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開戦

 明朝〇時。

 この時刻は、嚆矢の未来予測によりタタリの始まる数分前を予測したものである。

 そして吽禍のタタリによって『門』が開かれたとき、大日本帝国異常災害特別対策機関“天神”による吽禍攻略作戦が開始される。

 その目的は至極単純だ。

 現在、地球を脅かしているタタリ神、吽禍の打倒である。

 作戦内容もまた、簡潔なものだ。

 この地球に存在するほぼ総ての天児を、この高天原へ集結させる。そして始まるであろう吽禍による大進撃を止めるべく、総ての天児が『門』より現れる殻人を撃退する。

 その間、“金色夜叉”、“明星”、“草枕”、そしてアーヴァン=ゲーテンブルグは、吽禍が進撃すべくに開いた『門』より侵入、深層へと潜り、吽禍の眷属及び『入道』『傀儡』『潰鬼』と呼ばれる三体の異形を退けつつ、時神鈴一人を吽禍の下へ無事送り届ける。

 そして、時神鈴は吽禍を打倒すること。

 もともと殻人と呼ばれる存在は死骸の塊だ。吽禍が魂を引き留める力をなくせば、その命を失い、魂は昇華する。ならば吽禍さえ倒してしまえば、その肉体は風間辰人同様に朽ちて消える。

 故、勝負の鍵は吽禍を倒せるか否かである。

 現状、吽禍を倒す可能性を秘めているのは、単体で強力な力を発揮できる時神鈴と水無月飛鳥のみ。この状況を見るに、吽禍を倒すのであれば速いに越したことはない。とすれば、能力から時神鈴が選ばれるのは自明の理であった。



「ようやく、始まるのか」

 誰もが寝静まる夜。

 午後十一時半を回ったころ、時神鈴は水無月飛鳥と共に集合場所である高天原中学校の屋上へと立った。

 集合の三〇分前だというのに、そこには桜花と衣の姿があった。

「早いんだな」

 鈴が言うと、そうでもないと桜花は答える。

「いくら嚆矢様の未来予測があるとはいえ、不安なのだ。この地は絶対に譲れない故に、心配が尽きぬのよ。」

 衣を見てみると、普段は見た目相応に無邪気であるが、今回ばかりは口を開こうともしなかった。

 以前、鈴は衣から“金色夜叉”には吽禍と因縁があると聞いている。吽禍を語る衣は普段の無邪気さを欠いていた辺り、彼女にも思うところが多くあるのだろう。

 飛鳥も緊張からか口数は少ないため、鈴も吽禍との戦いを軽くでもシュミレートすることにした。

 鈴が思い返すのは、辰人と戦ったときに現れた緑の気味の悪い蟲。おそらくアレが、辰人を操っていた吽禍そのもの。アレの塊と戦うのだろうと、鈴はなんとなく想像していた。

 並はずれた再生能力、そして奇怪な身体変化。

 辰人に通用したところを鑑みると、おそらく鈴の切り札である『瞬牙』や『瞬牙散』は有効であろう。であるなら、早期に決着をつけるためにも、この拳を最高の状態で維持させなければならない。

 拳を握り、鈴は強く願った。

 この俺に、勝利を与えてくれと。



「揃ったぞ。」

 衣が呟いた。

 何が揃ったのかと鈴が周りを見渡してみればなるほど、数十分前に到着したアーヴァンに加え、残りのメンバーである“草枕”の二人がこの場に到着したようだった。

 ふと屋上から街を見下ろしてみると、所々に数人一組の集団が見られる。その数、数十と言ったところか。日本人がほとんどだが、稀に外国人の姿も見られた。鈴が見ても、アレが普通の人間ではないことは解る。おそらく、天児。殻人を排除するため呼び寄せられた、世界各地の天児の一部だ。

「待たせた」

 オーガストが鈴たちに言うと、ハワードはいやはやと肩を竦めて笑う。

「まさか普段はいがみ合っている我々天児が……それもほぼ全員がこの高天原に集結し、前代未聞の大規模作戦が行われるとはね。強大な敵というのは偉大だよ。それを倒すためだけに、皆の意志が一つになるのだから」

 ハワードも街に存在する天児の姿を見たのだろう。

 鈴には、全世界の天児がどのような友好関係を築いているのか知る由もなかったが、必ずしも高天原の天児のように仲がいいわけではないらしい。

 もっとも、“草枕”自体、皆から好かれてはいないようだが。

「今ぐらい黙れハワード。その舌をねじ切るぞ。」

 戦前の緊張か、それとも吽禍との戦いが近いからか、ピリピリとした空気を放つ衣が言い放った。

「ああ、すまないね。この減らない口だけが私の唯一の取柄だからね。しかし……どうせならもう少し気楽に行かないかね。衣もどうだい、ちょっとした会話などは。戦う前から気を張っていては疲れてしまうよ」

「お前はもう少し緊張しろ。これから戦う相手が何なのか、本当にわかっているのか。僅かな油断が死を招くぞ。」

「吽禍だろう、最低最悪の下種野郎だ。わかってはいるがね、やはり現実味はいまいち沸かないよ。それに、気を張り過ぎても問題だろう」

「お前は――。」

続けて言おうとした衣だったが、まぁまぁとアーヴァンが宥めた。

「こいつはこいつなりに、みんなの気を解そうとしたんだろう。確かに衣の言う通り、敵は強大、油断などしようものなら即あの世逝きだ。けどな、ハワードの言う通り気を張り過ぎて、本来の力を発揮できなくても意味がない。ハワードは緊張を持て、衣はもう少し肩の力を抜け。お前らは互いに互いを心配した、それでいいだろう」

 苛立ちがまだ残るように見えた衣だったが、すまなかったと謝った。

「私の方こそすまないね。こういうことでしか、キミたちの緊張を解せない性分なんだ。悪気はなかったのだがね」

 ハワードがいつものように肩を竦めて笑おうとしたとき、ハワードの表情が凍り付いた。

 オーガストは無表情のまま、アーヴァンはタバコを消し、視線は空へ。

 鈴と飛鳥もまた、空に何かを感じて見上げ、桜花と衣はまるで何が起こっているのかを知っている様子で、空を睨みつける。

「――始まったか。」

 桜花が呟くと同時、高天原中学校上空に巨大な闇が現れる。

 それはさながらブラックホールのよう。空中に浮き出た黒い物体が、違和感なく存在する。空気がひび割れて生まれた真空のようなソレはすなわち、『門』。

 吽禍が己の従えるモノを特定空間へ召喚するための、巨大な転移装置。

 直径数十キロもある『門』、そこから大量の殻人が、卵から零れ落ちる孵化した蟲が如く大量に押し寄せる。

 その数は実に――万、いや億は存在するだろうか。とにかく数え切れず、無数としか表現できないほど膨大な量。なるほど、これに攻め込まれてしまっては、如何に優れた文明であろうと惑星ごと滅ぶというのも頷ける。

 押し寄せる蟲の群れはこれ以上ないほど醜悪だ。そして、万象を喰らえるほどの数である。

 同時、その大量の殻人を呼び出した『門』を、大量の殻人を、そして此処に存在する総ての天児を内包するほどの巨大な結界『空繰(からくり)』が高天原に構築された。

 これほど巨大な規模の結界はおそらく、どのような天児ですらも構築は不可能であろう。それこそまさに、神の所業――すなわち嚆矢の造りだした結界である。

 確かに嚆矢には、戦闘能力がまるでないと言っても過言ではない。もし嚆矢が吽禍と矛を交えようものなら、勝敗は吽禍の勝利でけりがつくことだろう。それは当然、己の得意とする分野が違うためである。

 片や、人を愛し、人を慈しみ、この美しき星よ幸福たれと祈る和魂(ニギミタマ)

 片や、人を憎み、人を嫌悪し、万象総てを滅ぼさんと破滅をもたらす荒魂(アラミタマ)

 どちらがより強い攻撃性を宿すかと問われれば、それこそ一目瞭然。つまり両者の差とは、そういったものである。

 ああ確かに、攻撃面において嚆矢は吽禍に勝ち目がない。がしかし、それは攻撃一点を見た場合の話である。もはや「己の望んだ未来を掴みとることが可能である」とまで言わしめるほどに卓越した、未来予知に等しいまでの行動予測――神をも鎮める方法すらも導き出す嚆矢の『頭脳』こそが、彼の最大の武器である。

 そして結界というものは、言ってみれば設計図だ。特殊結界、及び広範囲における結界内へ封じる存在の制定の規模によってその複雑さは変化するため、天児には街一つを覆うほどの結界を構築できる者はいない。けれど、先も述べたように嚆矢は頭脳を武器とする神だ。であれば、この程度の結界は造作もない。

 また、彼には結界内に存在する天児・殻人の総てを把握できる。それ故に、戦地の天児へ指示を出すことで不利な状況を減らし、味方の被害を最小限に抑えることが可能となる。

 これこそが、嚆矢の真の力。これまで高天原という地球の砦を守り続けてきた神の本領である。

「各々叩き込んでいると思うが、再度確認せよ。」

 嚆矢の造りだした空繰が高天原を覆い尽くしたことを確認した桜花は告げる。

「『門』の内へ入れば、そこからは総て自己判断となる。」

 嚆矢の結界は強力で、また嚆矢の秘める情報処理能力もまた天児とは比べものにもならない。がしかし、嚆矢の把握能力が通用するのはあくまで嚆矢の結界の内のみ。確かに『門』は嚆矢の結界内に封じられているが、『門』の内は既に嚆矢のものでは無く、吽禍の領域だ。

 そのために嚆矢の指示は届かず、故に自己判断。

「中でも、最優先すべきことはこれ一つ。」

 どんな罠があるのか、どんな敵が待ち構えているかはわからない。けれど、これだけは。

「時神鈴を、吽禍の元まで傷一つ負わせずに送り届ける」

 ――では、征こうか。


        ☆

 ――10時間前。


 これで、三度目になる。

 鈴は桜花に連れられて、嚆矢の造りだした結界にその足を踏み入れた。

 すると、そこには見慣れた顔。

「よう、衣」

 羽衣を身に纏い、身体を休める衣がいた。

「……鈴か。無事で此処に居るということは、吽禍の右を破ったようだな。よくやった、褒めてやるぞ。」

「褒められることはしてないよ。俺は親友を殺しただけだ」

「それでも、最後は多くの民を守ったという結果に繋がるハズだ。誇れることだぞ、それは。」

「吽禍を倒したら、な」

「倒すんだぞ。衣たち、みんなで。」

「……おう、そうだな。倒そう、俺たちで」

 鈴が衣に言うと、「その通り」、声がする。

 声のした方向を見れば、ハワード、オーガスト、アーヴァンがそこに居た。

「吽禍は看過できぬ存在だ。当然、我々も力を貸すよ」

 ハワード、そしてオーガストは一度は鈴に敵意を向けた相手だ。鈴と飛鳥が警戒する。

「どうして此処に? あの人たちも戦うの?」

 飛鳥が問うと、桜花は頷いた。

「あまり喧嘩腰になるな、飛鳥。此度の戦はやはり、敵が強大すぎた。多くの天児は臆してしまっておる。戦力になるというのならば、力を借りたいのだ。」

「わたしは、あの人たちが信用できない」

 睨む飛鳥だが、桜花は「そう躍起になるな。」という。

「でも、この人たちは鈴くんを――」

 飛鳥の唇を人差し指で制し、桜花は続けた。

「奴らは確かに鈴を狙ったが、それもこの星のため。鈴が業天を纏い天児であると証明した以上、貴奴らに汝らを襲う理由はない。」

 何も言わないアーヴァンに飛鳥が目を向けると、少し困った顔をして「こいつらは敵じゃない」と言った。

「皆の言う通りだ、少年少女よ。あまり私たちを嫌ってくれるな」

 肩を竦めたハワード。無言を貫くオーガスト。

「あんたらの目的は、なんだ」

 鈴が問うと、

「世界の救世」

 ハワードは即座に答えた。

「私たちもね、気持ちはキミらと同じだと思うよ。この世界を守りたいという気持ちはね。時神鈴、キミは総ての人を救えると信じている。けれど、わたしたちは平和のために犠牲はつきものであると考える。私たちの差というのはそれだよ。余さず救うか、犠牲を仕方なしとするか。もっとも、我々からしてみても犠牲は少ないに越したことはない。」

 機微は違えど、大まかな目的は自分たちと変わらないということが理解できた。

 しかし、一つ疑問が残る。

「なら、どうして俺が業天を纏ったと知った後も戦闘を続けた」

 彼らが鈴を天児かどうか疑っていたのなら、業天を纏った時点で問題は解決されたハズだ。けれど彼らは戦いを止めなかった。

 鈴は、その理由が知りたい。

「キミらがやる気に満ちていたからさ。我々としては既に戦う理由は無かったが、活気づいた若者を宥めるのは年長者の務めだからね。ついでにキミの力量も知っておこうと思ったのさ。これより行われる吽禍攻略戦にキミが参加するのならば、その力量を知っておきたかったからね」

「……最後の質問だ。あんたは、俺をどう思っている」

「地球の切り札。明けの明星」

 鈴はハワードの瞳を見つめた。

 表情口調こそふざけたものではあるがしかし、彼の瞳は本気だと思った。嘘偽りなく、また遥か先を見据えた目。

「それを、証明できるか」

「これはそこの彼女にも言ったがね、大人には大人の謝り方がある。此度の戦の活躍を、我ら“草枕”の謝罪として受け取っていただきたいね」

「そうか。……おーけー、俺はあんたたちを信じよう」

「鈴くん!」

 どうしてあの人たちを信じるの、鈴くんを殺そうとしたんだよ。

 猛る飛鳥だが、鈴は笑顔で言った。

「いいんだよ。俺はもともと天児かどうかわからない存在だったんだろ、なら疑われても仕方ない。それより、この人たちはこの人たちなりに本気で世界を救おうとしている。だったら、その気持ちを信じることが大切だと俺は思う」

 彼らは、本当の敵が吽禍であると知っている。そして、目的も世界の救世であると告げた。ならば、鈴からこれ以聞くことは何もない。今最優先すべきことは味方を疑うことでなく、吽禍を倒すことなのだから。

 くっと唇を噛んだ飛鳥だったが、優先すべきことが何なのかを改めて考えたらしく、反論を止めた。

「……わかった。鈴くんが言うなら」

 納得はしていないようだったが、飛鳥は共闘することを是とした。

 全員の意志が固まったことを確認した桜花は、静かに告げる。

「さて、征こうか。嚆矢様の御下へ。」


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