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時神鈴の夜―過去編『アストロメリア』  作者: 九尾
タタリノハジマリ
35/65

悪夢の始まり 2/2

「サネモリさんのお通りじゃ、サネモリさんはどこへ行く、西の国の果てまで。サネモリさんのお通りじゃ、(さき)()け先除け、(さき)下がれ。」

 くるくると宙を舞いながら歌う吽禍は、己に語り掛ける存在に気が付いた。どうやら玩具遊びに没頭しすぎて、気付かなかったらしい。けれど、歌うことは止めない。

 気にせず、少年は話しかけた。

「あなたを楽しませる代わりに、俺は一つお願いを聞いてもらう。いつだったかの約束を果たしてもらいたい。構いませんか」

「なに、願いとな。何を願うか、お前はおれに、何を願うのか。」

「いや、たんに外出許可を。親に手紙渡しておきたいだけですよ。別れの一環として」

「お前に情は無しか、悪魔のようだな。家に帰りたいと思わぬか、肉体があるのだから、蘇りたいとは思わぬか。親より先に死んで申し訳ないと思わぬか。」

「なに言ってんですか。俺の良心も自制心も理性も、道徳すらも、大方あなたが喰らっちまったんでしょ。そりゃ情なんて、ほとんど無くなるわ」

「おれは大して喰らっておらぬよ。つまりは、お前が元来持ち合わせている冷酷さというやつではないのか。」

「そんな才能、嫌すぎですよ」

「まぁどちらでも良いがな。お前がおれを楽しませればそれでいい。おれを笑顔にしてくれよ。それと……手紙だったか、好きにするがいい。」

 このタタリ、吽禍は災厄だ。海が人を溺死させるよりも残虐に人を殺し、地震が人を飲み込むかのように総てを喰らう。その心ですら例外ではなく、故に殻人に心はない。またこの少年も、ある程度残されているとはいえ、吽禍の放った蟲によって喰われ、心に穴が開いている。やがてその心は壊れ、ソレの人形となるだろう。

 吽禍は、それを信じて疑わない。

「ああ、後悔はさせない。笑顔にしてみせますよ、必ず」

 吽禍へと背を向けて歩き出した少年――風間辰人は、吽禍の存在する天津国と酷似した空間を抜け、高天原へと降り立った。

 これより、彼は親友にとっての最恐の悪夢を始める。時神鈴との殺し合いを始める。しかしそれは恨みや妬みから来るものでは無い。一人の少女の存在により、既に辰人の心は凪いでいる。時神鈴への悪感情は既に消えており、だが辰人は吽禍のために鈴との殺し合いに臨む。

 なあ、主よ。後悔などさせないさ。人の愛が壊れる様を見たいのだろう。だったら見せてやるよ、その様を。

 だけど、それだけでは終わらせない。あんたが好きな壊れる愛を見せつけて、笑わせて、それでも消えない絆を見せてやる。だって俺は、あんたを助けたいから。

 なぁ、素晴らしいんだよ人間ってのは。悩んで、悔やんで、挫けそうになりながらも立ち上がれるヤツがいる。誰かに優しくされたなら、自分は他の誰かに優しくしたいって思えるヤツがいる。世のため人のため自分のために万人の幸せを願えるヤツらがいるんだよ。まだまだ、捨てたものじゃないんだ。

 確かにあんたは強い。けど、それでもあんたの存在に怒れるヤツがいる。どんな壁が相手でも、自分たちの明日に向けてその壁を越えようとするヤツらがいるんだよ。

 あんたを乗り越えるヤツが現れて、あんたが倒れた時、それがきっと、あんたにとって至高の喜びになる。その時きっと、あんたは真に救われる。

「俺は、あんたを笑顔にしよう」

 少年が握った拳から、アブラムシほどの小さくおぞましい蟲一匹が零れ落ちた。

 アスファルトに落ちた蟲は、小さな羽を広げて再び少年の手に乗ると、皮膚を喰らって体内へ潜り込む。蟲が喰らって出来たハズの傷口は、たちまち再生され、何事もなかったかのように元通りになった。

 それを、苦い顔で少年は見た。

「あんたが外道と呼ばれようが畜生と呼ばれようが、俺は知っちまったからな」

 あんたの眷属になった今の俺なら、よくわかるんだよ。嫌でも、この汚らわしい蟲どもから流れて来るんだよ、あんたの本音が、願いが。これを知られたくないから、あんたは殻人たちから感情を奪うんだ。でも残念だったな、俺を眷属に選んだのが悪かった。感情を喰われた振りなんて、案外容易いもんだったよ。

 だから、読み取れる。だから、理解できる。あんたの過去、あんたの願い、あんたの祈りも、なにもかも、あんたの全部が読み取れる。

 あんたの祈りの起源を知ったからこそ、人を祟るという最悪な神になってまで証明したかったものが、俺には理解できてしまう。過去を知ったからこそ、生まれた星は違えど、愛の概念は同じであると理解できてしまう。それ故に――あんたを一番わかってる俺だからこそ、俺を除いてあんたを助けられる者はいない。

 だったら、助けるしかないだろうが。

 他の誰もがあんたを外道だの畜生だのと罵る。あんたもまた、己は外道己は畜生、己は総てを壊す悪魔であると名乗るだろう。けれど俺だけは、そしてあの子たちだけは、あんたは悪魔ではないというよ。

 そりゃあやってきたことは最悪だ、あんたの記憶に残るのは、人と人とを殺し合わせる殺戮の記憶。星ごと文明を滅ぼすほどの破滅の記憶。だけれど、それでも片隅に残る輝きがある。その輝きこそが真に尊いものであると、あんたは知っている。

 あんたの祈り――“愛を壊したい”、“情などいらぬ”、それはすべて、己の抱いたたった一つの感情の裏返しだと、俺は知った。他の総ての否定することで、ただ一つの小さなモノを永久不変の輝きとしたい。その願いはよくわかる。

 けどさ、それじゃダメなんだよな。他のモノを否定する証明。ああそれも証明の形の一つではあるが、他のモノと比べても見劣りしないほど強固で輝いたモノ、それって最高に素晴らしいものだとは思わないか。

 だから、見せてやるよ、俺らの愛。俺とアイツの、最高の友情ってヤツを。否、友情だとか、思いやりだとか、尊敬だとか、そういうのを超えた最高の“絆”ってヤツを、あんたに魅せてやる。

 魅せつけてやるよ。人の素晴らしさってやつを。何度引き裂かれても、再び繋がる人の絆ってやつを。

 だって俺はアイツの半身、頭脳なんだ。そしてアイツは俺の肉体。魂ってのは変わらないんだから、例え片方がいなくなっても、もう一度出会えれば何度も繋がって当たり前だろう。赤い糸って言葉があるように。

 この身は既に人のものではない。だけど、魂だけは変わらない。例えこんな体でも、また俺に生を与えてくれたあんたには、一応感謝してるんだ。だから――。

「なぁ、鈴。俺たちで見せつけてやろう。そして、最高の殺し合いをしよう」

 そして最高の友情を、他のモノを否定することでしか証明できない盲目な馬鹿に見せつけてやろう。

 俺とお前なら、必ずできる。

 だって俺たちは龍神兄弟、俺たちにできないことは何もない。

 鈴は目覚めた。誰もを助けたいと願うあいつなら、きっとあんたを助けてくれるだろう。

 ああ、総ては俺の脚本通りだ。多少の誤算はあるものの、それでも多少の誤差だ、支障はない。

「悪いな、鈴。飛鳥。これより地獄が始まる」

 脚本の都合上、お前らには少しの間だけ、地獄を見てもらうことになる。けれど、損はさせないよ。これがきっと、龍神兄弟の最後の仕事。頭脳として、俺は最高の脚本を仕上げたつもりだ。鈴、お前一人じゃ、どう足掻いても俺の主には勝てないんだよ。だから、俺はお前を極限まで追い込む。そして、最後に必ず助ける。

 吽禍の事も、お前のことも。

 これで、いいんだろう。

 辰人が問いかけると、虚ろな少女は頷いた。

 ありがとう、わたしの願いを聞いてくれて、本当にありがとう。

「いいんだよ、ルゥ。君がいなければ、俺はきっと堕落していたから。助けられたのはむしろ、俺なんだ。それに――」

 それにキミは、昔の彼女に似ている。だからかな、俺はキミを助けたいと思ってしまったんだ。

 哀しげな顔をする彼女、ルゥと呼んだ少女に、気にするなと辰人はいう。これは自分が好きでやることだ。最後の最後であろうとも、受けた依頼は必ず果たす。龍神兄弟の名に懸けて。

 そして、この俺に再び人間らしさを取り戻してくれたお礼だよ。

 頭を撫でてやると、飛鳥に似た少女――ルゥはくすぐったそうに目を細めた。

 頼むぜ、鈴。俺はお前を信じているから、絶対に勝ってくれよ。俺じゃダメだ、お前じゃなきゃダメなんだ。

 俺は、見ての通りこの身体だ。人の世を生きていてはいけない。

 優しいお前たちの事だ。こんな身体になった俺を、なんなく受け入れたろう。でもって、こんな身体になった俺を、救おうとするだろう。でも、それはダメだ。俺が俺じゃなくなる前に、俺は死ななきゃならない。今は人の感情が戻っていても、この心は喰われている。やがて最低最悪の害蟲に蝕まれ、そのうち俺は俺であることを忘れてしまう。狂ってしまう前に、風間辰人として死んでいきたい。

 だからその前に、俺は一つの脚本を組み上げた。

 この地球を穢さんと猛威を振るう吽禍を倒し、誰もを幸せにする正義の味方の物語。諸悪の根源ともいえる吽禍も、そしてその家族さえも幸せにしてしまう、究極的なバカの物語。誰もが笑い、総てが綺麗に終わるであろう最高の結末(ハッピーエンド)

 正義の味方(しゅやく)はもちろんお前だよ、時神鈴。

 タタリ神、吽禍の眷属――風間辰人は、己の主を助けるために、そして主の眷属として、種としての役割を全うするために。そのタタリを、此処に開始する。

「さぁ、今宵の悪夢を始めよう」

 こうして、風間辰人の役割は、最後の局面を迎える。

 

 あとは鈴をわざと怒らせ、戦い、そして進化させるのみ。あいつの業は大切なものを失うことだ。故に、俺を再度失うことにより、鈴は更なる力を手に入れるだろう。それこそが鍵だ、吽禍を倒し、救うための力に、アイツはきっとなってくれる。もはや狂気とまでいえる信頼だが、しかし辰人はその結果を信じて疑わない。

 なぜならアイツは俺の半身、肉体なんだ。必ず成し遂げる。

 さぁ鈴、俺を殺せ、そしてその死を乗り越えろ。

 そのために辰人が行うことはただ一つ。最高の悪役を演出し、正義の味方を輝かせることに他ならない。

「お前、今なんつった」

「ああ、わからなかったか。なら懇切丁寧に説明してやるよ。飛鳥が嘆き、悶え、苦しむ様を見ながら、芋虫のように這い蹲りつつ、歯ぎしりでもして悔しがるお前を見たいと言ったのさ」

 ごめんな、お前ら。俺っていうほど万能じゃないから、鈴をキレさせるにはこれくらいしか思いつかなかったよ。嫌なこと言って、悪かった。

 脚本通り、鈴は激怒する。さぁ俺を殴れ、ぶちのめせ。

 ここぞとばかりに、辰人は鈴の怒りを沸騰させた。

「嫌がる飛鳥を無理矢理犯す。その光景を、動けないお前に見せてやると言った。優しくする気は毛頭ないから、きっと飛鳥は嫌だと痛いと泣き叫ぶだろうな。力みすぎて、腕やら足やらも千切れちまうかもしれん」


「風間辰人ッ!お前はもう――人間じゃねぇえええええエエェッ!」

「気付くのが遅ぇんだよォッ!正義の味方ぁあああああアアァッ!」


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