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病気の配下

「ほら、お食べ。お前の好きなネズミ肉だよ。」


 わたしはそう言って地面に縮こまるようにして座っている彼女の前に狩ってきたネズミを差し出す。しかし、目の前の彼女は顔を俯かせ、少しかじったかと思うとすぐに顔をあげてこちらを見つめてくる。彼女は何も言わないが、その瞳は悲しさで溢れているがわたしにははっきり分かった。


「そう。でも食べないと傷も治らないよ。お願いだから食べてくれる?」


 優しくささやくように努めて言うと、彼女は再びネズミへと意識をやった。ゆっくり、ゆっくりと咀嚼して食べているようだ。負傷し、病気にもかかっている彼女には辛いだろうが、我慢して食べてもらうしかない。


 彼女はわたしの配下の一匹だ。わたしは化け猫で、妖怪の山と呼ばれているこの山の奥の廃村に住んでいる。ここの家はそのほとんどが、柱が腐っていたり全壊していたりと住むことができない状態だったが、偶然にも人が住める程度にはきれいな廃屋があった。それを発見して以降、私はこの廃村に住んでいる。


 この村を発見した当時、わたしは一人で住んでいたが、この村に迷い込んでくる者もいる。それは動物だったり生まれたばかりの妖怪だったりする。迷い込んできた者には村からの出方を案内し、出て行ってもらう。この村には本当に何もないのだ。花も木も無ければ、畑もない。あるのは荒れ果てた地面に建つ腐った建物のみ。そんな廃村に住みたがる者などいなければ、妖怪や知能のある動物は訪れる価値もないと考えるだろう。

 

 そんな廃村でもネズミや小鳥などの小動物は住み着くし、少し遠いが水も手に入るので、私一人が住み着くにはちょうどいい。惜しむらくは年中暇なことだが、一年なんて日向で丸くくるまって目を閉じているだけですぐに過ぎる。日向ぼっこ最高。


 そんな一人暮らしの日々にも終わりが来る。ある時、迷い込んできたのは猫だった。わたしはいつも通り、彼に帰り道を教えて帰ってもらった。その次の日、あろうことか同じ猫が迷い込んできたのだ。前日同様、帰り道を案内していると彼は、ここに住ませてくれないかと頼んできた。わたしは初めてのことだから戸惑ったが、自分が化け猫なのを思い出し合点がいった。この猫はわたしが住んでいるのだから、猫にとっては良い環境なのだとあたりを付けたのだ。

 

 確かにわたしは化け猫で普通の猫より力はあるが、力のあるものが良い環境に住むかというとそうでもない。そのことを彼に説明し、引き払ってもらおうと思ったが彼は、妖怪の山でふらついているよりは安全だと言い、再びここに住まわせてもらえるよう頼んできた。自分の意志で住みたいと思うなら私に許可を取る必要はないのになあ。そう思いながらも、彼の行っていることを間違いだとは思わない。むしろ正しい、理にかなった行為だ。


 よそ者がある土地に移住するときは必ずその土地の長に許可を取らなければならない。この廃村に住んでいるのがわたししかいない今、この村の長はわたしなのだ。その事実に何ともいえない恥ずかしさと不安感を覚えながら、それを覚られないように、彼に対して言った。


「わかった。ここに住んでもいいよ。でもそのかわり、あんまりネズミを食べすぎちゃだめだよ。いなくなっちゃうから。」


 他にも、この村で生きていくのに必要なことを教えている間、彼はわたしを眠そうな目で見つめていた。本当に分かっているのやら……


 この村に迷い込んだ猫がそのまま住み着くことはその後も何回かあった。今では配下の猫は五匹に増えた。配下と言っているが別にわたしが彼らに命令することなどほとんどない。あったとしても大抵は無視されてしまう。情けないが事実なのだからしょうがない。


 彼らが配下になったのはわたしがそう頼んだからだ。わたしも化け猫として、配下を持ってもいいかと思っていたし、彼らも頼れるボスがいたほうが安全だからだ。


 ……頼れるボスになれるよう努力中だ。彼らも自身を配下と認めていないわけではなく、獲物を狩った時は一番いい部位をわたしに食べさせてくれる。今回、傷を負い、病気を患っているのはその配下の一匹だ。


 彼女は獲物を狩っている最中に鼬と喧嘩になったらしい。そうして負った傷から病気が入ってしまったらしい。彼女背中の一部は、その白の体にそぐわない色になっていた。


 赤い肉の上には黄色い膿が溜まり、血こそ止まってはいるものの深くえぐれた肉が痛々しく見えている。病気のせいか、傷が痛むのか、食欲はなく顔色もわるい。日を追うごとに衰弱していっている。


 昨日もネズミをあげが半分ほど食べたところで戻してしまった。今さっきあげたネズミ肉はすり潰したものだが、今のところは戻す様子もなく大丈夫そうだ。


「頑張って。もう少ししたら藍様が来るから。そうしたら、お前の病気を治してくれるよう頼んでみるから。」


 そう言いながら、わたしは彼女の頭を撫でる。いつもはくすぐったそうに頭をそらす彼女が今は素直に撫でられている。その事実にどうしようもなく心配になったわたしは彼女のことを他の猫にまかせ、再び獲物を狩りに出かける。今はそういう気持ちなのだ。


 藍様はわたしの主であり、わたしは藍様の式神だ。式神は主に従属することとなるが、悪いことばかりでもない。主の力が強ければその分式神も強くなるし、後ろ盾ができることで、妖怪に襲われにくくもなる。


 藍様は良い主だ。強くて、頭がよくて、きれいで、カッコよくて、優しくて、厳しいこともあるけど愛情をもって接してくれる。式神になっているというより、式神にならせてもらっているといったほうがよいくらいだ。以前、私なんかが式神でも良いのかと聞いたことがある。藍様は困ったように眉をひそめた後、


 わたしは橙を式神にしたことを後悔していないし、しないよ。そうだろ、橙? 

 

 と言った。その当時は、質問をしたわたしに質問の答えを聞いている意味が分からずおざなりに頷いてしまったが、冷静に考えれば藍様がなにを言いたいのか分かる。


 藍様は定期的にこの村に来る。妖怪の山への定期報告のついでにわたしの様子を見にくるのだ。藍様はここに来るたびに、わたしに弾幕ごっこや座学を教えてくれる。


 私は藍様に褒められたくて、藍様の期待に応えたくて、真剣に取り組んでいる。うまくできたときは柔らかな手で撫でてくれて、失敗してしまったときは優しい声で修正点を教えてくれる。道理に外れたときは厳しく叱られるが、反省すれば笑顔を向けて許してくれる。泣きそうなときは抱きしめてくれる。わたしは藍様が大好きだ。




「橙、それはできない。」


「できないって、藍様の妖術でも無理なんですか?」


「そういうわけじゃない。わたしは手を貸さないということだ。」


「え、なんで、この子死んじゃいそうなんです! ご飯もあんまり食べなくて……」


 そう言って手に抱えている彼女を見る。呼吸は速く、身体も熱い。長い間水浴びをしていない毛は薄汚れていて背中の傷は以前からほとんど回復していない。


 泣きそうになりながら顔を上げると口を堅く結びまっすぐな目でわたしを見る藍様と目が合った。藍様がこのような顔をするときはわたしを叱るときだ。なにかしてしまったのだろうか、そう思い藍様に聞く。


「あの、藍様、わたし、何かいけないことをしたのでしょうか?」


「違うよ、橙。大丈夫、安心しなさい。」


 藍様はわたしを安心させるように優しくいってくれた。それからこう続けた。


「橙は私の式神だ。だからわたしには橙への責任が発生する。それは分かるね? それと同じように、橙にもその子に対しての責任があるんだ。」


「せき、にん……」


 責任。藍様は責任と言った。藍様はわたしの面倒を見てくれている。それは、私が藍様の式神だからだ。藍様はわたしに対して責任が発生しているという。つまり、藍様はわたしに対して何かの義務があるということだ。藍様にはわたしに弾幕ごっこや座学を教える必要がある? 教えなければならない? え、そんな、いや!


「橙!」


 藍様の声で思考から帰る。気が付いたらわたしと、わたしの抱えている彼女は、藍様に抱かれていた。腕の中の彼女を気遣うように、でもわたしを離さないようにしっかりと抱いてくれている。わたしはその状態にどうしようもなく安心してしまった。


「らんしゃまあ……」


「橙、どうしたんだい? いきなり泣き出して。何を考えたんだい?」


 意識しても上がってきてしまう息を抑えながらゆっくりと呼吸を整える。ようやく話せるようになって口

を開く。


「うん、あの、藍様、藍様がわたしに色々教えてくれるのは、えと、し、仕方なく、なのかなって思っちゃって、それで」


「あー、ごめんな、橙。不安にさせてしまって。」


「ううん。でも、こう、してもらって、違うと思ったから。ありがとう。」


「うん。橙、責任というのは、仕方なくじゃないんだ。責任は自分で選んだものについてくるんだ。わたしが橙を式神にしたのだってわたしがそう望んだからだ。橙に物事を教えるのも、主の責任というのもあるかもしれないが、基本的にはわたしがそうしたいからだ。」


「うん、わたしも、この子たちを配下にした。わたしがそうしたかったから。」


「そうだね、だから橙にもその子たちへの責任があるんだ。それでね、橙の教育を紫様が行われないのは紫様がわたしの責任を尊重なさっているからなんだ。」


 え? 責任を尊重? それってどういう意味だろう。紫様は藍様の主で、わたしはあったことないけど、藍様より強いらしい。藍様も紫様を尊敬している。紫様がわたしに会わないのは藍様の責任を尊重しているから? 責任を尊重するってどういうことだろう。


「分かりやすく言うと、紫様はわたしの仕事を取らないで下さっているんだ。橙に色々なことを教えるのはわたしの仕事だからね。」


 ああ! なるほど! そういうことか。ということは、藍様がこの子を助けられないのはそれがわたしの仕事だから? それを藍様が妖術ですぐ治すわけにはいかないってことかな。



「理解したみたいだね。橙は賢いなあ。」


「うん。この子はわたしが責任もって治してあげなきゃいけないんだよね。」


「そうだね、良くわかったね。えらいぞ。」


 藍様はわたしの頭を撫でてくれる。耳に手が当たらないように撫でること一つとっても藍様の優しさが感

じられる。


「藍様、わたしこの子の病気を治したい。どうすればいいか教えてください!」


 わたしは藍様にあたまを下げた。この子はわたしが助けなきゃいけなくて、それを考えたら、藍様にはち

ゃんとした形でお願いする必要があると思った。


「魔法の森にこの病気に効く薬草が生えている。」


 藍様はそう言ってその薬草の特徴を言ってくれた。藍様は終始笑顔で説明していたが、わたしは薬草の特徴を頭で反復して覚えるのに必死だった。


 藍様はわたしが急いでいるのを察したのか、気を付けて慎重に行くように、と言って帰って行った。帰る前にわたしの顔の涙を拭いてくれた。涙を付けながら笑ったり考えたり、変な顔していたに違いない。さあ、準備を整えたら早速出発だ。




「……というわけで、わたしは魔法の森に行ってくるから。その子の世話よろしくね。」


 わたしは自分の家に集まった配下の猫たちに告げる。四匹の配下たちは、あくびをしたり顔を洗ったりしているが、わたしの言っていることは理解しているらしい。珍しく、わかったと返事をしてくれた。やっぱり彼らも彼女のことが心配らしい。

 

 魔法の森は妖怪の山に隣接しているので、早く見つかれば日帰りもできると思うが、夜になってしまうかもしれない。わたしは夜目がきくが魑魅魍魎はびこる夜の森を探索しようとは思わない。魔法の森には、そのあふれ出る魔力に侵されて凶暴化した危険な動植物が多いのだ。夜はおとなしく、藍様から以前もらった妖怪用の結界符を使うことにする。


 弾幕ごっこが出来てから、妖怪同士の殺し合いは少なくなったけど、なくなったわけではない。ルールに従わない妖怪や知能のない妖怪は無条件で襲い掛かってくる。弾幕ごっこができたからって安心はできないのだ。


 よし! と気合を入れた後、魔法の森を目指して出発した。


 魔法の森は文字通り魔力に侵された森だ。そのため、森の植物は魔力を取り込み変色したり、巨大化したり、毒をもつようになったりしている。地面の魔力を水や栄養とともに吸収し魔力の結晶体に近い実をならす木や、それ自体の持つ毒と魔力の反応で不思議な効果を持つようになったキノコは魔法使いにとってはマジックアイテムの貴重な素材になると聞いたことがある。


 植物がそうであるなら、その植物を糧とする動物も同じだ。特に厄介なのが虫で、知能をもたないのであったら無条件で襲ってくるし、妖術こそ使えないが巨体をもつ個体も少なくはない。そういうのに会わないように周りの音に注意して進む必要がある。


 森に入って少し経った頃、大きな物体が地面を這いずるような音が森の奥から聞こえてきた。森の中は木の陰になってあまり光が届かないので薄暗く、その不気味な音に、恐怖と警戒がわたしの中でわき起こる。音がこちらに近づいてきていると分かった時、すぐに草の陰に隠れた。動くたびにチクチクして痛いが、少しの我慢だ。音はどんどん近づいてきてやがてその巨体がわたしの前に姿を現した。


 そいつはぶよぶよのぬめった体で地面を這いずり、肌色の体皮には薄い膜のようなものが張っていた。草陰からじゃ、あまり分からないが、きっとミミズの変異体だろう。虫の中には時々このように巨大化するものがいる。大きくなって力が強くなっただけだが、それだけでも森の中では脅威となる。こいつらは飛べないので、上空から迎え撃てば問題ないのだが、見つかったらその分薬草探しの時間が少なくなってしまう。


 巨体が遠のいた後、わたしは草陰から出た。体についた草を軽く払い、探索を開始する。こうしている間にも苦しんでいる彼女のために、なるべく早く探さなければいけないのだ。




 日が斜めになり始め、森がさらに暗くなり始めたころ木に生えたキノコを見つけた。青地に赤の斑点、根元が緑で白っぽい粉がかかっている。藍様の言っていた特徴と一緒だ!


 これさえがあればあの子の病気が治るんだ。嬉しくなった私はそのキノコを採取しようと無警戒に近づいてしまった。


――プシュ


 空気の抜けたような小気味よい音を出して、キノコは胞子を散布した。急いでその場から飛び退く。先ほどまでいた場所は濃霧のように白い胞子に包まれていた。少し離れた木に座りかかり息をはく。


 び、びっくりした。苦しいくらいに速くなった鼓動を抑えるように胸に手を当てる。ふう、と息をはいた後、立ち上がって再びキノコを取りに行こうとする。しかし、立ち上がろうとして、ぺたん、と再び地面にへたり込んでしまった。


「あれ?」


 我ながら情けない声だったと思う。しかし、気にしている暇はない。再び立ち上がろうとするが足に力が入らない。まるで地面にくっついてしまったようだ。なんどやっても結果は同じだった。足が粘土になってしまったように重く、動かそうとしても動かせないのだ。


 そんな、いや! お願い! 動いて、お願いだから!


 足を何度も叩くが、叩かれている感覚もない。そうしているうちに、今度は手の感覚がなくなった。足を叩くために振り上げた手がぶらりと力なく落ちた。肩より先に力が入らない。そんな、これじゃあ結界符が使えない……


「動いて! 動いてよ! だめ、いや! だれか! 藍様! 助けて!」


 森の中だというのにお構いもなしに叫ぶが、幸か不幸かその声に反応するものは現れなかった。


 こわい、こわいよ。藍様。いや、こんなところ、いやだよ。


 気が付いたら頬がぬれていた。ああ、また泣いちゃったんだ。情けないな、わたし。そういえば心臓も痛いくらいに速い。体も寒いし、もうちょっとあったかい服着てくればよかったかな。そのくせ頭は熱くてぼおっとするし、もういや。藍様、藍様に会いたい。藍様に会いたいよう……


 地面に伏せ息も上がっているわたしに、近づいてくる足音が聞こえた。音の主を確認しようとするが、ぼんやりとした光景しか見えない。目も変になっちゃったらしい。急いで近づいてきたかと思うと、膝の裏に手をいれ横抱きにしてわたしを運んでいく。誰だろう、藍様なのかな。考えるのも億劫な私にその人は問いかけてきた。


「助けてほしい?」


 女の人の声だ。聞いたことはないけど、なんか安心する。それにしても助けてほしいかなんて、そんなの決まっている。それを伝えようと口を開けるが、かすれるような音が出るだけで細い喉からは声がでない。そこで、首を縦に振って問いに答える。


「わかったわ。でもそのかわり、一つお願いがあるの。あなたの絵を描かせてくれる?」


 わたしの絵、絵を描く人なのかな? とりあえず頷いておく。この人は一体なにがしたいんだろう、見ず知らずの妖怪を助けて、絵を描きたいなんて。でも、この人は優しい感じがしてなんだか安心する。ああ、気が抜けちゃった。だめ、寝たらだめなのに……


 それを最後にわたしは意識を手放した。




 眩しさに目を開けると、見たことがない部屋にいた。壁はわたしが住んでいる廃屋とは比べられないほどきれいで、窓からは眩しい光が差し込んでいる。わたしは白いベッドから体を起こし、辺りを見渡す。飾り棚の上にはきれいな人形が置いている。部屋の真ん中のテーブルには作成中の人形であろうものが置かれており、椅子には金髪のお姉さんが腰を掛けたまま寝ている。この人誰だろう? そういえば、なんでこんなところにいるんだろう? たしか、昨日は藍様が来て、魔法の森で……


 ああ、この人がわたしを助けてくれたんだ。自分の状態を確認する。頭もまわるし、寒くもない。手を握ってグーパーしてみると、まだ少しぎこちないが一応は動く。これなら薬草の探索に支障はないはずだ。この人が起きたらお礼を言って出よう。そう思い再び部屋を見渡す。


 本棚の本は丁寧にしまっていて、名前が同じ記号から始まる本はひとまとめにしておいてある。あの記号、藍様も使っていた。あるふぁべっと、って言ってた気がする。名前の順にならべているのかな。几帳面だなあ。部屋も片付いているし、飾り棚の上の人形にも埃がついていない。机の上に作りかけの人形があるし、人形を作っている人なのだろう。


 でも、なんでそんな人が魔法の森にいたんだろう? そういえば本棚の本の題名も変な記号ばかりで、わたしには読めないものが多い。この人はただの人形師じゃないのかな。たしかに妖怪を助けるなんて普通じゃないもんね。でも、だったら……


「あら、起きたのね。調子はどう?」


 いろいろと考えている内に、金髪のお姉さんが起きたらしい。


「うん。まだ、手がちょっと痺れているけど大丈夫だよ。えっと、助けてくれてありがとうございます?」


 なぜか疑問のように言ってしまった。お姉さんは少し笑って机の上の道具を片付け始めた。


「どういたしまして、って言いたいところだけど、わたしも無償じゃないわ。あなたにはモデルになってもらうからね。」


 モデル? 絵を書く約束のことかな。なるべく早く終わらせてほしい。こうしている内にもあの子は苦しんでいるから。その気持ちが伝わったのかお姉さんは、時間はあまりとらせないわ、と付け足した。


「さあ、朝食にしましょう。」


 お姉さんがそう言いながら手を叩くと、飾り棚にあった人形たちが、ふわふわと浮き出して奥の部屋に向かっていった。


「わあ! すごい! そのお人形さんたち生きているの!?」


 わたしは部屋の中に人形たちが浮かぶその光景に夢中になった。まるでおとぎ話のような光景が目の前にあるのだ。一体一体が丁寧に作られていて、人形が意思をもって動いているようにしか見えない。目を輝かせながらその光景をみていると隣からこえが聞こえた。


「秘密よ。でも、喜んでもらえたみたいね。この子たち喜んでいるわ。」


 そういってお姉さんは、お人形さんたちと共に奥に行った。きっと奥に調理場があるのだろう。わたしはその後ろ姿をベッドの上で見つめていた。




 しばらくして、お姉さんが帰ってきた。その傍では人形さんたちが協力して二つの四角いお盆を運んでいる。


「どうぞ、紅茶は飲める?」


 お姉さんと、お盆を運んできてくれたお人形さんたちにお礼を言い席につく。紅茶は知っているが飲んだことはないのでそう伝えるとお姉さんは、じゃあ少し淹れておくわ、と言い緋色の透き通ったの液体を注ぎ、だめなようなら残してもいいわ、と付け足した。


 お姉さんはわたしの対面にすわり、お人形さんたちは棚に戻った。そうした後、食事が始まった。


 わたしは朝食を食べている時にいくつかお姉さんに質問をした。それで、いくつか分かったことがある。まず、お姉さんの名前はアリスというらしい。魔法の森に住む人形師で、倒れていたわたしを偶然見つけて助けたらしい。そして、今はわたしが倒れた次の日らしい。


 わたしが質問したのと同じくらいアリスさんも質問をしてきた。わたしの好物とか、なんの妖怪なのかとか、どこに住んでいるのかとか、いろいろ話した。そうやって食事の時間は過ぎていった。

 

 パンの上に野菜と目玉焼を乗せた朝食はとっても美味しかった。




「じゃあ、そこに座って。楽にしてもらって構わないわ」


 そう言ってアリスさんは椅子に座ってノートを開いた。わたしは言われたように椅子に座る。朝食の時もそうだったけど、この椅子に座ると足が地面につかない。垂れる足をぶらぶらと振りたくなっやうのはしょうがないことだと思う、うん。


 両手を膝の上にグーにして置き、足を閉じて、アリスさんのことを見つめると、アリスさんに、そんなに緊張しなくて大丈夫、と言われてしまった。


 あの子は今どうしているんだろう。みんなは、ちゃんと面倒見ていてくれているのかな。ああ、早く薬草をもっていってあげなきゃ。今日中に探せるよね。でも、もし今日中に探せなかったら? あの子がそれまでもつか分からない。薬草が見つからなくて、もし間に合わなかったら、そしたら……


「橙、少しお話ししましょう。」


「え?」


 アリスさんはわたしの前でものすごい速さで絵を描いている。というか、手元をほとんど見ていない。


「お話。橙もずっと座っているのは暇でしょ?」


「あ、うん。いいよ。じゃあ、何の話しよっか?」


「そうねぇ、そういえば橙はどうしてこの魔法の森にいたの?」


「えっと、薬草をとりに来たの。病気を治す薬草。」


「そう。見つかった?」


「ううん。それっぽいのは見つかったけど、あれは違かったし。」


 朝食の時アリスさんが教えてくれたのだが、わたしは昨日のキノコの胞子を吸ってしまったらしい。あのキノコは生えている木と共生関係にあって、胞子で人を殺し土の養分を肥やすらしい。その養分で木は育ち、キノコの苗床になってくれるみたいだ。


「橙が探しているのは、あのキノコみたいな薬草なのね? はい、前は終わったから今度は後ろを向いて立ってくれる?」


 うん、と頷き椅子から降り後ろを向く。アリスさんが筆を走らせる音が後ろから聞こえる。アリスさんわたしの人形を作るのかな?今度見せてもらおうかな。


「橙はどうしてその薬草を探しているの? お友達にあげるの?」


 さっきよりも優しい声でアリスさんが聞いてきた。気を遣ってくれているのかな。


「うん。お友達っていうよりは私の配下の猫に使うんだ。あの子たちの責任はわたしにあるから。」


「そう、責任があるのね。えらいね、橙は。」


 アリスさんは褒めてくれた。後ろを向いているので分からないが、にっこりと微笑んでくれているのだろう。


「はい、終わりよ。もう座っていいわ。協力ありがとう。」


 アリスさんはノートと筆を机の上に置きこっちに近づいてくる。そして、ありがとうと言いながらわたしのあたまを撫でてくれた。ときどき耳に手が当たってくすぐったかったけど、やっぱりこうされるのは好きだ。


 その後、わたしはアリスさんに泊めてもらったお礼を言い、再び薬草を探しにいくと伝え、アリスさんの家を後にした。が、家を出る前にアリスさんに呼び止められた。どうしたのかと聞くと、この家が森のどこにあるのか分からないのにどうやって森を探索するつもりなのかしら、と言われてしまった。


 赤面し俯いてしまったわたしに対しアリスさんは、ちょっと待ってて、というと奥に消えてしまった。すぐに帰ってきたアリスさんは隣に浮くお人形さんに籠を持たせていた。


 「おまたせ。わたしが妖怪の山まで送っていくわ。」


 え、いや、わたしはまだ薬草を見つけなきゃいけないんだけど。そのことを言うまえにアリスさんがお人形さんから籠をうけとった。


「橙が探している薬草ってこれよね。」


 そういって籠を下ろして見せてくれた中身には、わたしが探しているのと同じ特徴の、青地に赤い斑点のあるツタのような植物が入っていた。


「アリスさん、これって……」


「これは、免疫を強化して、栄養を吸収しやすくしてくれる薬草よ。すり潰して飲むだけでも十分に効果があるわ。」


 きっと藍様が言っていた薬草はこれのことだろう。でもこれを貰ってもいいのだろうか。これじゃあ、アリスさんに頼りっきりになっちゃう。


「でも、それじゃあ、アリスさんが」


「橙、いい? わたしは橙にこれをタダであげるわけじゃないわ。わたしは橙からっ貰ったものの対価としてこれをあげるの。だからもらってくれないと、他のもので対価を払うしかないんだけど……」


 アリスさんはわたしに対価としてこの薬草をもらってほしいと言っている。わたしってなにかアリスさんに何かあげたっけ。アリスさんがそう感じているだけなのかな。

 うーん……




  結局、わたしはアリスさんに薬草をもらった。うけとった時アリスさんは、ありがとうと言ったが、お礼を言うのはわたしの方なのでわたしはありがとうを二回言った。それが可笑しかったのか、アリスさんはくすりと笑って手をさし出してきた。その手を握り、アリスさんと手をつないだ。そうしてわたしたちは他愛ない話をしながら魔法の森を歩いて行った。


 昨日は薄暗くて気味が悪いと思っていた森も、アリスさんが明るい場所を優先して歩いてくれたからか、あるいは二人手をつないでいたからか、とくに怖くもなく、わたしはアリスさんと談笑しながら歩いていた。


 わたしは山での出来事を話し、アリスさんは人里や森での出来事を話した。お互いに知らないことだったので話ははずんだ。あと、アリスさんがすごく強いことが分かった。途中襲ってきた妖怪を遠くへ放り投げていた。お人形さんは使わないのかな、と思ったが今は籠を持っているのだった。そんなわけで、途中びっくりすることもあったが、無事に山のふもとへたどり着いた。日は真上にあるので、昨日出発してからまだ一日たっていないだろう。


「アリスさん、ありがとうございました。また今度お礼に行きます。」


「いいって、そんなに気にしないで。わたしがやりたくてやったんだし、そのお礼はもらっているから。」


 そういってアリスさんはわたしのあたまを撫でる。それと同時に、お人形さんがわたしに薬草の入った籠を渡してくれる。


「じゃあ、わたしは行くから。早くお友達に飲ませてあげなさい。」


 そういってアリスさんは手を振ってわたしを見送ってくれる。


「うん、わかった。ありがとうアリスさん。またね!」


 わたしも手を振りながら、山奥の廃村を目指した。アリスさんはわたしが見えなくなるまで手を振ってくれていたので、わたしもずっと振っていた。ちょっと子供っぽかったかもと反省している。



 村に帰ってきたわたしは急いで家に戻った。扉を開けてみると配下の四匹は彼女を囲んでそれぞれのことをしている。あくびをしていたり、丸くなっていたり、眠っていたりしているものもいるが、彼女を守ろうとしてくれているのは分かった。真ん中にいる彼女は丸くなって眠そうな目でこちらを見ている。背中の傷は前回見た時のままだった。


 わたしは彼女に優しく明るい声で言う。


「ただいま。薬をとってきたよ。」


 まわりでは、配下たちがいつものように眠そうな声をあげていた。




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