第七話 洞窟
前方から向かってくる二匹のゴブリン。大きさは人間の大人ほどしかないが、皮膚は人間のそれよりゴツゴツとして、手には斧が握られていた。討伐対象であるのは、ゴブリンの持つ宝をギルドに持っていくことで換金できるからだ。
どうやら、あちらも俺とエミリアの存在に気付いたらしい。
「ゲ、ゲゲッ人間だぞ! 兄者!」
「ああ。そうだな弟よ。こいつらなかなか上手そうな魔力だ!」
どうやら、大きい方が兄で一回り小さい方が弟らしい。
「シオン。お前は右のゴブリン、私は左だ」
エミリアが俺のそばに来て耳打ちする。大きいゴブリンをエミリアが引き受けたのは、戦闘初心者の俺に対する彼女なりの優しさなのだろう。そして次の瞬間、ゴブリンが走りだし俺たちに向かってくる。
戦闘開始だった。
「お前、うまそうな魔力! 食わせろ!」
弟ゴブリンが斧を俺に向かって振り下ろす。俺はとっさに右に避けた。だが、ゴブリンは振り下ろした斧を横に薙ぐ。その素早い動きに不意をつかれ、斧が眼前に迫る。
よけきれない!
ゴブリンの渾身の力をこめた斧。俺はとっさに右腕を盾に胴体を守ろうとした。刃が触れる。咄嗟に目を閉じた。
「ぐっ!!」
死んだ…………………。
…………。
……。
ん? あれ?
だが、その衝撃やら痛みやらがなかなか来ない。俺はうっすらと目を開けてみた。
「いった……くない?」
「なんだ、お前! なぜ攻撃が効かない!?」
「お?」
斧は俺の腕に触れたまま静止していた。いや、正確いうと、ゴブリンは俺を両断しようと力をこめ続けているわけだが。
見えない何かに阻まれて、それ以上進まなくなっているのだ。
「ぐぅ……!」
それからゴブリンは何度も斬撃を繰り出すが、見えない何かに阻まれ続け、俺の体にかすりもしない。
「おおおおお!」
俺は、斬撃を繰り出し続け疲れたゴブリンに、鉄の剣でゴブリンの体に切りかかってみる。だが、その一撃は易々と受け止められる。
ゴブリンの攻撃は当たらないが、ゴブリンに俺の攻撃は効かないという状況だった。
これは……相手の攻撃が当たらないのは幸運だが……なんという無理ゲー!!
しばらく、両者のにらみ合いが続く。だがそこで、洞窟内がえらく静かなことに気付く。隣ではエミリアが戦っているはずだった。
「エミリア! おい!」
まさか……と思い、エミリアの方を見る。
「私のことはいいから。続けてくれ」
エミリアは、倒れた兄ゴブリンの上にあぐらをかいて座っていた。俺たちの戦闘を観戦していたようだ。
「あ、兄者ぁ!」
それを見たゴブリンの叫びが洞窟内に響く。
「ぐふっ……すまんな弟よ……。お別れのようだ」
「うぐっひっくひっく……あに……じゃ!」
「あーあ、シオンが泣かした」
「いや、お前だよ!」
……なんかかわいそうになってきた。弟ゴブリン、明らかに戦意喪失してるしなぁ。
「どうした、さっさと……ぐふっ……とどめをささぬか! この悪魔!」
「ふん、よかろう……お望みならば!」
ふふふと怪しげな笑みを浮かべ、立ち上がるエミリア。
いやいや! 誰がどう見ても悪役だから!
「ちょっと待った!」
「うん?」
エミリアが振りかざした鉄の剣を止める。
「いやーなんか戦う気なくなっちゃったし……なんか金目の物くれたら見逃してやるよ。いいよな? エミリア」
「えー……ふん。まぁシオンが言うなら」
よかった。これで反対されたらどうしようかと思った。
「本当か! 兄者……!」
「お前ら、なんか宝とか持ってないのか?」
「それなら……この洞窟の奥に宝箱があるはずだ……」
「でも、兄者! あれは……」
「うるさい! いいのかここで死んでも!」
「ぐっ」
……? なんだ? この奥に何かあるのか?
「本当だろうな。嘘だったら……」
「ほ、本当だ! 俺が案内するから!」
松明を持った弟ゴブリンの案内で、手負いの兄ゴブリンは放置したまま洞窟の奥へと進む。
途中、度々魔物に遭遇するが弟ゴブリンが追い払っている。魔物が魔物を追い払うという奇妙な光景だった。
いやはや、兄思いのいいゴブリンじゃないか。
なんて感心していると、洞窟の行き止まりにたどり着く。そこには薄汚れた宝箱がぽつんと置いてあった。
「これだ。持っていくがいい」
「中を確かめよう」
俺は片手に剣を持ったまま、用心深く宝箱を開けた。
「きゅ?」
きゅ?……だと?
宝箱の中にはもこもことした『何か』がうごめいていた。それは黒い鼻をひくひくとさせている。周りの匂いをかいでいるようだ。
「魔物の幼体!?」
エミリアが、おそるおそるそれの頭をなでる。心地いいのかそれは目を細めた。
「くぁわいいいいい! なぁなぁ! つれてかえるぞ!? いいよな!」
俺はもこもこの魔物を抱き上げる。柔らかい感触と、それの体温が腕に伝わる。
「きゅ!」
それは、ぺろりと俺の顔をなめた。
「まさか、魔物の幼体が入っていたとは」
ゴブリン弟もびっくりである。
感想待ってます!