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時神鈴の夜―過去編『アストロメリア』  作者: 九尾
諦めるには、まだ早い
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白い煌めき

 何かが、変わった。

 家に帰宅し、自室へ入った時神鈴は、自分に何が足りないのかと考えていたとき、世界の変革を感じた。

 この感覚はよく知っている。身体に異常はない。景色がモノクロになるわけでもない。だが、視覚に感じる違和感。時が止まり、己が存在すべき世界から隔離されたのだと理解する。

 しかし、結界を張ったのは誰なのだろうか。今さっき今日の修行は終わったし、一日の休養はしっかり取れと言ったのは桜花だ。あいつは、簡単に自分の言葉を取り消すようなヤツじゃない。ならば、一体――?

 考えている最中、爆音が響いた。

「……敵か?」

 まさか、あの化物が性懲りもなく出てきたのか。

 そう思うと、いてもたってもいられず、鈴は部屋を飛び出した。階段を駆けおり、靴をさっさと履いて、外へ出る。外へ出ると同時、爆風。

 鈴はあまりの風に目を開けられず、そして強すぎる風圧に身体を飛ばされ、背中を壁にぶつけて尻餅をついた。

 目を開けてみれば、何かが鈴の隣に飛んできて、今さっきまで鈴がいた我が家を粉砕したようだった。もう少し家を出るのが遅ければ、粉砕されていたのは自分の肉体だっただろう。ゾッとした。

「な、なんだ?」

 本当に、敵なのか。

 飛んできた何かを見ると、それは淡い水色の少女。瓦礫の山から起き上がってきたのは、鈴がよく知る幼馴染み。

「……ごめん、鈴くん。家、壊しちゃって」

 ――水無月飛鳥だった。

「おい、一体何が……」

 何が起きてるんだ。

 駆け寄りながら、鈴が次の言葉を口にする前に、飛鳥は左手を向けて待ったをかける。

「鈴くん、ここから逃げて。多分、もう長くは持たないから」

「長く持たないって、何が」

「それは……」

 飛鳥は何かを言おうとしたが、やめて正面を睨みつける。

 その方向を見てみれば、影が二つ。

 片や白いタキシードで、赤い髪に、赤髭をはやした男。片や黒いタキシードで、黒みを帯びた髪に、不健康そうな顔色の男。

 明らかに、普通ではなかった。そもそも、普通の人間がこの特殊空間にいること自体が異端である。どうして彼らのような人間が、この空間にいる。もしかこいつらは、俺たちと同じ天児か。

「やぁやぁ。初めましてだね、時神鈴」

 白いタキシードの赤髪が言った。

 接し方としては紳士的だし、日本人離れした外見の割に、最近の日本人よりも日本人らしく礼儀を弁えているように感じた。けれど、違う。何かが違う。その仕草はどこか芝居がかっており、心の奥底では、何かを企んでいる道化のようだった。

「私は大日本帝国異常災害特別対策機関“天神”第一級災害直接殲滅活動部隊“草枕(くさまくら)”所属、ハワード・マクラウド。こちらの窶れた男も同じく“草枕”所属、オーガスト・ステファン・カヴァデール。以後、お見知り置きを」

 ニヤリと、ハワードと名乗った男は笑った。

「……逃げて」

 待ってくれ、ちょっと待ってくれ。状況が掴めない。

 なんだ、この状況は。

 あの男は、ハワード・マクラウドと名乗った。そして、大日本帝国異常災害特別対策機関“天神”に所属しているとも言った。その組織は鈴の記憶が正しければ、桜花や飛鳥も属している組織だろう。なのにどうして、こいつらを飛鳥は警戒しているのか。

「おい、飛鳥。一体何が起きてんだよ……」

 左手を抑えながら立ち上がった飛鳥は、鈴の問いには答えない。ただ、「逃げて」と言うばかりだった。

「逃げろってお前、俺だけが逃げてどうすんだよ。お前もボロボロだろうが。だいたいあいつら、天児なんだろ?だったら、俺らの味方じゃ……」

「いいから、逃げて。この場から、少しでも、一秒でも早く」

「なら、お前はどうす――」

「逃げて。早く」

「でも――」

「わたしは、鈴くんが足手まといだって言ってるの!」

 突然の大声に、鈴の思考が止まった。

「いいから、逃げてよ……」

 今まで、飛鳥が大声を出したところなんて見たことがなかった。ましてや、自分に向けられるなんて思っても見なかった。それも、足手まといだと言われるなんて……。

 あぁ、やっぱり俺は邪魔なのか。まだ、お前には追いつけないのか。お前を助けたくても、助けられない。頼られたいと思っても、頼りないから頼られない。そういうことなのか。

 鈴の身体が、揺れる。

「……でも、俺は……」

 俺は、お前を助けたい。

 だって、そんなに傷ついてるじゃないか。そんなに痛そうで、何かを耐えるように歯を食いしばって。よくわからないけど、同じ組織のやつと戦って。助けてほしいんだろう、苦しんだろう、みればわかるよ、それぐらい。そうやっていつも我慢して、誰かを心配させないように気遣って……。

 このハワードという男と、オーガストという男。こいつらは同じ組織に属していても、味方じゃない。むしろ敵なのだと、ようやく理解してきた。

 理由は知らないが、意見が割れて、飛鳥と戦っているのだ。修行や練習などでは断じてなく、おそらく殺し合い。本気の天児同士の戦いに、鈴ができることなど何もない。それがわかっていても、何か自分にできることはないか、飛鳥の助けになってやれないか、考えずにはいられない。

 方法を模索しようとする鈴に、飛鳥は告げた。

「早くこの場を離れて。それだけが、鈴くんにできる唯一のことだから」

「――っ!」

 逃げることしか、できないのかよ。

 守ってあげたいのに、守られることしかできないのかよ。

 だってほら、お前今我慢してるだろ。昔からお前はそうなんだ。我慢して我慢して、一人で堪えようとして。心も体もボロボロの癖して、それでも大丈夫だからって笑うんだ。苛められてた時だって、そうだった。

 なのに俺は、今も昔も、こいつに助けられることしかできない。

「くそッ」

 結局、俺は何もできない。何も変わらない。喧嘩だけが取り柄の馬鹿なんだ。その上この状況では喧嘩ですら役に立たないっていうんだから、本当に救いようがない。

 あぁ、だったら逃げてやるよ。望み通り、逃げてやる。絶対捕まらない。絶対にあいつらの思い通りにはさせない。だから、お前も無理すんな。

「何度も言わせないで、早く!」

 その言葉を受けて、鈴は走り出した。

 どこに逃げればいいのかわからない。どこまで逃げられるかもわからない。ここは敵の結界の中だ。走り続けられる道がどこまでも続いているわけじゃない。だけど、逃げてやる。この悔しさを噛み締めて、今は逃げてやる。

「――くそ」

 叫んだ鈴は、己の不甲斐なさを呪った。己の力のなさを悔やんだ。また、助けられない。この手を伸ばしても届かない。

 二度とこんな思いはしないようにと願って、天児になると決めたたハズなのに。

「くそ、くそ、くそ……」

 悔しくて、情けなくて、何もできない自分がもう嫌だ。それでも、耐えなければならない。歯を食いしばって、守ってもらうしかない。

「くっそォオオッ!」

 今の鈴には、何もできないのだから。


        ☆


 走る鈴を見送った飛鳥は、暖かい目から再び冷たい目へと切り替わる。

 ごめん、鈴くん。悲しませないと誓ったのに、その誓いを守れなかった。――だからこそ、彼らを止めなければならない。あなたが悲しまないよう、後悔しないよう。あなたに心配して貰えるだけで、わたしは十分だから、幸せだから。もう一度こうして、立ち上がる力をもらえるから。

「ふむ、まだ立つか。なかなかどうして、粘るものだねぇ」

 赤い顎髭を擦りながら、ハワードは笑顔で言った。

 何が嬉しいのか可笑しいのか知らないが、今はその笑顔が無性に腹立たしい。

「いい加減、諦めなさいよ……」

 彼の命は渡せない。わたしの命は渡せても、彼の命だけは譲れない。だから、ねえ。さっさと倒れてよ。

 最後に残った力を振り絞ることを暗示するかのように、彼女の業天に埋め込まれた水晶が輝き出す。

「はっはっは、ボロボロの身体で面白いことを言う。その言葉、そっくりそのままキミに返してあげよう」

 対するハワード、そしてオーガストは、全力を振りしぼろうとする飛鳥を目にしても怯むことはない。どころか、余裕の表情だった。

 これが、経験の差とでもいうのか。実力を埋めるどころか、地力の差を覆す。二人がかりというのもあるだろうが、飛鳥と二人の力の差は歴然だった。

 果実を口にし、己の身体能力を高め、かつ化物レベルの再生能力を誇るハワード。

 その相棒は、如何なる理屈かはわからないが、どんな攻撃であろうと確実に回避することが可能なオーガスト。

 オーガストが囮となり、飛鳥を惑わせる。その隙を、ハワードが襲う。

 あまりにシンプルで、分かり易い型だ。この型さえ理解できれば突破口は開けるだろう、そう思っていた飛鳥だったが、それは違った。分かり易い型だ。非常にシンプルだ。しかし逆に言えば、それ故にブレにくいということ。お互い、どう動くべきかが完全に理解できているのだから当然と言える。

 悔しいが、これほど見事なチームプレーは生まれて此の方、飛鳥は目にしたことがなかった。

 だからこそ、こうしていつまでも飛鳥は二人を突破できずにいるわけだ。

 大した攻撃力を持たないオーガストを無視し、攻撃の要であるハワードを先に潰せばいい。なるほど確かに、それは一理ある。現に、飛鳥はそれを実行した。

 が、それだけでは足りないのだ。

 飛鳥はハワードだけを狙った。ハワードだけを執拗に狙い続けた。けれど、オーガストは常に飛鳥とハワードの中間地点に存在している。彼がいることによって、ハワードのみを狙えない。

 オーガストの存在は、さながら蜃気楼。その場に存在しながら、攻撃は当たらない。当たったとしても、彼の身体をすり抜ける。壁としてはまるで役に立たないが、しかし目隠しの役割を果たしているというわけだ。それでありながら、彼の攻撃は此方に当たるというのだから、やっていられない。

 なるほど、彼らが無敗というのも頷ける。

「でも、突破口の一つぐらいは……」

 必ず、存在するハズだ。

 とにかく今は、その突破口を信じて己の必殺技を試すしか、もう後がない。これ以上無駄打ちしても、体力の無駄。当たるという可能性に今まで賭けていたが、それも無駄だと悟った。だったら少しでも可能性の高い技を出すしかない。

 水玉・一閃、及び水玉・流円。これらはどちらも少ない空気中の水分を極限まで圧縮し、ぶつける技だ。いうなれば、一点突破の技である。それが当たらないのなら、やることは一つだろう。

 他方向に渡って攻撃する、それしかあるまい。己には、それがある。最後の大技である無双水玉・五百箇を、使うしかあるまい。

「撃ちてし止まむの鋭心(とごころ)持ちて臨む其の戦、怯む事無く臆する事無く、鍛へ鍛へし大和魂以ちて、戦法(いくさののり)正しく、今、誉の勝鬨を上げむ――」

 祝詞により、飛鳥は多くの水を言霊より生成。彼女の周りを、圧縮された弾丸が取り囲む。

 対するハワードやオーガストは冷静だ。

「さて、どうするねオーガスト」

「愚問。撃たせてやろう。その上で、此方が押し返す」

 オーガスト一人が前へ出ると、やはり無表情のまま淡々と祝詞を紡ぎはじめた。

「この天津日高日子(あまつひこひこ)波限建鵜葺草(なぎさたけうがやふき)不合命(あへずのみこと)、その(をば)玉依姫命(たまよりびめのみこと)(めと)ひて生ませる御子の名は、五瀬命(いつせのみこと)、次に稲水命(いなひのみこと)、次に御毛沼命(みけぬのみこと)、次に若御毛沼命(わかみけぬのみこと)、此れ四柱。彼れ御毛沼命、波の穂を()みて、常世の国に渡りましき――」

 水弾を無数に作り出す飛鳥に対し、オーガストは巨大な水の海を背後に出現させる。量では、明らかにあちらの方が上だ。しかし怯む暇はない。

 彼の祈りはなんなのか。彼の中に眠る神は何を願うのか。それは飛鳥にはわからない。わからないけれど、今の己にできることはただ一つ。全霊を以てぶつかるのみ。

「無双水玉・五百箇(いおつ)!」

 言霊より生成された弾丸が、ハワードを、オーガストを襲う。

 しかし、ハワードとオーガストの余裕は消えなかった。

黄泉送(ヨミオクリ)天津波(アマツナミ)

 告げると同時、オーガストの背後に現れた海が飛鳥に牙を剥く。

 いくつもの水玉、対するは巨大な海。どちらが勝つかなど、日を見るよりも明らかだ。

 二つの祈りが衝突した際、飛鳥の水弾は海を削った。しかし、削りきれない。長いものには巻かれてしまうのは、やはり水も同じだった。いくら彼女の弾丸の一つ一つが練りに練られた特殊なものだとしても、次々と飲み込まれていく。それは、彼の作り出した津波もまた、練りに練られた特殊な海であるが故に。

「悪いな、小娘。海神は此方の祖であるが故、利もまた此方にある」

 飛鳥の敗因は多くあるが、何より彼との相性が悪すぎた。

 確かに飛鳥が宿す神は、天児どころか、すべての神に於いて最上級と言っても過言ではないほどの力を持つ。それこそ、オーガストの宿す神などとは比ではない。どころか、比べることすらもおこがましい。

 が、飛鳥のうちに宿る神はそもそも、水に関する神ではない。生成を司る神であるが故に、その一旦として水を生成しているだけに過ぎないのだ。

 対するオーガストが宿すは、海神を祖とする神である。いくら位が高い神といえど、その場が相手の独壇場であれば、勝てるものも勝てない。当然の道理であろう。

「惜しいな、小娘。己の宿す神、その本来の力を知ることができていれば、此方にも敗北があったかもしれん」

 無表情な彼と同様に、情を読み取らせぬ無慈悲な天災が――否、それを遥かに超えた神の裁きとも言える災害が、飛鳥を飲み込もうと、その巨大な(あぎと)を開く。


        ☆


「はっ、はっ……」

 時神鈴は走る。ただ、逃げるため。水無月飛鳥の思いを、無駄にしないため。

 だが、解せない。

 確かに今の鈴では、あの二人と戦う飛鳥の助けになるどころか、足を引っ張るだけだろう。敵の目的は解らないが、猫の手にもならない邪魔者は、早々に立ち去るに限る。でなければ、飛鳥も遠慮して本気を出せないかもしれないから。

 そう思って飛鳥に背を向け、鈴は走り続けていた。

「……くそっ!くそ、くそ、くそォッ!」

 けれど、この感情はそう簡単に整理できるものでもない。

 助けられて、守られて。今の自分はそればかり。これじゃダメだとわかっているのに、自分一人では何もできない。

 なんでだ、なんで俺には何もできない。なんで俺はこうも弱い。…….俺は頭が悪い、飛び抜けた才能だって持ってない。唯一役に立つといえば、喧嘩。そしてこの拳――なのに、今この拳はなにしてんだ。逃げるために握って、何もできない無力な自分を呪って、結局何一つできちゃいない。

 辰人に命救ってもらって、今度は飛鳥に体張ってもらって。

 この手で誰一人守れない。この手で誰一人救えない。この手で、誰も助けられなくて――。

「……『助け』られない?」

 ふと、立ち止まる。

 俺は今、何を思った。……『助け』られない、そう思った。

 俺は飛鳥にどうなりたいかと問われたとき、「正義の味方になりたい」と答えた。そこに嘘はなく、また偽りもない。誰かを助けたいと思っている。だからこそ、俺は天児になろうとしていて。

 辰人に助けられ、飛鳥に助けられ。……いや、違うだろう。それはお前らの領分じゃない。俺は、辰人みたいに交渉なんてできないし、飛鳥みたいに我慢することもできない。なら、俺に何ができる。何が残る。――この拳を握っての殴り合いぐらいしか、俺には取り柄なんかないだろう。この胸にある、誰かを助けたいと願う『正義の心』とかいうモノしか、俺にはないだろうが。

 なのに助けられてどうすんだよ、俺。

 思い出せ、俺のアイデンティティーはなんだった。

 歯を噛み締める。拳を強く握る。

「戻らないと……」

 ……戻るのは、怖い。ハワードとかいうヤツ、オーガストとかいうヤツ。あいつらワケわかんねぇほど強いだろうし、めちゃ強いらしい飛鳥すら余裕で圧倒してんじゃねぇか。俺が行ったところで、勝ち目なんかないのはわかってる。邪魔にしかならないのもわかってる。

 ――だけど。

 俺の心は、魂は、身体の奥底に眠る神様は、いつまでもヘタレてる俺に力なんか与えてくれやしないだろう。

 神社行って、頭下げて、拝んで、下から下から頼み込んで、「あぁ、名前も口にするのもおこがましい私の中の神様。お願いどうか、貴方様の力を分けてくださいお願いいたします。代わりになんでも差し出します、お好きに受け取りください。だからどうか、そのお力を」ってか?俺はなにもしないで、ただ神の力というモノにすがって甘えて、何の覚悟もなくそれを欲しているだけなのに?

 あぁ、そりゃあ普通の人間からしてみりゃそういうもんだろうよ。けど、この場合神って誰だ。俺ん中に眠ってる引きこもり野郎だろうが。俺ん中に眠ってる力は、俺の力だろうが。自分の力引き出すために、いつまでも怠けてる自分に頭下げて恵んでもらう馬鹿が、この世界の何処にいる。今ここで力を出せるよう努力するってのが筋ってもんだろう。

 覚悟決めて腹くくって命賭けて、その神の力に見合う根性とか気合いとか、そういう力貸さなきゃなって思えるような生き様見せるため、勇気絞り出さなきゃなんねぇだろうが。

 よく考えろ。どうしたら、俺の中の引きこもり野郎を外まで引きずり出せる。どうしたら、俺の力をめいいっぱい絞り出せるんだ。

『――汝が願いはなんだ。汝が祈りはなんだ。それを、妾に見せてみよ。』

 いつか、桜花の言葉を思い出す。

 俺の願い。それは正義の味方になることだ。鈴の祈り。それは誰かを助けることだ。

 何か、欠けていた何かが、嵌った気がした。自分に決定的に欠けていた何かを、取り戻せたような気がした。

 あぁ、そういう事か。なに、簡単なことだろう。今こそ、俺のアイデンティティーを思い出す時ってことだ。俺の魂の叫びってやつを、魅せろってことだ。

「俺は――正義の味方になりたい」

 敵を倒したいとか、ひどい目に合わせてやりたいとか、そんな悪人みたいな理由じゃ、誰の心にも響かない。俺の魂に願いも祈りも届かない。

 正義の味方でありたいというのが、鈴の魂の叫びであると言うのなら――。

 いつか、美月は言った。

 鈴は優しい心を持っている。人を迷わず助けられるのが、鈴のいいところであると。また、それを知っているからこそ、蓮もきっと、龍神兄弟の存在を良しとした。

 飛鳥は言った。

 人を助けたいと願う鈴だからこそ、鈴であると。人を助けたいと祈る、そんな鈴を、彼女は大切だと思うと言ってくれた。逆にいえば、人を助けたいと思えない鈴は鈴ではないということだ。

 辰人だって、きっとそうなんだ。

 何故辰人が鈴を助けたのか。理由は今もずっとわからないけれど、飛鳥をその拳で守り抜けと、お前の正義を貫けと、遠まわしに言っていたのだとしたら。

 時神鈴のアイデンティティーと言ったら、やっぱりコレだ。一つしか浮かばない。

 馬鹿みたいに信じて、馬鹿みたいに突っ走って、それでもって、大切な人を必ず助けに行く。そんな意志が――正義の味方であろうとするというのが、時神鈴のアイデンティティーというやつだ。

 だったら、どうして女一人置いて逃げることが許される。許されるわけがないだろう。むしろ守る側であるべきだ。

 大切な人を助けるために、時神鈴は元来た道を引き返す。止まった足を、再び動かし始めた。逃げる時よりも速く、鈴は水無月飛鳥の元へと向かう。

 何のために戻るのか? 言うまでもない、彼女を助けるために。力があるとかないとか、今はどうでもいい。ただこの心は、飛鳥を助けたいと言っている。それに従って何が悪いという。

 そして同時、鈴の心の奥底から、叫びが聞こえた気がした。

 ――助ける。今、助ける。必ず助ける。その手は絶対離さない。もしも離れてしまったら、それでも必ず再び掴んで見せる。もし掴めないほど離れてしまったとしたならば、それでも意地で、その手を掴んで見せる。そう、例え時を止めてでも――。

 これは、(カミ)の意思だ。

 存在意義にして存在理由。そしてこれこそが、時神鈴の魂だ。

「ああ、わかったよ桜花……」

 これが、俺の願いなんだ。俺の祈りなんだ。どうしても譲れない、俺だけの心からの望み。

 そして自分の本質が見えたとき、鈴は自分の中にある存在の本質までもを、垣間見た。

 なるほどね、お前も、俺と同じ思いを背負ってるワケか。元は世界を造った偉大な神々の一柱。完全過ぎて己の望みなど持ちえなかったお前が、どうしてこうまで“助ける”ことに執着するのか……。

「わかるよ、今なら」

 お前も、失ったんだろう。俺にとっての辰人と同じか、それ以上に大切だったものを。わかる、わかるよ。辛くて、苦しくて。時間を巻き戻してでも取り返したいけれど、それでは意味がないことを、お前は知っていたから。


 日本の神話に、こんな話がある。伊邪那岐(イザナギ)という神が、妻である伊邪那美(イザナミ)を失い、黄泉の国まで赴いた時の話だ。伊邪那岐は伊邪那美を黄泉の国から連れ出そうとするがしかし、伊邪那美は既に黄泉の食物に毒され、その身は既に人ならざる汚れたものへと変化していたのだ。

 これが意味するのは、きっとこういうこと。

 ――失ったものは、二度と同じものとして取り戻すことができない。もし帰ってきたのだとしても、それはもとの価値を失った偽物だ。

 だから、なくしたものを如何に取り戻そうとしても、そこに価値はない。それは既に、失った時点で同じものではなくなっているのだから。なくなってしまうからこそ、尊い。蘇ることが当たり前である命ほど、軽い命はない。

 だからこそ、助けるんだ。だからこそ、取りこぼさないんだ。取り戻さなくていいように。大切なものをなくしたりしないように。偉大なる俺の内に眠る神は、完全過ぎて色を持たなかった。しかし、色を持たない白紙であったが故に、何かしらの要因によって強く祈った『助けたい』という色へと、すぐに染まった。

 その色こそが、この『祈り』。

 ――助ける。今、助ける。必ず、助ける。 その手は必ず離さない。もしも離れてしまったら、それでも必ず再び掴んで見せる。もし掴めないほど離れてしまったとしたならば、それでも意地で助けて見せる。そう、例え時を止めてでも――。

 己の本質、己が内に眠る神をうっすらと理解したとき、鈴は目覚めを感じた。

『あぁ、長かったよ。死の間際に願ったこの祈り、ようやく果たす時が来た。さぁ、振るえ。偉大なる神の力を、存分に振るえ。そして、我らの祈りを果たそうか』

 鈴の中にいる存在が、呟いた気がした。

「おーけー、任せとけ。俺の祈りはお前の祈り。お前の祈りは俺の祈り。結局さ、望むところは同じなんだろう、俺らはよ」

 ――大切なモノを必ず助けるという思いは、共に変わらない。

 我々人は、神に祈ることで、力の恩恵を授かる。逆に神は、我々人に祈られることで、己の恩恵を授けることが可能となる。

 神によって与える恩恵は様々であるというにも関わらず、神が持つ恩恵は天児――宿主の祈りと合致するというのは偶然極まりなく、しかし同時に必然である。そしてまた、宿る神と同じ業を背負わされた生命こそが、彼ら天児と呼ばれるものだ。

 ようやく、ここに理解する。

 天児とは、一つの(ヤシロ)だ。祈るものと、叶えるもの。それが同時に存在することで、人の造りし神社というものを具現化している。

 つまり――。

「戦うには、祈れ。力が欲しければ、祈れ。おーけー、それが俺たち人間と、お前ら神サマの法則か」

 はるか昔から受け継いだ、決まり事。それはきっと、鈴たちが産まれる前――それこそ、神たちがこの世を“始めた”時にはもう、決まっていたのだろう。

「だってんなら、俺は祈ろう」

 人は神に祈りを捧げ、神は人に恩恵を与える。ずっとそうされてきた。しかし、ただ祈ればいいというものでもない。「あれ下さい。これ下さい」なんて、子供にだってできるような程度の祈りでは、力が与えられることはない。

 ならばその祈り方とは、如何なるものか。あぁ、これも実に簡単だ。正解は既に、人類が歩んできた道の中にあったのだ。

 祝詞――すなわち、 神道において神徳を称え、崇敬の意を表する内容を神に奏上しもって、加護や利益を得んとするための魔法の呪文を唱えればいい。

 しかし、鈴には神道などを学んだことがないし、祝詞など欠片も知っているわけが無い。だが、先も述べたように、天児とは社のようなものだ。祀るべき神が其処に居る故、また捧げるべき祝詞も其処に有る。

 祝詞を知らなくても、それは魂の何処かに刻まれている。意味が分からなくても、祈るべきモノがなんなのかは、理解できている。ならば何の問題もないだろう。

 ただ頭を下げるんじゃない。神様の正しいと信じる道を、己も共に歩むという証明のため、鈴は口を開いた。

「――掛けまくも(かしこ)大殿(おほどの)(こも)る御霊に(かしこ)み恐み申さく」

 さぁ、俺の中に眠る神様よ。俺の願いを聞いてくれ。

 己が神の力を望めば、自然と祝詞は頭に浮かぶ。そのことに疑問は抱かない。社に祝詞が存在せぬ訳が無い故に。

(かがふ)り奉る御神徳(おみほのり)を仰ぎ奉る我、今し御前(みまへ)参上(まゐのぼ)り来て、清き心を振り起こし、この身を捧げ奉り拝み奉る」

 さぁ、俺の中に眠る神様よ。共に正しいと信ずる道を往こう。共に己が守りたいと願ったものを守り抜こう。実体を持たないお前の代わり、俺のこの()が、互いの願いを満たすから。

(たひら)けく聞こしめして、“此の身をうとび(あら)び来む物を(さや)る拳へと成したらしめ給へ”と、恐み恐み申す――」

 だから、聞いてくれ。叶えてくれ。

 俺の大切なものを傷付ける奴らを止める力を、奴らをぶん殴れるだけの拳が欲しい。

 助けたいと願うその手を、時を止めてまで掴もうとするこの思いを糧に、大切なものを必ず助けられるカタチを、俺に与えてくれ。

 あぁわかっている、もう二度と、絶対に取りこぼしたりはしないから。

「来たれ業天――“白煌(びゃくこう)”ォッ!」

 天児、時神鈴の下へ、“天”より賜りし“業”物が、彼の望んだカタチとなって舞い降りた。

 皆さま大変長らくお待たせしました、これより開幕するは、現実主義(オトナ)VS理想主義(コドモ)の大激突。今回の回を読んで盛り上がってくれた方、次回より時神鈴の戦いが始まります。是非是非盛り上がってください。

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