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底力

 迫る。

 悪鬼が二者の首を刈ろうと、その腕を振り上げ迫る。

「共に戦うと決めた。共に守ると決めた。そして共に楽園を見ると、誓った」

 迫る傀儡を前に、オーガストは言った。

「……そうだね、そうだった。あの時誓ったのだった」

 大人一人では、大きな夢は語れない。同志がいたからこその、今の自分。

「では存分に私を守れよオーガスト。私は全身全霊、吽禍の内であろうが果実の一つは作って見せよう」

「二言はないな」

「任せておけよ」

 言って、ハワードは笑う。

 愛する者を失い後悔の淵に沈んだ魂は、楽園を目指し、悪なるものを滅ぼすと誓う。それこそが己の存在証明となり、また意義となる。であるなら、悪と見定めた吽禍、その眷属を倒せないようで己の存在価値を語れるものか。

()が君申さくまま、我、時じくの(かく)()の実求めしたまひき――」

 目覚めろよ、神。

 こんなところで終わるわけにはいかんのだ。

「特殊結界――『常世』ォ!」

 ……しかし、結界は展開しない。

 吽禍の圧倒的なまでの生命に対する拒絶は、ハワードが楽園を望む以上に強すぎた。

 そして敵がどのような状態だろうと、傀儡の鎌は待ってはくれない。

 定められたように、鎌を振るって殺すのみ。

 ――――。

 ――――――――鎌は、振るわれない。

 その断頭の刃は、本来の役割を果たせない。

「何が――」

 起きた。

 ハワードが周囲を見渡せば何故だろう、傀儡の肉体は巨大な樹木によって絡めとられていた。

「なんだ、これは……」


――あなたに、恩を返したい。


 驚愕に目を見開くハワードに、声が聞こえる。

 その声を聞き、ハワードは誰のものかを理解した。そして、やはり自分の目は腐っていなかったのだと再認識した。

「流石だな、水無月飛鳥。貴様はやはり、“明星”だ」

 何が起きたのかわからない。

 それは傀儡も同じらしく、二匹は距離を取る。

「ハワード、貴様一体、何をした」

 距離を取った傀儡とは対象に、オーガストはハワードの隣へ並んだ。

「オーガスト、声は聞こえなかったかな」

「恩を返したい、というヤツか」

「そうだ。その言葉に、祈りに、聞き覚えはないかね」

「――“明星”の片割れか」

「その通り。おそらくは彼女の祈りが、我々にまで届けられたのだろうね。全く、眼前でこんなことをされるとは思わなかったが」

 ハワードの視線は、唐突に生えてきた樹木に向けられた。

 荒れ地に生える、巨大な樹木。これが現れたのだから、ハワードの造りだす『常世』が吽禍の世界では造りだせなかった、などとは言えるはずもない。

 恩とは名ばかりの、とんだ挑戦状だった。

「――が、いいだろう」

 その恩返し、確かに受け取った。

 この樹木が生えたのだ。この場では草木がタブーであったから、私の常世が造りだせなかった、などと言おうものなら皆に何を言われるか。

()が君申さくまま、我、時じくの(かく)()の実求めしたまひき――特殊結界『常世』」

 再度唱えた祝詞は、やはり叶わない。

 ハワードの果実は吽禍の世界に阻まれる。だが、此処に呼ぶ。呼ばねば、大人の面子を保てないだろう。

 この世界に呼ぼうとするから駄目なのだ。この世界に呼べないのなら、本来この世界に存在しないモノから呼べばいい。

「特殊結界『常世』ォオオオオッ!」

 草木が発生した。

 辺りはたちまち草木が生い茂り、荒れ地であったそこは残らず緑に覆いつくされ、果実の楽園となる。

 ハワードは、吽禍の世界に草木を呼び出すことは諦めた。代わり、飛鳥が造りだした樹木からその草木を呼び出した。あの樹木の内側には飛鳥の法則が渦巻いており、吽禍に干渉はできない。故に、果実の創造が可能であった。

 感謝しよう、水無月飛鳥。左腕を犠牲にした甲斐があったというものだ。

 ハワードは目の前に差し出されるように実った黄色の果実を口にして、左腕の動きを確かめる。

「行こうか、オーガスト。気分は最高、体調は万全だ」

「――ようやく本調子か。待ちかねたぞ」

「待たせな、本当に。そこで提案だが、ここまで楽しませてくれた礼に、あの人形共を瞬殺してやろうと思う。どうだろう」

「……失敗した際の責は、どうする」

 ふっと、オーガストは笑う。

 もはやお決まりとなった言葉に、ハワードはニヤリと口を釣り上げた。

「当然、私が負おう」

 ならば良しと、オーガストは一歩前に出た。

「此方は敵方を止める。貴様は全身全霊、至高の一撃を奴等に叩き込め」

「了解したよ。ただ、気を付けろ。戦闘能力はさほどだが、アレも吽禍の眷属だ」

 ハワードの忠告を耳に受け、

「誰に口を聞いている。奴らでは此方に傷一つ付けられん」

「……任せたよ、私の半身」

「言われずとも」

オーガストは傀儡の前へ出る。

「これより貴様ら人形の相手は此方が務める。これは本来、対複数もしくは鬼神相手に使うものだろうが……状況が状況だ、許せ。かつて一柱の鬼神を葬りし(ごう)を此処に魅せよう」

 すっと、オーガストは手をあげる。

「水鏡に映る囚われの姫、二上山(ふたがみやま)の鬼に攫われ此処に在り。ならばと神、四十四(しじゅうし)(しもべ)率いて鬼を狩らんと(いさ)む。()む神らより逃げし鬼、二上山(ふたがみやま)を越え、三ヶ(さんがしょ)諸塚(もろつか)米良(めら)、さらに肥後(ひご)に入り八代(やつしろ)阿蘇(あそ)まで()(めぐ)りて、祖母山(そぼさん)(こも)る。鬼、二上山(ふたがみやま)に戻りし時、その神、鬼を斬りき――」

誰か私をどこか遠くへ、争いのない楽園へ導いておくれ。そこはきっと、闘争など許されぬ誰もが幸せな場所だから。もしも私の楽園を壊す悪があるのなら、私はそれを許さない。故に滅びよ、悪なるモノよ。

悪なるものは許さない。害なすものは排除する。

 神の抱いた感情は、此処に四十四の武士を呼ぶ。

黄泉送(ヨミオクリ)――『討悪伐鬼(とうあくばっき)』」

 オーガストの祝詞は具現化し、その言霊一つ一つが人を成す。

 これこそが、かつて神と共に悪鬼を討伐し姫を救った()(しもべ)

「征こうか、此方の(めい)は誉れ高き悪鬼の討伐」

 オーガストの声に。

『おおおおおおおおおおおおおッ!』

 四十四の戦士たちは剣を振り上げ、傀儡へ走る。

 速度は人同様。その力も人同様。おおよそ人の域を超えない彼ら四十四人の戦士たちは、しかし人の域を遥かに超えた特性を持つ。

それが、悪鬼討伐という過去の偉業が与えた、『半英雄』の特性である。

英雄とは、ただの強者に非ず。元来英雄神話と呼ばれる物語には、『特異な誕生』、『試練の到来』、『試練の突破』、そして『伝承』というくくりに当てはまる。

例えば桃太郎にしても、桃から生まれるという『特異な誕生』、次に鬼の存在という『試練の到来』、そして鬼ヶ島に赴き悪鬼を討伐するという『試練の突破』が上げられる。やがて、その話は人々によって『伝承』されていく。

彼ら四十四の戦士たちに、『特異な誕生』はない。しかし、その身は悪鬼の討伐――すなわち『試練の到来』及び『試練の突破』を成し遂げている。また、高千穂において『伝承』をも残している。彼ら四十四人は『特異な誕生』をしなかったが故に英雄たりえないが、しかしその実力は英雄に並ぶものである――故に『半英雄』。

この『半英雄』たちは既に死者である。英雄とは、死した後にその魂は既にこの世にないが、しかし人々による『伝承』というカタチで信仰を受け、その身を人々の想像(イメージ)上の戦士として肉付けがされ、構築されるものだ。既に人の身ではなく、かつ悪鬼討伐の『伝承』を伝えられた半英雄には、人々の想像から生まれた故に人々の想像する『英雄』的な力を有している。

それこそが、『悪鬼討伐手段』と『不死性』である。

多くの人々は英雄に対し、『かならず悪を倒す』、『死なない』といった印象を持っているものだ。それは半英雄に対しても大差は無い。例え元は人であろうが何であろうが、現在構築されている肉体が人々の想像によって構築されている以上、その肉体は人々の想像通りのものとなる。

故に彼ら四十四人には、『悪鬼討伐手段』――すなわち敵を確実に葬る手段と、『不死性』――すなわち不死身の肉体を有している。

殺す方法(ほこ)と、不死性(たて)。その双方を備える彼らに死角はない。

であるのに。

傀儡の振るった鎌に掛かり、一人の戦士が首を落とされ、姿を消した。

彼らは傀儡の速度に追いつけず、その動きに翻弄される。それはまだいい。彼らの身は人のものではないが、その動きは人のモノなのだから。

しかし『不死性』を宿すはずの彼らは、鎌を振り上げた傀儡によって一人、また一人とその首を刈られる。

勇ましくも悪鬼へと立ち向かう彼らはしかし、その悪鬼の奇怪な動きと人を超えた速度、そして凍るような冷たい鎌に切り伏せられる。首を断たれ、姿を消していくのだ。

「――やはり。魂狩(たまが)りの特性を持つが相手では、此方が不利か……」

 後方で四十四――減って現在は三十九か――の僕たちの奮闘を冷静に見ていたオーガストだったが、相性の悪さに歯噛みする。

 此処に、傀儡の有する『鎌』の特性を再認識しよう。

先も述べたが、傀儡が片手に宿す鎌とはそもそも、稲を刈り取るための農具である。しかし現在では、巨大な鎌は死神の象徴、その所有武器という印象が受けられる。これは鎌が稲を刈りとるためのモノ――すなわち『刈り取る』という特性を有したものであるということを同時に表している、。

 すなわち、『肉体』と『魂』を切り離すと関連付けられる鎌には、『切り離す』という特性がある。

 いくら『不死性』を持った半英雄であったとしても、人々の想像により構築された『肉体』と、オーガストの言霊により生成された『魂』が切り離されてしまえば、残るものは空想の肉体と魂。これでは死者と大差ない。故に、半英雄たちは消えていく。

 ハワードに任せず、出来るならばここで勝負を決めたいと思っていたオーガストだが、これではやはり足止め程度しかできないかと舌を打つ。

「……残念だ。見せ場は譲ろう」

 呟いたオーガストの背後には、

「――待たせた」

 多くの果実を両手に持ったハワードの姿。

「早かったな」

「なに、草木さえ生えればこちらのものだよ。果実を実らせるのは容易いからね」

「――ならば仕上げる。しばし待て」

 二匹の傀儡と戦闘を繰り広げる、残る十四人の戦士たち。彼らに傀儡の誘導を視線で命じたオーガストは、二匹が一直線上に並んだ瞬間に祝詞を紡ぐ。

「波の穂を()みて、常世の国に渡りましき――」

 痩せ細った肉体から繰り出されるとは思えない蹴りが、その大気を震わせ――。

「――黄泉送(ヨミオクリ)天津風(アマツカゼ)

 波すらも足場にしてしまう神の蹴りが竜巻を巻き起こし、ハワードの上方へ二匹の傀儡を送り届ける。

 オーガストの『天津風』に殺傷力は無い。どころか、傀儡には大した傷を負わせることもできない。けれど、それで十分。決め手は既に準備万全なのだから。

「ああ、最高の仕上げだよオーガスト。ならば私は、最高の終焉を以て応えよう」

 両手に持った果実を宙に放り投げたハワードは、それらを纏めて両掌へ吸い込むように取り込んだ。

「この時じくの(かく)の木の実、現世(うつしよ)にあらざる彼方の秘宝。我が主が求め、ついぞ得られぬ禁じられし異国の果実なり。されど我が身が()き朽ちること恐れず。黄泉(よもつ)へぐいて、この身この命、風前の灯こそは天上天下の大花火とならむ――」

 ハワードの肉体、その血管の一部から、血が舞った。

 ハワードの持つ果実は、神の身からしても身に余るものだ。いわゆる、ドーピング。それを過剰摂取すればどうなるか、もはや言うまでもない周知の事実。それを捨て身で行い果実の力を御するのが、ハワードの唱えるこの祝詞。

 ――例え命を削ろうとも、結果、己が天上の花火となって消えようとも、敵を倒す。己の望みを果たす。

 大切なものはもう取りこぼさない。その結果、何を失おうとも――命を失おうとも。

――愛する者を死なせるのは嫌だ。失うのは嫌だ。故に、私が望むは桃源郷。私が望んだ理想の世界。果実の実る、誰もが望んだ夢のような楽園だ。そこはきっと、誰もが死なない神聖な場所であるから、幸福一つあればいい。そこに死は要らん。そこに悪意は要らん。故に滅びよ、悪なるモノよ――

黄泉返(ヨミガエリ)縵四矛(かげよほこ)ォオオオオオッ!」

 跳躍。

 大地が抉れ、あまりの衝撃、爆風が竜巻を巻き起こす。

 その様は、物理最強と謳われるアーヴァン・ゲーテンブルグに並ぶほどのものであった。

 蹴り。

 オーガストの巻き起こした竜巻に突貫する。しかし傷一つない。それこそ、衣や桜花の防御が如く。

 ――瞬殺。

 二匹の傀儡を跡形もなく貫いた光陰の如し矢は、着地と同時に大地を踏み砕く。その速度は、かつて戦った時神鈴にも匹敵するほどのものであった。

 力は物理最強のアーヴァンと並び。

 防御力は鉄壁とされる“金色夜叉”と並び。

 そしてその速度は、天児最速の時神鈴と並ぶ。

 これが、ハワードの真の実力。これが、彼の必殺――『縵四矛』。

 己の肉体をも犠牲にする、最後の切り札。勝ちへの王手。

 ここに、傀儡は一撃のもとに粉砕され“草枕”は勝利を刻む。

「――ごふッ」

 吐血したハワードは、ガクリと膝をつく。と同時、膝から爆発するかのように血が爆ぜた。たちまち彼の肉体は再生されるが、しかし再生と同時に寿命がみるみると減ってく。

「もう解け、ハワード」

 いつの間にやら隣に立っていたオーガストは、ハワードの肩を支えた。

「……すまないね」

 『縵四矛』を解いたハワードは、途端にオーガストにもたれこむ。

「口を開くな。……やはりお前の果実は、悪魔の果実。その技はさながら、悪魔の契約だ……」

 普段は表情一つ変えないオーガストの顔が、青い。

「ただでさえ青い顔が、更に青いぞ。大丈夫かね」

 笑うハワードを、オーガストは睨んだ。

「軽口をたたく暇があるなら、今は休め」

 オーガストに肩を借りつつ横になったハワードは、天を見た。

 見たか“明星”と、天を見た。

 次は、キミたちの番だ。救世の光を、“明星”の輝きを見せてくれ。

 夜明けの象徴、雨上がりの空。希望の光。

 ハワードは見上げる空は暗い。けれど、ハワードには光が差したように見えていた。


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