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時神鈴の夜―過去編『アストロメリア』  作者: 九尾
高天原に巣食うモノ
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嚆矢の記憶

 数週間前。

 嚆矢は、天津国から新たな天児の様子を見つめていた。

 嚆矢の瞳には、ついに彼が覚醒し、業天を纏う姿が映る。

 友を失い、心を折られた彼は再び立ち上がる。水無月飛鳥という存在を助けるために、自らの内に眠る神を覚醒させたのだ。助ける、今助ける、必ず助けるからと。

 この時が来たか。彼の覚醒をきっかけに、これより事態は第二段階へ移行する。より激しい戦闘が、力を持つ天児ですら命を賭した戦闘が、始まるだろう。

 彼の輝きに耐えられなくなったアレが、その輝きを破壊せんと本格的に動き出すのだ。


        ☆


「サネモリさんのお通りじゃ、サネモリさんはどこへ行く、西の国の果てまで。」

 かつて地球、日本のどこかで歌われた歌を口ずさみ、災厄(アレ)は顔を上げた。

「サネモリさんのお通りじゃ、(さき)()け先除け、(さき)下がれ。」

 下卑た笑いを乗せ、何がサネモリさんだと嘲笑する。ソレには、おれの垢を分けてやったまで、所詮は火種のひとつにすぎぬ、その力は元来おれのものよ。それすらわからぬ痴愚共は、ああもちろん、懲らしめてやらんといかんよな。祀るモノが違うぞ、戯けども。

 千年前、この地球を追われたモノは、再びこの地へ降臨した。その歪んだ祈りをただひたすらにばら撒き、周囲を犯す。いつもの如く破壊の種をバラまく過程で、ソレは二つの輝きを見つけた。“助ける、今助ける、必ず助ける”、“あなたに恩を返したい”、それらは人の世には珍しく、また相応しくないほどに輝いた願いだ。

「ああ、眩しいぞ。いかんなぁ、眩しいなぁ。眩しすぎて壊したくなる。要らんなぁ、要らんなぁ。現世に光は要らんなぁ。壊していいか、その愛を。壊していいか、その情を。」

 まさか、種をバラまく過程で見つけた塵芥がこうまで輝いているとは。まるで肥溜めの中に輝く宝石。この世は総じて醜いものに溢れていればよいのだから、貴様のような輝かしいものは要らんのだ。森羅万象、空前絶後、輝くものは一つのみ。

 他人の不幸が美味い。貴様ら皆、不幸であるべきなのだ、希望も光も要らんのだ。絶望ひとつあればいい。

 故に畜生。故に外道。地獄の鬼より醜悪で、殺戮機械よりも残忍だ。この世の如何なる言葉を持ってしても表現しきれる言葉はなく、故に醜悪の災禍。どこまでも純粋に、どこまでも際限なく、人の愛が壊れゆく様を笑い貪る姿はさながら暴食の崇り。

 人の憎悪が産んだ負の怪物が、人の輝きを破壊せんと動き出す。


        ☆


 嚆矢がまだ“嚆矢”と名乗るよりも前、神本来の名で仲間たちと手を取り合い、戦っていた頃――神話の神々が生きていた頃より、戦いは続いている。

 遥か昔、地球には多くの地球外生命体と呼ばれるモノらが多く攻め込んでいた。理由は解らない。ただ、それぞれの異なる特性を持つ彼らが計画性を持って攻め込んでいた辺り、何者か統率者と呼べる者がいたのだろう。

 嚆矢は知らないが、嚆矢ら神々を率いていた■■■と名乗る男は、その統率者と幾度か拳を交えたと聞いている。聞いている、というのは、嚆矢が戦場へ赴くことがほとんどなかったことが大きな理由だ。■■■は旅をするように全世界各地で敵と戦っていたのに対し、知識を司る神である嚆矢の役割は、やはり後方の作戦指揮であった。致し方ない理由だが、嚆矢本人は己だけが戦地へ赴かないということを納得してはいなかった。

 そして何者かによって統率され、この星へ攻め込んできた地球外生命体――それらは、此処日本帝国に於いて、妖怪だの、アヤカシだのと後世へと語り継がれることになった存在である。

 妖怪、化け物のモチーフは諸説あるが、それが実はかつてこの星へ攻め入った地球外生命体の姿などとは、今を生きる無知蒙昧な現代人などは知る由もないだろう。なにせ、想像力豊かな古来の人々ですら、彼ら化け物を宇宙からの使者だとは思ってもいなかったのだから。

 例えば、鵺やキマイラと代表とする、バジリスクやコカトリスなどの合成獣。

 彼らはこの地球における生物を合成させた姿をしているものだが、常識的に考えてそんなものが地球上に生まれるわけがない。異獣間混合などという一言では、到底表せないだろう。だがしかし、もしそれら合成獣が元は地球外から来た生物を掛け合わせて人工的に作られたモノであるとして、そしてその姿の一部を、地球の生物が進化の過程で象っているとしたらどうだろう。そも、彼らとの戦の記憶は普遍的集合意識に過去として残っている。それを進化の過程で覗いた生命たちが、進化の一例として真似をしないなどとは誰も言えない。つまりは、その生物は合成獣などではなく、逆にその一部を地球の生物が象った可能性も否めないのだ。当然、その説はおおかた正しいと、嚆矢は知っている。

 例えば、だいだらぼっち。

 山を跨ぐ巨人などというものが存在したのなら、どうして見つからない。また、生物ならば何かしらの方法で増えていくのが道理だろう。であるのに、彼らの目撃例は様々で、また一度に二人同時で見つかるなどという事例は聞いたことがない。もし、この巨人が地球外より現れたモノならばどうだろう。だいだらぼっちが地球外生命体であるとすれば、驚くほど伝承に合致はしないだろうか。

 例えば、物憑き。

 生まれて百年経つモノは神やらアヤカシやらになるというが、もしそれが寄生型の地球外生命体であるとするならばどうだろう。物理的な肉体を持たない精神寄生体、モノに宿ることによってようやく肉体を持つ生命体であったなら、物憑きが存在する理由に納得はいかないだろうか。

 例えば、悪魔。例えば、ポルターガイスト。

 触れてもいないモノが勝手に動くという現象が起こりうるが、もしそれが透明人間であったならばどうだろう。人間には不可視の光線――いわゆるⅩ線やガンマ線などがこの世には存在している。この世の物体は可視光線を反射しているために色を持ったモノとして人の目に映るわけだが、可視光線を総て透過させ、不可視光線のみを反射する色を持つ生物がいたとするのなら、それは確かに人からすれば透明と言える生物だ。生まれた星の環境によって、そのような生物が生まれることの何処に不思議があろうか。

 しかしそれらの中でただ一つ、例外となる超常現象がある。それが、タタリ神。

 なにをモデルにしているわけでもない、この地球に於いて発生する荒御魂(アラミタマ)――まつろわぬ神である。

 非業の死によって突然肉体が失われ、かつ祀られない、行き場を失った人の魂が怨霊化したものに、御霊(ごりょう)というものがある。これらは非凡の特定個人が畏怖の対象となり、その災厄の影響を周囲へと与えるものだ。

 それらの影響が広く世間に及び、社会問題化するほど大きくなることがある。わかりやすいものだと、菅原道真や平将門などがいい例か。そして、その御霊の中でもあまりに大きな災厄をもたらすモノが、タタリ神と呼ばれるモノである。

 人が神になるというのは、あまりに不思議な話だ。もしかなにかしらの宇宙物質か、何らかの介入が絡むことによって、人が人の身を捨てた新たな器――神の器を手に入れたのかもしれないが、しかし今は置いておこう。

 重要なのは、この御霊と呼ばれる存在が発生するのは、なにもこの地球だけではないということ。そして、どのような条件で御霊が生まれるのかは知らないが、稀にこの宇宙には、己の生まれた星を喰い潰すほどの災厄を招くタタリ神が生まれることがあるということである。

 もし己の生まれた星を喰い潰すほどのタタリ神が生まれたとするのなら、非業の死を遂げたモノ、その恨みや憎しみは並みならぬものでは無い。故、他の生命すらも喰い潰そうと他の星を狙うことに、なんの疑問があろうか。

 タタリ神は名前の通り、神に近しい存在だ。嚆矢らに同じく、“普遍的無意識”の底――いわゆる“天津国”に限りなく近しい場所へと至ることが可能であり、それ故に距離という概念はそれらにとって意味がない。

 つまりは、他の生命を喰い潰すために他の惑星へ至ることも容易であるということである。星を喰らうほどにまで成長した荒御魂はやがて強大なタタリ神となり、他の星を喰らう。その星を喰らえば次へ、それを喰らえばまた次へ。彼らの恨みつらみに際限はなく、空腹は満たされることなく、故に数多の生命を蹂躙し、星を潰す。

 これらはまさしく災厄だ。突然空より降下し、星を丸々砕くほどの質量を持った隕石と大差ない。一度狙われてしまえば、その星が死ぬまで凌辱される。まさしく惑星規模の災害に他ならず、地球上における地震だの津波だのといった災害などは、それらの前では可愛いものだ。

 話を戻そう。アヤカシや妖怪などのもととなった地球外生物と共に、その星すらも破壊する災厄は、かつてこの地球にも降り立った。

 その際には、■■■がその他の神らと共に追い払うことに成功したが、しかし星を喰らうほどのタタリ神の力は甘くはない。やはりここでは、多くの神が死んだ。

 いくつもの犠牲の上に、やがて神々の戦は完結したが、それより幾億年後――今より千年以上前に、天児という神の御霊を宿した生物が生まれたことが確認された。そしてそれから数年後、貞観地震と共に、新たなタタリ神がこの地球へ降臨する。

 数百年に及ぶ争いの末、幾人もの神々、そして天児を犠牲にしてそのタタリ神を地球より払った嚆矢、■■■ら。彼らはこれ以上地球を好きにはさせまいと、何百年という月日をかけて地球全土に結界を構築。その結果生まれたのが、今の愛知に突如出現したとされる高天原という土地である。高天原という土地はありとあらゆる結界の基盤となる核であるというのは、こういう理由からだ。

 高天原を構築したのは■■■の肉体であり、すなわち神の骸だ。■■■は己を供物とすることにより、天地開闢以来、過去最高の結界を作り出したのだ。その名は隔離結界“天堺(テンカイ)”。しかしこの天堺は、ほぼ地球全土を覆う巨大な結界でありながら不完全な完成となる。その核を守るための防壁が、何故か構築されなかったのだ。

 その結界を壊されぬよう嚆矢が造りだしたのが、大日本帝国異常災害特別対策機関“天神”である。この組織は発足してまだ間もないものであるが、しかし確実に天堺を守るために機能していることは、今も結界が存在していることから、言うまでもないだろう。


 そして現在、結界の穴である高天原に、大きな危機が訪れている。

 高校生惨殺事件に始まり、次々に起こる殺人事件。これらの事件規模は、他の地球外生命体の起こす事件と大差はないがしかし、並ならぬモノが今、この地球に降臨していることを嚆矢は知っている。また、一部の勘のいい天児も気付いてるだろう。だからこそ、彼らは恐怖し、未知のものを恐れた。そして疑わしきをは罰せよの言葉通り、時神鈴を排斥しようとしたのだ。

 二度に渡り地球へ降臨したソレを、嚆矢は“吽禍(ウンカ)”と命名している。

 吽――これは阿吽の吽にもある通り、終わりを表す言葉である。

 禍――これは“(わざわ)い”とも書くように、災いを表す言葉である。

 吽禍――すなわち終わりの災いをもたらすモノ。終わりの災いというのは、最後の災いという意だ。つまりは、その災いを以て世界の総てを終わらせるほどの力を持つモノであるということに他ならない。

「やれやれ、まさか同じタタリが二度もこの星へ訪れるとはね。いやはやまったく、アレはこの美しい星が相当嫌いと見える。」

 それも、彼女たちとは因縁のあるタタリ神。

 ああ、これでは玉砕覚悟で彼女らは吽禍に挑みかねないが、玉砕してもらっては困る。現状彼女らは“天神”最古の古株であり、また最強の戦力、白金色の夜叉だ。個人的にも失いたくないし、またこれより待ち受ける大災厄を逃れるためにも、此処で消えては困るのだ。

 念のために釘を刺しておこうか。

 そう思い、高天原を天上より覗いていた嚆矢は、天津国へ衣を呼んだ。

「此度の戦は並みではないよ。“金色夜叉”は覚悟を決めてくれ。だけど、アレと直接戦闘を交えることは禁じよう。」

 桜花にも伝えておいてくれ。衣に伝言を頼んだ嚆矢は、件の桜花を見る。


 時神鈴と水無月飛鳥、その二人と争っていたハワード・マクラウド、及びオーガスト・ステファン・カヴァデール。

「お前ら、少し頭を冷やせや」

「もう良い。双方矛を収めよ、嚆矢様の御前であるぞ。」

 四人の天児をアーヴァン・ゲーテンブルグと共に制止した桜花は、幾度か会話を交わした後に、静かに告げた。

「これより門を開く。汝ら、妾について来いよ。」

 ああ、早く連れてきてくれ桜花。ぼくは彼を歓迎しよう。来たまえ、新たな天児。キミの輝きは如何ほどのものであるのか、このぼくに見せてくれ。

 嚆矢は、この天津国へ時神鈴がたどり着く時を待っていた。

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