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対峙

「待ちかねた。ああ、待ちかねたぞ。」

 砂地の奥の奥。名も知らぬ惑星、その総てが見渡せる場所へ、時神鈴はたどり着いた。

 その鈴を待っていた彼は、静かに立ち上がる。

 白の髪。赤い瞳。スラリと伸びた数メートルの長身、ボロボロの布きれのような漆の黒衣。美少年と言って相違ない美麗な容姿に、白い肌。

 ――タタリ神、吽禍。

「会いたかったぜ、吽禍」

「それは、おれもだよ。おれはきっと、お前のような輩を殺すために生まれたのだから。」

 ザッと吽禍の前に立った時神鈴は、震える拳を握りしめた。

 圧倒的なまでの存在感。

 時神鈴の目の前にいるのは、星の記憶すらも飲み込むほど長い期間、殺戮の記録を残し続けたタタリだ。いくら時神鈴が高位の御霊を秘めているからと言って、所詮は天児。タタリ神を前にしては、時神鈴など人にとっての塵虫に等しい。

 及ぼされる害があるかどうかは知らない、ただそこに居る、気味が悪い、殺す。

 もはや余裕すらも超越した吽禍の態度に、しかし時神鈴は一歩も引かない。

「……ところで、だ。吽禍……それは、おれの名か。」

 吽禍の言葉に、鈴は冷汗を流した。

 冷たい何かが背中を掴み、背骨が引きずり出されそうな感覚。

 言葉の一つ一つには魂が宿る。それは日本人の言霊という概念であるが、こと吽禍に関しては、その言葉以上の意味が宿っているようだった。

 おれの名か。

 ただそれだけの疑問に、そしてその意識を向けられるだけのことに、鈴は身体を震わせていた。

 意識したものではない、ただ身体が勝手に震えていた。

 止まれ、止まれ、震えよとまれ。俺はこれからこいつを倒すんだ。会話程度で怯えんな。

 何度も命令するが、言うことを効かない。戦いたくないと、戦ってはならないと身体が叫ぶ。

 その震えを無理やり押さえつけ、鈴は口を開く。

「ああ、そうだ。終わりをもたらす災厄、暴食の崇り。お前の名だよ」

 その声は、震えていた。

阿吽(あうん)の吽、そして(わざわ)い……なるほど『吽禍』、おれに相応しい名であるやもしれん。どの道、かつての名はとうに忘れた。今後はそう名乗るのもいいだろう。」

 笑った吽禍は、「それで。」と時神鈴を見る。

 ――否、この場では時間空間といった概念は存在しない。吽禍が、時神鈴に意識を向けたと言うべきか。

「貴様はおれに、何を見せてくれるのか。友情を壊すか、愛を壊すか。楽しませてくれるのだろうな、このおれを。」

 震える身体を、握った拳で誤魔化して。

「ああ、楽しませてやるよ。ただし壊すのは、てめぇのひん曲がったその精神だがな」

「このおれを消すと言うことか。」

「文句あるか」

「文句はない。が、貴様程度に出来るのか。」

 出来るのか。

 そんなもの、やってみなけりゃわからない。けど、やらなきゃ地球がヤバいってんならやるしかないだろう。

 そりゃあ、怖いさ。

 こいつはタタリ神で、俺とは比べものにならないほどのバケモンで。でも、だからって逃げて何が解決するわけでもない。逃げても結局吽禍は地球を滅ぼす、そうなったら終わりだ。だったら、出来ることぐらいはやらなきゃな。

 そう思うと、覚悟が決まった。

 これは実に簡単な選択肢。

 正義の味方になるか。

 それとも、倒せるかもしれない力がありながら逃げ出す、クソ野郎になるか。

 いわれずとも決まってる、自分が何をしたいのか、自分自身が分かってる。

「この世に無駄なものはない、って言うだろ。俺はこの力を授かった。ってことは、この力で何かをしろっていう天からの思し召しだと思うんだよな。だから俺は、俺の力の証明のためにお前を倒す」

 まだ、この手は震えている。

 けどここまで来たんだ、どうせなら見栄を張ろう。強がろう。

 それがただの強がりだったとしても、その言葉はきっと、時神鈴に勇気を与えてくれる言霊に変わるから。

「俺は、お前を倒す」

 今度は、声は震えてはいなかった。

「この世に無駄なことはない、か。なるほど、貴様の言う通りやもしれぬ。なればおれの力は、多くの生物を殺すために天から授かったものだということか。であるなら――勧善懲悪。おれはこの世界の害虫を駆逐する審判者となろう。」

 鈴の震えに気付いてか気付かずか、もしか此方を見ていながら見ていないのかもしれないが、今は小さなことだ。

 震えは止まった、戦える。

「ああ言えばこういうやつだな、お前。だがまぁ、良いぜ。お互い天から授かった力が何のために存在しているのか、それを互いに知るためにも始めよう――最終決戦だ」

「よかろう、よかろう。貴様がここで犬死する程度の命だと、知らしめよう」

「犬死になるかどうか――試してみやがれッ!」

 今此処に、地球と吽禍の全面戦争が開幕する。

 決戦の火蓋は落とされた。


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