父の言葉
衣が本当に帰ってしまったため、鈴は一人で軽く空間突きを左右千回ほどこなした後、家へと帰宅した。
「……ただいま」
鈴が家に帰ると、珍しく父親の蓮が既に帰ってきていた。
「よう、鈴。おかえり」
ソファーで寝ころぶ彼は、暇そうにテレビ画面を眺めながら、フルーツ牛乳をたしなんでいた。
「父さん、今日は早いんだね」
「ああ。なんかな、追ってた仕事が無くなっちまったんだよ」
蓮が鈴に耳打ちをした。
それを聞いて、いつだったか、桜花が言っていた言葉を思い出す。
大日本帝国異常災害特別対策機関“天神”には、天児だけではなく能力を持たない一般人も所属していると聞く。中でも一部の者たちは、黒いスーツに身を包み、サングラスをかけているそうだ。彼らの仕事は地球外生命体の脅威から一般人を守るために、特定の事件だったり怪奇現象だったりに必要以上に近づかないよう取り締まることらしい。ちなみに、いつしか彼らは都市伝説となり、今では世間の一部からメン・イン・ブラックなどと呼ばれているとかどうとか。
おそらく、猟奇事件を追っていた父さんの新聞会社も、その彼らから「これ以上関わるな」と止められたのだろう。
蓮からしたら不本意な出来事だろうが、これ以上父親を危ない目に合わせたくないと考える鈴からしてみれば、ありがたい話だった。
「お帰りなさい、鈴」
台所から、母親である美月の声が聞えた。
時刻は七時頃なので、もうそろそろ夕食ができる頃かと思っていると、ちょうど夕飯が出来たから運ぶのを手伝ってくれと頼まれた。
「ちょっと待ってて。部屋に鞄置いたらすぐ行くよ」
今日の夕飯はカレーだ。
美月は幼い見た目の通り辛いものが苦手。蓮と鈴はそこそこ得意であるため、時神家で使用されるルーは中辛である。食卓に並べられたカレーとスプーンを前に、一家団欒ともいえる彼らの夕食が始まる。
いただきます。
鈴は一口食べると、やはりカレーだと思う。いつものカレー。市販のルーに加え、牛乳が混ぜられたものである。この牛乳、辛いカレーをほんのり甘くまろやかに仕立てあげるため、鈴もなかなか気に入っている。
なにより、辛いものが苦手な美月の応急処置である。
「……うん、美味しいわね」
まだまだ熱いカレーを冷ましながら、はむはむと口に運ぶ美月を、スプーンすら手に持たず、蓮はニヤニヤと眺めていた。
美月が舌先を火傷すればニヤリと微笑み、必死でふーふーとカレーを冷ます美月を見てはまたニヤリと微笑む。
「父さん、かなり気持ち悪い顔してるよ」
息子の前なのだから、正直やめてほしい。
蓮は、敢えて美月の手伝いをしない。それは決して面倒とかそういう理由ではなく、単に動く美月を見ているだけで幸せになれるかららしい。たまに気まぐれで手伝うこともあるが、しかし大体は美月を眺めて手伝いは終わる。
仲睦まじいことはよろしいことであるが、鈴は正直なところ、この父親が気持ち悪いと思う。
「黙れ愚息。これが俺の楽しみなんだ、口答えするんじゃない」
確かに美月は身体が小さく童顔で、制服を着れば未だに高校生にも見えなくはない容姿をしている。だがだからと言ってニヤニヤ眺める理由にはならないだろう。
「あー、美味い。今日も最高だな、美月は」
パクパクと口にカレーを放り込みながら、今日も蓮は美月を眺めていた。
ただのロリコンだ、この父親は。
鈴が眉をしかめた時に、美月は思い出したように顔を上げた。
「今日はルーをいつもと変えてみたのだけど、どうかしら」
言われてカレーを口に運んでみればなるほど、確かにいつもよりも苦味が少ない気がする。
「なんか、いつもより食べやすいね」
鈴が頷くと、美月は蓮を見る。
「蓮くんはどう?」
「あー、美味いよ。格別だよ」
美味しいものを笑顔で頬張るお前の姿は最高だと言わんばかりに、蓮はカレーを口にすら入れずにそういった。
他の家がどうかは知らないが、本当に気持ち悪いんじゃないか、うちの父親は。
本気でやめてほしいと思う鈴に、蓮はその目はなんだと睨み効かせて訴える。
「父親に向けてその目は何だ」
ホントに言ってきた。
「いやぁ。ずいぶん気持ち悪い父親だな、と」
「お前、明日の朝飯抜きな」
「ごめんなさいパパ!」
「お前がパパとかいうのマジ怖気走るわ、マジキモイわ。明日の夕食も抜きだなこりゃ」
「俺にどうしろと!」
「最近パパの中でクリームメロンパンって商品が流行っててな。それ食べたら機嫌直るかもしれねーな、パパな」
「息子をパシリにしないでよ!」
「今すぐ買ってこいやコラ」
実は高校時代あんた不良やってたでしょ、と言いたくなるような睨みを効かせた蓮に、「こら」と美月は軽いゲンコツを入れた。
「今はご飯中なんだから、買わせるのはごちそうさましてからにしてね」
「わかったよ美月ぃ。反省するするぅ」
「そういう問題じゃないよね!ねぇ絶対に違うよね!?」
思わず鈴が激しいツッコミを入れると、
「「冗談に決まってるじゃん」」
と声をそろえて言われた。
「あ、はい、ごめんなさい」
「まぁそんなことはさ、今はどうでも良いんだよな。それよりさー、最近俺さー、コンビニでカスタードメロンパンって新製品見つけてさー」
はっはっはと笑った蓮は、鈴の肩を叩きながら告げた。
「今から買って来てくんね?」
「今までの倍の小遣いくれるならいいよ」
「おいコラ、お前その小遣い何のためにあると思ってんだコラ、俺様に捧げる美味しいスイーツを買わせるために与えてんだぞコラ、勘違いしてんなよコラ」
もうこの父親本当にめんどくさい。
「はいはい、買えばいいのね買えば。ご飯食べたらね」
なんかもう反抗する気も失せた。蓮に見向きもせずにカレーを口に運ぶと、蓮はおよよと美月に泣きつく。
「反抗期だ!愛する息子が反抗期だ!」
「そういえば、鈴ももう中学二年生だものねー。そろそろ第二次反抗期が来る頃なんじゃないかしら」
いやいや、今の別に反抗してないよね。むしろ素直に言うこと聞いてたよね。青少年の模範だと思うんだけどなー、おかしいなー。
「くそぅ、手塩にかけてきた息子が反抗期だと……。俺の育て方の何が間違っているというんだッ!」
「強いて言うなら全部だよクソ親父!」
いつものようにふざけた会話をしていると、カレーを食べ終えた美月が、そういえばとスプーンを置いた。
「最近、変な噂が流れてるわよね」
どんな噂なんだ。
どんな噂?
鈴と蓮がほぼ同時に聞くと、美月は一呼吸おいて答えた。
「辰人くんの幽霊が、街中で歩いてるっていう噂――」
辰人の幽霊が、歩き回っている。学校で、塾の近くで、そして辰人の家の近くで――。
火のないところに煙は立たない、というだろう。これだけの噂が出回っているのだから、鈴にはこの噂がただ事であるとは思えない。
美月の言葉を聞いて以降、考え事に没頭して、蓮や美月の言葉には適当に返事を返した。
やがて食べ終わり、その食器を流しに運ぶ。
「ごちそうさま……」
それだけいうと、鈴は一人自分の部屋へと向かった。
どういうことだ、辰人の幽霊?なんで今になってそんなものが現れる。そもそも、その目的はなんだ。それは、本当に辰人なのか。
結局考えれば考えるほど堂々巡り、なんの意味もない思考になっていく。
そんな時、ドアがノックされた。
一体何の用だと扉を開くと、そこには蓮が立っていた。
「よう、鈴。今いいか」
「いいって、何が」
「馬鹿、今話す時間あるかってことだよ」
「……まぁ、大丈夫だけど」
「そうか。んじゃ、部屋入るぞ」
「いいけどさ」
なら、遠慮なく。
ひらひらと右手を振って、蓮は鈴の部屋に入ってベッドに腰掛けた。
「いやな、父さんがお前ぐらいの頃にはもう、部屋にはエロ本が大量に置いてあってな。そりゃあ親なんてとても入れられる状態じゃなかったんだよなぁ。ってかエロ本一冊もないのな、お前それでも男かよ」
「なに、そんなこと言いに来たの?」
久々に真面目な顔をして現れたと思ったら、この様だ。この父親本当になにを考えているんだろう、なんかもう、呆れて何も言えない。
深いため息をついた鈴が椅子に座るのをみて、蓮は天井を見上げて言った。
「お前、今、かなり思い悩んでるだろ」
「まぁ、そうだね」
「辰人くんのことだろ」
「……そうだね」
「俺にもさ、親友がいたよ。そいつは人一倍お人好しで、人一倍真面目で、人一倍府抜けてて……けど、誰よりも優しいやつだった」
その人物はおそらく、鈴も知っている人物だ。誰より優しく、親切で、鈴に対してもまるで自分の子供のように接してくれた。今思い返してみればなかなか生意気な子供だったと自分で思うが、そんな自分も彼は暖かく受け入れてくれた。
「俺も、そいつを失ったよ。今のお前みたいに」
「その人って……」
「お前も知っているだろう。水無月春樹だよ」
水無月春樹。水無月波姫の夫であり、水無月飛鳥の父。時神家と家族ぐるみで仲良くしていた家族の大黒柱だった人物だ。
「これは言ってなかったが、俺は高校時代相当のワルでな。お前も知っている通り、じいちゃんがクソ厳しいだろ?それが嫌になっちまってさ、天邪鬼心で反抗してたんだよな」
「……父さん、不良やってたの」
まぁ、黙って聞いてくれよと、蓮は言う。
学生時代の蓮は、俗にいう不良をやっていた。父親に鍛えられ、無駄に喧嘩強かったのが逆に災いして、アイツは危険だと教師からもほとんど相手にされていなかった。自暴自棄になっていたのだろう、毎日毎日喧嘩に明け暮れて、怪我をして帰った。
「そんな時に、俺は春樹の存在を知ったよ」
そんな時、当時クラスの級長やっていた水無月春樹に蓮は目をつけられた。初めは、なんだコイツと思っていた。教師ですら諦めているどうしようもない自分に、「ぼくには君を止める権利がある」とかほざいて、アイツはいつもついてきた。それが喧嘩にまでついてくるほどだから、正直頭どうかしてると思った。喧嘩に付いてくる割りに、アイツは喧嘩死ぬほど弱かったから、囲まれてボッコボコだ。人質になるのも、もはや日常茶飯事だった。毎日毎日傷が増えていくというのに、それでも、春樹は蓮に毎日ついて来た。
あんまりにもしつこいので、ある日蓮は「なんで俺なんかに構うのか」と問うと、「放っておけない」と言われた。そんな理由で毎日付いてきて、毎回喧嘩で殴られているのかと思うと、やっぱコイツ馬鹿だなと思った。
けれどそんなある日、春樹は蓮に喧嘩を申し込んできた。「ぼくが相手をするから、もう他の人と喧嘩をしないでほしい」と言って。「お前喧嘩弱いだろ、俺に勝てるわけない」と言うと、「それでいい」とかほざいた。殴ってやった。本気で殴ってやった。けれど、何度も彼は立ち上がる。「気は済んだかい。もう今日は喧嘩しないかい」と呟いて。
「春樹ってやつは底なしの馬鹿でさ、不良の俺にいつまでも絡んできた」
けれどいつしか、どうしてそこまでするのかと疑問になった。それを聞くと、「気付いたら、君と一緒にいることが当たり前になっていたよ」と笑った。なんだそれはと思ったが、彼が学校を休んだ時、蓮はそれを思い知る。いつも付いてくるウザいやつがいないだけなのに、何か物足りず、もの悲しかった。気付けば、蓮にとっても彼といることが当たり前になっていた。
そんなある日、春樹は蓮に助けを求めた。
隣のクラスの弥生美月という女生徒が、他校の不良に見初められ、しつこく追いかけられているらしい。
仕方ないと蓮は重い腰を上げ、校門へ向かえばなるほど。バイクを駆りまわした高校生たちが走り回り、他の生徒の迷惑なことこの上ない。美月とかいう女生徒が他校の奴らに説教をしていたが、アレでは見た目が可愛すぎる、まるで小動物だ、意味がない。仕方なく蓮が赴き、「こいつは俺の彼女だ手を出すな」と嘘を言った。
相手が複数であろうと、敵が喧嘩の初心者であることに変わりはない。
ならばお前を殺して奪うまでとのたまう輩をなぎ倒し、蓮は喧嘩に勝った。そのとき、蓮は久しく言われたことのない「ありがとう」を美月という女生徒から与えられた。春樹からも。そして、下校しようとしていた生徒たちから感謝をされた。
「気付いたら、俺は春樹のダチになってたよ。そんで気付いたら、俺は人助けが好きになっていた。だから、俺とアイツで特別活動部って部活作ってさ、人助けをしようと思ったんだ。ちょうど、お前と辰人くんの龍神兄弟みたいなヤツだったよ」
蓮は、鈴と辰人が苛めから飛鳥を助けたことを知っていた。
小学時代の鈴の担任教師から、クラスメイトに暴力を振るっていると呼び出しを食らったときも、鈴は自分が向かうべき道がなんなのか、自分の意志で決めているのだと確信していた。美月は危ないからと嫌がっていたが、鈴はかつての自分の道を歩んでいるようで、危険だと思う反面、嬉しいと思う気持ちも確かにあって。
己の息子が己の正義を貫いていける子供に育って、蓮は本当に嬉しく思っていたのだ。
「だからこそ、お前が辛いと思う気持ちはよくわかる」
それだけに、辰人が死んだと聞いて、蓮は胸が痛んだ。それはきっと、自分が春樹を失ったのと同じぐらいの苦しみだから。
春樹の死因は、未だによくわかっていない。未解決事件のまま、今回の猟奇事件と同じように、上からこれ以上は関わるなと圧力をかけられた。春樹と同じように、辰人も謎の死を遂げたのだから、鈴は自分以上に納得していないのだと思う。
そして、食事中の噂話。もし自分であれば、そしていつもの鈴であれば、居てもたってもいられず春樹を探して外に飛び出していただろう。それを鈴がしなかったとはつまり、なにか悩みか問題があるのではないか。考え至った蓮は、こうして鈴の部屋を訪れたわけだ。
それは、鈴からしてみれば図星である。
嚆矢に言われた、『親友がもし現れたらどうする』という言葉。そして、辰人の噂。天津国に於いて嚆矢と会話を行った鈴には、嚆矢が無駄なことをせず、この星のことを第一に考えて行動していることを知っている。また、彼は知を司る神だ、少し先の未来を知っていても不思議はない。
となれば、嚆矢は辰人が再び現れることを知っていた。その上で、どうするのかと問いかけたのだとしか考え至らない。それ以外があり得ない。
だからこそ、嚆矢からは宿題と言われた問題を解かなければならないと鈴は悩んでいた。
「悩みがあるんだろう、鈴。話ぐらいは聞くぜ」
俺はお前の父親だから。同じ経験をした人生の先輩だから。普段はふざけているけれど、たまには俺を頼ってくれよ。美月を頼ってくれよ。俺たちは、家族なんだから。
蓮の言葉に、鈴は「今はいいよ、ありがとう」と告げた。
「そうか。なら、話したい時にいつでも話せ。母さんにでもいいからさ」
立ち上がり、蓮は部屋を扉を開いた。
「ごめん、やっぱり一つ聞きたい」
部屋を出ようとしたとき、鈴は顔を上げて問いかけた。
「なんだ」
「変な質問になるんだけど、いいかな」
「なに、気にすんな」
「もしも、もしもの話なんだけど、死んだ親友と出会ったとき、俺はどうするべきなのかな……。お前は既に死んでるから、生きてちゃいけないんだっていうのが正しいのかな。どんな顔で辰人に会えばいいのか、わからないよ……」
「……なんだそりゃ」
「父さんにとってはどうでも良いかもしれないけど、俺には真面目な悩みなんだよ」
「いや、どうでもいいわけじゃなくてな。なんでお前はそんなことで悩んでいたのかと思ってな」
「なんでって……」
だって、大切なことじゃないか。
死人が一緒に生活するかもしれないんだぞ。それって本来、あり得ないことじゃないか。許されるようなことじゃ、ないじゃないか。
「鈴はな、変に道徳に縛られ過ぎなんだ。別に一緒にいたいと思ったなら一緒にいればいいだろう。こいつは偽物だと思うなら、倒せばいい。会って、話して、臨機応変に対応するのが一番だ」
「でも……」
「じゃあ、なんだ。お前は無害な死者でも、『そいつは死者だ。死者は死者らしく冥土へ帰れ』と倒すのか。意味が分からないな。たしかに幽霊系の文学作品の中では必ず登場する人物像だが、間違いなく悪役だぞ、お前。それでは、正義の味方になりたいとか言ってたヤツらしくないぜ。本当の正義の味方というのは、誰も彼もを幸せにするような存在じゃないのか。弱気を助け、強きを挫く。みんなの幸せのために身体を張って、あわよくば悪すらも許して、悪さえも幸せにする。俺の知ってる『仮面ヤイバー』って作品はそういう作品だったし、鈴が目指しているものもそういうものじゃないのか」
そう、仮面ヤイバーはそういう作品だ。
改造され、人の身を失った主人公が戦う悪の組織。それに所属する多くの怪人は脳改造を受け、洗脳されていた。敵の幹部や首領は救いようのない悪であったが、首領らが倒された後、残された怪人たちは違った。皆、主人公と同じく無理やり改造された者たちで、首領を失い洗脳が解けた怪人たちには、居場所がなくなった。当然ながら、今まで悪の組織に家族やら友人やらを殺された者たちが、彼らの存在を良しとしなかったのだ。結果、最終回では、その怪人たちの居場所を作るため、主人公は今まで守ってきた人々と戦うことになる。
すべてを敵に回しても、弱きもののために。
それが仮面ヤイバーの示した最高の正義で、最高にカッコいい生き方だった。
――皆も、悪すら許せる心を持て。そして、悪にさえも優しくあれ。裏切られることはあるだろう。悲しくなるときもあるだろう。それでも、自分の道を正しいと信じて進むことが、人として最高にカッコいい生き方であるとは思わないか。
脚本、監督を担当した日下部氏は、会見の際にそう語ったという。
鈴もそう思うし、だからこそ今でも大ファンで、自分もそうありたいと思っている。
だからこそ、自分がどうすべきなのかというのも、わかった気がした。
「臨機応変、か……」
「信じる道を進めばいい。必ず正しい道なんか、きっとこの世の何処にもないんだよ」
頷いた鈴は、頬を掻いて笑った。
「なんかさ、目が覚めたよ。父さんの言う通り、悩む必要なんか無かったのかも知れないな。悪いやつもいれば、良いやつもいる。良いやつにまで、お前は死んで当然だなんて言ったら、正義の味方失格だわ、そりゃあ」
「悩みが晴れたのなら何よりだ」
じゃあな、部屋から出ていこうとする蓮を引き留めて、鈴は笑顔で告げた。
「ありがとね、父さん」
片手を上げた蓮は、後ろを振り向くこともないまま部屋を去って扉を閉めた。




