君よ、安らかに
いつの間にか書き始めた作品。何年も前から書こうと思いながらも、なかなか書けずにいたところを、「好きなところから書けばいいんじゃないか」と言われて書き始めたものです。
本来この話は『過去編』に当たるもので、現在最強の守護者としての二人に起きた不幸、そして何故彼らが命を懸けてまで人を助けるのかという部分を描いたものです。
男の友情、親友との激突。譲れない想い、巨大な敵。大きな人の愛。
それらの要素がお好きな方は、是非読んでいってください。
立ち上がる勇気が欲しい方、悲しいことがあった方。前に進む勇気が欲しい方。
そんな方々も、お暇があれば是非どうぞ。人は誰しも、挫けるような困難に陥った時辛くなる。悲しくなる。そんな時こそ、彼らの姿を思い出し、自分も頑張ろうと奮い立てる。読者にとって、そんな作品になればと思います。
以上、作者からでした。
風が吹いた。同時に、黄色く染まりつつある木の葉が舞った。
その風は秋を思わせる涼しさで、この気温には心地よい。その風は、散っていく色とりどりの木の葉を美しく魅せるため、それらを優しく抱きしめて、空へと昇って行った。
高く、高く、どこまでも木の葉を巻き上げて昇っていく風。風は誰にも止めることは適わず、その視界から外れても昇り続ける。まだ見ぬ世界へと、指をすり抜けて走り抜けてしまう。「今の景色を、明日も変わらず見たいから、風さんどうか、止まっておくれ」誰かが言ったが、やはり風は止まらない。
己の気の向くまま、流れるままに。自由奔放な風は空を舞う。
それはまるで、止めることのできない時間の流れのようだった。時間もまた、風のようにどこまでも先へ進んでしまう。誰にも止めることは適わず、誰が見ていようと見ていなかろうと、流れ続ける。どれほど永遠の刹那を願っても、願いは叶わず儚く消える。
――変わらないものは、この世界に存在しない。
それは、万象、この世に存在するものすべてに当てはまる共通のルールだ。
例えば、生物。生まれ、成長し、死ぬ。始まりがあれば終わりがあるというが、これなどはまさしく変わるものの代表例であろう。植物、微生物など、『成長』する類のモノは全てはこれに該当する。
例えば、星。アレは確かに、人の視点から見てみれば変わらない光を放っているのだろうが、宇宙の歴史から見てみれば常に変化を続けている。星にも誕生があり、また終わりがあるのだ。こちらも、ある種の生物ともいえるのかもしれない。
例えば、土地。土地、というよりは大地とでもいうべきか。それは不動のものであるという認識の者も少なくないかもしれないが、やはり長い歴史から見てみれば変化するものだ。多くの大陸が形を変化させるだけでなく、地震という地殻変動が目に見えないところで起きているわけで、これが変わらないものなどと誰が言えようか。
上げたものは全て目に見えるものだが、このルールに当てはまるものは、なにも目に見えるものに限らない。
例えば、感情。いつまでも怒り続けられる人間などいないし、いつまでも愛し続けられる者などいない。瞬間的に燃え上がるものの、いつか覚めていくのは必然。今の感情を捨てたくない、変えたくないと願っても、変わらずにはいられない。
例えば、記憶。いつまでも記憶し続けることができるモノがいると言うが、過去は過去。いつまでも色あせず記憶している者などいない。いつまでも留めておきたいと願っても、その願いは叶わない。
故に、変わっていく。望もうが望むまいが、この世界は変わっていく。
愛知県立高天原中学校の休日は、いつもと大きな変わりはない。グラウンドからはワイワイと部活動に勤しむ中学生の声が聞こえ、校内からは金管楽器を吹き鳴らす音が聞こえる。
その中を、高天原高等学校の制服を着た少年と少女が並んで歩いていた。
木の葉が風に包まれて、遥か大空へと昇っていく。少年の伸ばした手の隙間を縫って、手の届かないどこかへ、消えていく。
校舎の外からとある教室を見つけた少年は、迷わずにその教室へ向けて歩き出す。学校長には教室内に入る許可も貰ってはいるが、やめておいた。
「あれからもう、二年も経ったんだな」
教室の前で立ち止まった少年は、その真下の地面に目を向けた。
「二年……。長いようで、短かったよね」
同じく立ち止まった少女は、手に持っていた花束をそっと教室の前へと添える。
ささやかな秋風が、花束を揺らす。花束の花の名前は、アストロメリア。
アストロメリアの花言葉――『幸福な日々』、そして『未来への憧れ』を胸に秘めて、二人はこの花を『彼』に捧げる。
この世界に変わらないものはない故に、時間の流れと共に彼らは変わっていく。
いつか、確かに存在していた『幸福な日々』。いつか彼らが共に胸に抱いていた、『未来への憧れ』。それら総てが色あせていないと言えば嘘になるけれど、変わっていくからこそ、大切にしたいものがある。掛け替えのないものだからこそ、いつか存在していた『幸福な日々』という切ないものを、大切にしたいと思うから。
「ああ、本当に長かった」
本当に、苦しい二年だった。
本当に、辛い二年だった。
本当に、悲しい二年だった。
それは彼にとっても。彼女にとっても。
「でもさ……。俺たちは確かに進んでいると思うよ、お前の分も」
しゃがみこんだ少年は、誰にも気づかれないような、しかし何か小さな文字がかかれた白いプレートの前でしゃがみこむ。プレートは既に土に汚れて黄ばんでおり、お世辞にも綺麗なものとは言えなかった。
ポケットから取り出した真新しい白いハンカチで、少年はプレートを拭う。
「ホントは毎日でも綺麗にしてやりたいんだけど、生憎俺らはもうこの学校の生徒じゃねぇからさ」
そのプレートには、かろうじて読めるような薄れた文字で、こう書かれていた。
――風間辰人、ここに眠る。