのは今日でしたとか言うんじゃないのかとドキッとした。
「いや~、わしが出発する時に部長さんへ報告して来たんでのう。日にちを間違えたと戻りづらいんじゃ」
「ぶ、部長?」
「そうじゃよ、死神部部長さんじゃ。報告した時も『おや、張り切ってるねぇ』なんて送り出してくれたんじゃよ」老人はちょっと誇らしげだ。
何を言っているのか良く分からない。頭が状況にまるでついてきていない。気持ちを何とか落ち着かせる為、浩二は深呼吸をする。聞きたくないが確認しなければならない事がある。
「ところでその、あなたは誰なんですか」
「おぉ! やっと聞いてくれたか」老人がおもむろに立ち上がり鎌を持つ。
「わしは死神じゃ」
老人は手に持った鎌を横に一振りした。
浩二は壁際に飛び退いて鎌を避ける。蛍光灯の紐が音もなく落ちた。背中に冷たいものを感じる。こいつは俺を弄んでいるのか、ただ頭がおかしいだけなのか。
「お、俺を殺しに来たのか?」
「殺すじゃと? 全く無知なやつじゃのう。死神は死者が迷わぬようにする導き手じゃ」死神は胸を張っている。
「じ、じゃあ他の死者を導きに行かなくて良いんですか? 俺はまだ生きてますんで……」
「大丈夫じゃよ。わしの初仕事はお主になってるからな。他の死者は別の死神が導くから安心せい」
浩二は死神に居座られて何を安心すれば良いのか疑問だった。
「……それよりも、初仕事って?」
「そうじゃよ。わしピカピカの新死神なのじゃ! やっと試験に受かったんじゃ!!」
死神が踊りだすのを見て浩二は開いた口が塞がらなかった。取りあえずもう一つ確認しよう。
「あの~、本当に……俺は死ぬんでしょうか?」
「勿論じゃよ。これ、この通り通達が来ておる」
死神は懐から折り畳まれた紙を取り出した。たぶん昨夜も見ていた紙だろう。
「ちょっとそれ見せてくれませんか?」
浩二は手を伸ばすも駄目じゃ駄目じゃと死神は紙をしまう。
「でも、何かの間違いではないですか? 俺はこんなに元気ですよ?」
「間違えるわけ無かろう。ちゃんと確認しておるわい」
日付は間違えたくせによく言う。
「何とか死なないよう出来ませんか?」
「それは無理じゃ」
「そこを死神様の力で何とか」浩二は拝むように両手を合わせる。
そうじゃのうと奇妙な笑顔を浮かべ死神は体をくねらせた。喜んでいるらしい。
緩みきった顔を見ているとなぜこんなじじいを拝んでいるのかと思ってしまう。どう見ても頭のおかしい老人だ。
「すまんがそればかりはわしの力でもどうする事も出来んのじゃ」
だろうなと浩二は思った。今日ほど人は見た目じゃない、そう思いたかった事は無なかった。だがこの頼りなさげな自称死神、やはり頼りにならんか。