母の夢
風間晴子は、夢を見た。
それは一人息子の辰人が、自分の前に現れるという夢だった。辰人は死んだ。理由はどうあれ、死んでしまった。大量の血液と砕かれた腕を残して、先に旅立ってしまった。
ただ一人の私の息子。可愛い可愛い一人息子。あの子が私の総てで、あの子のためならば自分の命を投げ打っても構わないと思うほど、愛していた。
だから初めは、幻覚かと思った。
けれど形がある。足があるから幽霊でもないようであるし、であれば目の前の彼は何者であるのかと問われれば、晴子は夢であったというしかないだろう。
しかし、夢の中だといっても、やはり無くした一人息子と会話ができるというのならばしたい。話して、己はどうすればいいのかと問いたかった。
辰人が望むなら、私は今すぐにでもあなたの元へと逝くからと。
「久しぶりです、母さん」
辰人が言う。
その声も、その顔も、やはり愛しい一人息子だった。
「これは、なんなのかしら。まさか、もう一度辰人と会えるなんて……」
泣きそうになるのを抑えつつ、晴子は辰人へ問いかける。
「やっぱり、夢、なのかしら……」
最近では、辰人の幽霊が街中を歩き回っていると聞く。もしかしたら、それは本当の事だったのかもしれない。けれど、晴子には夢としか思えない。ああ、もしか夢だとしても、このまま覚めないでいてほしい。
「夢だよ、母さん。これは夢。ほんのひと時の、ささやかな夢だ」
もしかしたら現実なのかもしれない、淡い期待を抱いていたが、それを本人の口から否定されてしまった。けれど、構わない。こうして会えた。こうして会話ができる。今の彼女にとって、これほど幸福なことはない。
「母さん、頼まれてほしいことがあるんだ。聞いてくれるかい」
「ええ、構わないわ。どんな頼みなのかしら」
「一つ、俺がいなくても、父さんと幸せに生きること」
「……わかったわ」
「そして、もう一つ。この手紙を――」
この手紙を。辰人から幾つかの紙切れを手渡された晴子は、そこで意識が途絶えた。
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次に目を覚ました晴子の手には、夢で受け取った手紙が、確かに握られていた。
「あれは、夢ではなかったの?」
起きた晴子はすぐさま玄関を開いて家の外を見まわすが、やはり辰人の姿はない。
晴子は強く、息子が最後に残した手紙を抱きしめた。




