右腕
「なにをやってんだテメェはァッ!」
力を望んだ少年は、自らおれの造りだした種に呑み込まれていった。あろうことか、眼前の少年を助け、死んだ。
なんだ、お前はつまらんな。求めた通り力をくれてやろうと思ったが、しかしやはり要らぬ。汚らわしい、何が愛だ自己犠牲だ友情だ。死ね、貴様ら皆汚らわしい。その程度で愛を語るなど無知蒙昧も甚だしい、皆ことごと滅びればいい。
まるで毒虫を見るかのように少年の死を見届けた暴食の崇りだったがしかし、少年の心に大きな葛藤があることに気付く。
種が喰らった際には確かに汚らわしいものであったが、今このとき魂は呪詛を吐き出した。
――どうして俺は、お前を助けたのか。動けなかったのはお前だろう、逃げられなかったのはお前だろう。咄嗟に助けてしまったが、何故お前の代わりに死んだのか。
なんだ、この魂は。自ら愛を行い、その愛を否定した。
その魂の在り方を見て、暴食の崇りは興味を持たずにいられない。
ああ、これが闇。これこそが人間。どこまでも自分のためだけに。他者の幸せなんだそれは、己の幸一つあればいい。他の者など知らぬ存ぜぬ、己以外は目に見えぬ。どこまでも自分のために自己中心的に、己以外の全てが不幸であろうとも、己一人幸せであれば、それが己の望むもの。
そうだ、それでいい。人とは元来そうあるべきだ。強きに巻かれ、弱きを虐げる。危険を退け安定を求めて、必要であれば媚び諂い、必要であれば虐げ侮蔑し、他者を持ち上げ他者を見下し、情すら利用し総てを切り捨て天を獲る。
お前ら人間総てこうあるべきだ。愛を語るな、情を語るな、貴様ら余さず根は悪魔、所詮は己の幸せ在りきの人生よ。偽りの正義を掲げて自分は正しいなどとのたまうな、気持ちが悪いのだ死ぬが良い。
問おう人よ。
ここに倒れた人間、踏みつければ金が出る。なればお前は如何とす。
救いの手を差し出すか、目には見えぬ“正義”だとか“道徳”だとかいう塵屑にも劣る思想の下に。
それとも遠慮容赦なく踏みつけるか。己の得のために他者を踏みつけ蹴り落とし、零れる金を諸手に笑い喜ぶか。
前者を選ぶにしても、金が手に入るに越したことはないよなと願うお前、それこそおれが望む人間よ。後者となんら変わらぬ、同じ悪魔の申し子よ。
己は愛などいらぬから、同情するなら金をくれ。
同情いらぬ、心配いらぬ、我が欲しいは金一つ。
それこそ人よ。他者と交わることを逃避した、弱者の道理。
私利に走ったが故に情はなく、情に深きものは身近におらぬ、ならば情などいらぬ、声を荒げて現世は金や金やとのたまう輩の、此れ如何に人らしいことか。
私利に走った愚者の末路は皆同じ。皆すべからく失いやがて死ぬ。
誇りを捨て、這いに這い泥にまみれながらも足を掴み、情に訴えひたすら縋る。
己の努力を放棄して、金くれ金くれと鳥のように哭き叫び、「あな神よ、なにゆえ私は如何に不幸なるか。もしも掛けまく畏き天に坐し坐す御身があらば、救いをもたらす仏あらば、如何なる祈りも唱えけむ、故に、どうか私を救いたまへ」と頭を下げる。
お前は人を救ったか。今のお前が如くに、苦しむ者を救ったか。否である。己の利益のみを優先し、他の者誰一人とて顧みず、己が良ければ其れで善いと喜び笑い、他者を踏みつけたのではなかったか。金出る金出る、これ踏めば金が出る。その蜜の味を知り、嬉々として他者を蹴落とし踏みつけ、吐き出された血と共に零れる金から富を得たのではなかったか。
であれば、因果は還ろうよ。
縋る人を踏みつけ金から富を得たならば、人もまた汝を踏みつけよう。
因果応報、自業に自得。此れ即ち世の道理。
ああ、人は愚かな生き物よ。
他者を蹴落とす痴愚どもは、新たな痴愚に踏まれ汚され血を吐いた。其の血と共に零れる金塊を、次なる痴愚が蜜が如くに啜り行く。あな美味し。あな甘し。人の不幸は蜜とはよく云った、あな素晴らしき味かなこの蜜は。
情を知らぬ痴愚共は、踏むたび金だす蜜求め、肥えた腹に金を抱えて歩くのだ。
いつか己が踏まれるとも知らず、無知蒙昧な痴愚どもは、今日も明日も他者を踏む。
それが人間、それが人。
己が良ければ総て良し。
崩れる友情、ヒビ入る愛。血に塗れた貴様らがこれまで築いてきた大切なものを自ら捨てるその様を、このおれの前で見せてみろ。塵屑同士喰らい合え。自ら愛を壊すがいい。それが貴様ら人間の本性だろうが。
仮面は要らぬ。道化も要らぬ。醜い本心一つあればいい。この世は総じて醜いものに溢れていれば良いのだ。
例外、この世に輝くものはひとつだけ。残りはすべからく無用の産物、汚れた泥だ。
醜悪の災禍が見かけた魂は、人を救いながら、救わなければよかったと悔いていた。此れは即ち、人の資格ありと災禍は認めた。
故に、災禍は彼の魂をその手に取った。肉体を構築してやり、その器に魂を収めた。
これはほんの気まぐれではあったがしかし、暴食の崇りはニヤリと笑う。
「最高の友情を、このおれに魅せてくれよ」
幾つ匹もの蟲を体内に宿す崇りの眷属――風間辰人は、此処に誕生した。
しかし吽禍は、この時大切なことを見落としていた。風間辰人の魂は確かに悪に染まっていたが、その闇を祓う存在に吽禍は気付かない。その存在は、今の今まで吽禍が目を逸らし続けてきた存在であるが故に。




