第三話 人助け
あれからおそらく1時間ほど、歩いただろう。
「エミリア……! つ、疲れた……ちょっと待って」
「もう疲れたのか。だらしないな」
息切れする俺とは裏腹に、涼しい顔でエミリアが振り向く。
「おーい! どこに向かってるんだよ!」
息切れしてうまく話せない! 俺、体力なさすぎだろ……。
「この先にエイレンという町があるはずだ。そこで今日はひとまず休憩だな。ほら、早くしないと日が暮れるぞ」
へいへいと返事する。エミリアは俺が追い付くのを待つ素振りも見せない。やっぱ悪魔だ……。
やっとのことで木々がひらけ、草原に出た。前方に大きな町が見えてくる。あれがエイレンの町だろう。
今まで歩いてきた森は町より高地にあるらしく、町全体が見渡せた。
「誰か! 助けてくれ!」
森から町へと続く道を歩いていると、突然どこからか叫び声が聞こえてきた。
「な、なんだ? 今の!」
「こっちだ!」
言うが否やエミリアはその声のする方へ走り出してしまった.。
俺は、エミリアの後を追うかどうか躊躇していた。体力は削られているし、見ず知らずの異世界で面倒なことは極力避けたい。……でも、女一人に向かわせて、男の俺が行かないのもいかがなものか……。
「あー! くそ! 行ってやるよ!」
俺は短い葛藤の末、エミリアの後ろ姿を追って走り出した。
草原には巨大な岩がところどころ鎮座している。その岩陰に声の主はいた。エミリアに追いつくとその様子をうかがう。
「うわぁ……」
なにやらオオカミのような獣の群れに、一人の男が囲まれているようだ。獣の数は10頭ほどだろうか。
「ふん。アイスウルフか……」
エミリアが呟く。
ちらりと俺が顔を窺うとニタリと不敵に笑っている。俺は内心、嫌な予感がした。
うん。エミリア、さっさと町に行こう。これは俺二人の力でどうこうなるものじゃないぞ。
「なぁ、町に行って助けを呼んできた方がいいんじゃないか?」
俺はもっともらしくエミリアに言う。しかし、先ほどまで隣にいたはずのエミリアが忽然と消えている。
「下がれ! 魔物ども!」
は……何やってんのあの娘!
少し目を離した隙に、エミリアは獣の群れに歩いて向かっていた。当然、獣たちの注意は、突然現れたエミリアに向けられる。威圧するエミリアには引くどころかエミリアをじりじりと、とり囲むように動き始めた。
「ふむ……聞かぬようだな。ならば仕方ない。【悪魔の火柱】!」
エミリアの声が響き渡る。そしてそれは唐突に現れる。轟音ともにアイスウルフの群れの間に黒い火柱が上がったのだ。俺の居るところまで皮膚を焦がすような熱気が襲った。
「はぁ!?」
なんて出鱈目なんだ……これが魔法か……。
「キャインッ!」
運よく生き残った数頭のアイスウルフは、一目散に森の中に消えて行った。
「……あ、ありがとうございます」
あっけにとられていた男がエミリアにお礼を言う。俺はエミリアと男の居るところまで近づいた。
長身の男は長い銀髪を一つに束ね、黒いマントを羽織っていた。その顔は驚く程に整っており、長くとがった耳が人間ではないことを示していた。
おおぅ……第一異世界人、発見……。
「麗しい方よ。なんとお礼を言ったらいいか……」
男はエミリアの手を取ってうやうやしく跪く。大抵の女なら、胸を射抜かれるであろう輝くイケメンスマイルで。
男勝りなエミリアも、さすがに照れるのでは……? と、ちらりとエミリアの顔を窺う。しかし、そんな扱いに慣れていないのか作った笑顔が若干ひきつっていた。
「私はフィーノ・ラシティア。冒険者をやっております。よろしければお名前を教えていただけないでしょうか」
「エミリアだ」
「エミリア様……このご恩は忘れません」
「どうしてエルフが魔物に襲われてたのだ?」
エルフ……やっぱり人間じゃないのか。
「私は冒険者をしております。先日、町で依頼を受けて魔物の討伐に向かいました。森での討伐は終えたのですが、魔力が切れておりまして」
ははは、と気まずそうにエルフが笑う。
魔力切れ……こいつも魔法が使えるのか。
「お二人は町に向かっていたのですか?」
「そうだ」
「ではどうでしょう、私もご一緒しても?」
「私はいいぞ。な?」
「ん? あ、あぁ」
急に話を振られてどもってしまった。
まぁ、またさっきの魔物が戻ってきても嫌だしな。このエルフ、イケメンなのが少しむかつくが悪い奴ではなさそうだ。
エルフとエミリア、そして俺の3人でエイレンの町へ向かった。
次回、やっと町へ。