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時神鈴の夜―過去編『アストロメリア』  作者: 九尾
タタリノハジマリ
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“後悔”、“明星”その片割れ

 やれやれ、白いスーツの男は肩を竦めながらも、眼前の殻人を殴り飛ばした。

 そこは草木の楽園、果実の実る緑の世界。

 幾千の美しい果実が実るその場所には、その果実の数にも負けず劣らないほど無数の異形がひしめいている。その異形の中、赤髪赤髭の男は果実を口にしながら呟く。

「これはこれは、暴食の崇りと呼ばれたほどの災厄の眷属にしては弱いなと前から思っていたがなるほど、質より量というわけか。流石は害蟲、群れることがお好きなようだ」

 後ろから迫った殻人を蹴り上げると、男――ハワード・マクラウドは赤の果実を齧る。

「しかし、なんだ。この量はあまりにも反則ではないかね」

 いくら倒しても、倒してもキリがない。

 一対一なら負ける気などしない相手だが、しかし幾千を一人で相手にするとなると、正直なところ笑えない。

 確かに人は、一匹のアリに勝てるだろう。しかしだからといって、幾千のアリが同時に相手であればどうだろう。彼らの顎の力は凄まじく、人の肉など容易く噛み切れる。倒しきれないほどのアリが相手ならば、人が必ず勝てるなどと言う保証はない。

 つまりは、今の彼らの戦いはそういうモノだ。

「こういう時に傍に居るのが相棒だろうに、オーガストは何をしているのか」

 彼の祝詞は、対複数を相手にするに適している。が、ハワードはそれほど向いてはいない。オーガストが一人で敵を相手にするのは解るが、私こそ誰かと組みたかったものだと愚痴をこぼさずにはいられない。

「だが、弱音を吐いてばかりもいられないか」

 例え戦力差が絶望的であろうとも、アレにこの地球を穢させるわけにはいかない。

 お前は汚いものが好きなのだろう。私は綺麗なものが好きなのだ、自分の幸せが好きなのだ。ならばお門違いというもの、お前は今すぐ此処より去れ。

 この地球は美しい。人の生は美しい。故に穢すな、その塵虫を残らず引け。それをしないのならばよかろう、戦争だ。この害蟲は残らず駆逐する、一匹一匹丹念に、確実に、貴様を含めた総てを残らず殺す。私たちを殺せるのならばやってみろ、手をもがれようが足を千切られようが、この命尽きようが、呪い殺してでも貴様らを止めてやる。

 この場所は、絶対に譲らない。

 都合数百の殻人を倒したはいいが、気付けば幾千という殻人に囲まれており、逃げ場がなくなっている。その様はもはやドームだ、日の光すらも害蟲に覆われ見えやしない。

 のみならず、オーガストの周囲には既に果実が残らず消えていた。

 果実があればこそのこの均衡、しかし果実がなければ己の能力は大したものに成りえない。しかし何故、果実が消えた――。

 周囲を見渡せばなるほど、殻人共が命を懸けて果実を喰らい潰している。ハワードの果実は猛毒だ。己の主と認めぬものが口にすれば、たちまち口に入れた者の命を喰らう。にもかかわらず、殻人は果実を食い荒らしていた。

 ただ眼前にある食料を本能的に喰い潰したのか。それとも、ハワードが果実を喰らい肉体強化を行うことを拒もうとしてか。

 おそらくは前者なのだろうが。

「醜いな、貴様らのような畜生は」

 心を持たぬ。魂を持たぬ。欲望のみに従い動く。そんな貴様らに、負けるわけにはいかんのだ。

 普段はふざけているだとか、遊んでいるだとか注意される私であるよ。ああ確かにふざけているし、遊んでもいるよ。

 だが、この桃源郷を求める心だけは本物だ。

 己の求める幸せに懸ける想いだけは、誰にも文句は言わせない。誰にも負けたりはしない。この心だけは、この祈りだけは、誰にも譲らない。

 心のない化け物に心を持つ私が負けるということは即ち、私の心がその程度であったという証明に他ならない。

 ならばこそ、私は此処に証明する。

「貴様ら程度に負けを取るような人生など、私は歩んでおらんのだ」

 貴様ら程度に負けるような覚悟で、此処に立ってはおらんのだ。

 たとえ刺し違えてでも、貴様らすべからく冥土へ送る。敗北だけは絶対に許されない。

「負けられんのだ、貴様ら外道にはなァァアアアアアアッ!」

 私の幸せを許可なく奪うんじゃあない。私の求める桃源郷、そこに征くためにはこの高天原が必要だ。その高天原を穢そうとする輩は、すべからく敵だ。悪だ。故に滅びろ、醜悪の災禍、暴食の崇り。

 ハワードが吠え、その拳で群れる殻人を引きちぎりながら、殻人で構成された壁を突破した時だった。

「無双水玉・五百箇!」

 祝詞により生成された特注品の弾丸が、ハワードにまとわりつく殻人共を纏めて振り払う。同時、数百もの化け物が散っていった。

 凄まじい威力、そして命中精度。

 現れた人物は、ハワードの求める相棒ではなかったがしかし、この状況を打破するにふさわしいだけの実力を備えた希望の光、明けの明星その半身。

「――水無月飛鳥」

 群れる害蟲を鞭のようにしならせた高水圧の水で弾き、彼女はハワードの隣へ並んだ。

「どうも、お久しぶりですね」

 いまだ時神鈴を狙ったことを根に持っているのか、彼女はハワードを睨む。

 可愛いなと思いつつ、しかし意外だとハワードは告げる。

「まさか、キミが私を助けるとはね」

「今わたしがすべきことは、あなたが死ぬのを見届けることじゃない。共に戦い、高天原を守るために殻人を残らず倒すこと。そして、最大の脅威である吽禍を倒すこと」

「ああ、キミの考え方は好きだよ。実に効率的で、彼のためならば何でもしてみせるという気概だね。まったく、これほど愛され尽くされているのだから、時神鈴は幸せだ。あわよくば、私がキミを嫁にしたいほどであるよ」

「冗談もお世辞も要りません」

「はっはっは。お世辞でもないのだがね。しかしキミ、相当ピリピリしているな。件の戦い、未だに根に持っているのかね」

「わたしにはあなた方が分かりません。それに謝罪の言葉もない。桜花は大丈夫だといいましたが、わたしにはとても信用できない」

「謝罪などしたところで、キミは許してくれないだろうと思ってね。信用がないのなら、敵ではないと態度で示すさ。君ら子供には、大人の謝り方というものを見せてあげるよ」

「癪ですね、あなたに子ども扱いされるのは」

「よく言われるよ。お前の方が子供だろうとね。確かに童心を忘れず育った覚えはあるが。まぁ好きに思えばいい。他者の評など気にしていては、この性格は続けられないよ」

 なんの自慢にもならなければ、また大した利益にもならない会話をつづけているが、殻人がいなくなったわけではない。着々と、殻人は二人に迫る。

「水無月飛鳥、キミは敵を悉く殲滅しろ。できるだけ広範囲に弾丸をまき散らせ」

「手が滑って、あなたにも当てるかもしれませんよ」

「なに、利口なキミはそんな非効率的なことはしない。信じているからね、私は」

「あなたに信頼されるというのは、複雑です」

「これでも私はキミを評価しているのだよ、おそらく桜花や衣よりも。彼女らは時神鈴を特別視しているが、キミも同じ“明星”だ。嚆矢が夜明けの光と認める以上、必ず光る何かがキミにも存在する。それはキミの綺麗な祈りの他にも、特別な何かがあるからだと私は思う。故に、私はキミを評価する。時神鈴以上の輝きを見せるとね。必ずキミの力は、吽禍を打倒するための力になるだろう」

「それは過大評価だと思いますよ。吽禍を倒すに相応しい力は、わたしではなく鈴くんの力だから。わたしはそれほど求められていないと思うけど」

「それはキミの無意識的な謙遜だ。キミはもっと、自分が魅力的な女であると自覚した方がいい」

 そういえば、いつか辰人にも同じことを言われた気がすると飛鳥は思いながら、今戦場に立つ一人の少年へと思いを馳せた。

 その少年は、おそらく現在、風間辰人と戦っているだろうから。

 鈴くん、必ず勝って。

「さぁ征こうか水無月飛鳥。我らの本気を、心も持たぬ抜け殻に魅せてやろうではないか」

「言われなくても!」


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