死神現る
吉沢浩二はモゾモゾと寝返りをうっていた。水道から滴る水の音でなかなか寝付けなかった。
仕事で疲れていたのでそのまま放っておこうと思ったがどうも気になってしまう。
浩二は枕元にある電気スタンドの明かりを点ける。諦めて蛇口を閉めに行こうと思ったが、浩二のすぐそばに黒いフード付きのマントを羽織った男が立っていた。
「うひゃあぁ」と声をあげて飛び退いたのはマントを羽織った男の方だった。
何が起きているのか分からず、お互いに相手の様子をうかがっている。
男の手には大きな鎌が握られており、カーテンから漏れる月明かりを鈍く反射していた。浩二は危険を感じたが何故か自分よりも男の方が驚いている。いまいち状況が呑み込めない。
「あの~」申し訳なさそうに男がフードを外す。
「はいっ」と浩二は裏返った声で返事をする。
男は良く見るとかなりの老人で髪の毛はほとんど無く、まばらな毛は少し縮れている。顔は骨と皮だけの様だがしわくちゃだ。袖から覗いている手は枯れ枝の様で大鎌を持ち上げているのが不思議なくらいだった。
「あの~、おぬしはもう死んでいるのかね?」とその老人が尋ねてきた。
浩二は驚き、自分の体を確認するがどこも問題は無いと思う。だが凶器を持ったじいさんに聞かれると何と答えて良いものか戸惑ってしまう。
生きていると答えたら一体何をするつもりなのか。
「なんじゃ? 口がきけんのか?」
老人が浩二の顔を覗き込む。その時、老人が担いだ鎌が大きく揺れた。
「あっぶない!」と浩二は部屋の隅へ這いつくばって逃げる。鎌は何とか老人の肩に収まっていた。
「むう、どうやらまだ生きてるようじゃな。はて? どこにしまったかのう。あぁ、有った有った」
老人は自分のマントをまさぐり、取り出したのは一枚の紙だった。
「お主の名は吉沢浩二で良いのじゃろう?」
「は、はい」
「八月二十三日に死ぬ予定になっているのにのう。なぜまだ生きているのじゃ?」
「えっ? まだ七月ですけど」
「何? 一月じゃと?」
「あっ、一月じゃなくて七月。なながつです」
「七月……」
「はい」
「今日は七月二十三日かの?」
「はい、そうです」
「……そうじゃったのか。わしの勘違いじゃったか」
老人は頭をかきながら照れ笑いを浮かべている。その様子を見ていると浩二も少し落ち着きを取り戻してきた。まぁ、勘違いなら……良いのか?