星降る聖夜に、花束を
すみません、クリスマスに間に合いませんでした……orz
蒼衣さん主催の恋愛短編企画に参加させていただいてます!宜しければ他の作品もどうぞ。
死ぬ間際、もし一つだけ願いが叶うのなら。
あなたは、何を願いますか?
XXXX年、12月24日。一人の少年が、交通事故で救急車に運ばれた。交差点で、信号を無視したトラックに撥ねられて。
12/24 13:30
どことも知れない空間の中、少年は目を醒ます。
「……ここは?」
彼の名は中澤亮介。今から一時間ほど前に死亡した少年だ。
「ここは、狭間だよ。生ける者の住む世界と、死んだものの住む世界との、ね」
何処からか、その問いに答えが返って来た。
何処から聞こえて来たのか、と亮介は辺りを見渡すが、誰も見当たらない。「私はここだ!」
再び声が響き、亮介が咄嗟に後ろを振り向くと、一人の男性が立っていた。
「どこから現れた!?」
ついさっきまで何も無かったのに、だ。そして現れた当人(人?)は、
「そんな事はどうでもいい!」
中々に理不尽な事を言った。
「じゃあ、質問を変えよう。あんたは誰だ?」
少し語調を強くして、亮介が言った。
12/24 14:00
「…………で?アンタが神様とやらで、今いるこの場所が死語の世界との間にある所だ、って事は分かったが」
「何か疑問があるのか?」
「強いて言えば、今のこの状況が」
そう。たかが一人の人間の死で、わざわざ「神」が出てくる、というのはおかしい。だとすれば、それだけの理由が何かしら、ある筈なのだ。
勿論、今目の前にいる男が本当に「神」と呼ばれる存在である、と仮定しての話だが。
「神」は口を開く。
「なに、クリスマス・イブというこの日に運悪く死んでしまった君に、神たる私からのささやかなプレゼントを渡しに、ね」
ウインクしながら、「神」を名乗る男はそう言った。
12/24 14:30
「うーん、どの服を着て行こうかな……?」
一人の少女が、自室の鏡の前で迷っていた。
ベッドの上には、却下された洋服が無造作に幾つも置かれている。
「初めてのデートなんだし、お洒落にキメたいよねぇー」
少女は、名を篠原美咲といった。
12/24 15:00
「まあつまるところ、死ぬ前に一つだけ願いを叶えてくれる、と」
「そういう事」
「神」が頷く。
「なら、生き返るっていうのは?」
期待に満ちた顔で、亮介が言った。
「それは無理だな」
至極あっさりと言い放った。
「何でさ?」
「いくら私とて、死んだ命を蘇らせることは叶わないのだ。それは私の管轄ではない。ついでに言えば、願い事の回数を増やす、というのも駄目だ」
釘を刺すように、「神」は言った。
「理由は?」
「私が面倒臭い」
「ぶっちゃけ過ぎだろう!?」
12/24 15:30
服を選んでいた少女は、やっと選び終えた。
「よし、この服にしよう!」
その顔はどこか晴々としていた。
数分後。着替えを終えた少女の携帯電話が、着信音を鳴らした。
その内容を聞き、彼女は崩れ落ちた。
「…そんな。亮介君が……」
12/24 16:00
「で、願いは決まったか?」
「神」は急かすのでもなく、世間話でもするような気軽さで問う。
「なあ、俺って今、死んでるんだよな?」
「いや、正確には意識不明の重体、というやつだな。ただし、眼を覚ますことは無いが」
「…そっか……。その様子、見ることって出来るのか?」
「それは〈願い事〉か?」
「違う、〈お願い〉だ」
はっきりと、亮介は言った。
12/24 16:30
美咲は、亮介が搬送された病院にいた。手術は既に終わり、亮介は病室へと移されていた。
「……亮介君…………」
少女は神に祈る。もう一度、大好きな彼に会えるように、と。
12/24 17:00
亮介達が、病院に到着した。
「まさか自分が寝ているところを眺めることになるとはね……」
病室に入る前に、亮介は呟いた。そして、ドアを開けて入ろうとすると、啜り泣く声が聞こえた。思わず、手が止まる。
「どうした?入らないのかい?」
不思議そうに「神」が問う。
「ああ、……そうだな」
少し躊躇ってから、再びドアノブに手を掛けた。
「……君は何をしているんだい?」
心底怪訝そうな顔をして「神」が言った。
「へ?」
「私たちには実体が無いんだよ?ドアを開けられる訳がないだろう?」
確かに。
「じゃあどうするんだ?」
「壁を抜ければいいだろうに」
成る程。
「でもそれは何となく、心理的に抵抗が……」
感覚的には、壁に向かって自分からぶつかりに行くようなものだ。
「ほら、覚悟決めろ」
「うわ、ちょ、押すな!」
ドン、と後ろから突き飛ばされた。そしてそのまま、病室へと飛び込む。
「……み、美咲!?」
そこには、付き合い始めて未だ間もない恋人の、篠原美咲がいた。
「なあ、普通の人には俺達って見えないんだよな?」
「ああ、たまに霊感が強い人とかは見えるけどな」
成る程な。……よし。
「決まったよ。願い事」
「ほう。言ってみろ」
「暫く、実体がほしい。一時間ぐらい、いや三十分でもいい」
「ふん。そう来たか……いいだろう。その願い、叶えてやる」
言うと、何やら怪しげな手つきを仕出した。
「あ、ちょっと待ってくれ」
慌てて呼び止める。
「どうした?」
「一つ用意してもらいたい物があるんだ」
12/24 18:00
もう、美咲が来てから一時間と三十分が経過した。しかし、一向に亮介は眼を覚まそうとしない。
「ねぇ……、起きてよ…………」
少女の祈りは、届かない。
「…飲み物買って来よ……」
美咲は呟くと椅子から立ち上がり、病室を出て、自動販売機の置かれている休憩所へと向かった。
そして、それを二つの人影が覗いていたことを彼女は知らない。
美咲は、自動販売機の側にあるベンチでジュースを飲んでいた。そこに、
「やあ、美咲。メリー・クリスマス」
亮介が歩み寄る。
「り、亮介君!? どうしてここにいるの!?」
驚いたように美咲が言う。その後、亮介に「静かに!」と囁かれ、我に返る。
「でも亮介君、病室のベッドで寝てた、ううん、そもそも意識不明だった筈なのに、何で?」
「ちょっとズルをしたんだよ。それで、君にお別れを言いに来たんだ」
どこか淋しげに笑いながら、亮介は言った。
お別れ、という言葉に、美咲の足が震え出す。
「もう、居なくなっちゃうの?」
「…ああ」
「もう、会えないんだよね?」
「……ああ」
「…もう二度と、一緒に笑ったり、遊んだり、お喋りしたり……出来ない、よね?」
「………ああ」
美咲の声は、涙声になっていた。眼からは涙が止まらない。亮介は、例によって悲しげな微笑み。しかし、その眼は涙に滲んでいた。
美咲はとうとう言葉が出てこなくなったのか、啜り泣き始めた。亮介はそれを見て、何も言わずに震える美咲の肩を、背中を、抱きしめた。
俺は今、ここにいると。紛い物の身体でも、確かに今ここに存在していると、そう訴えるかのように。
亮介の頭の中に、「あと三分でタイムリミットだ」という声が響いた。名残惜しいが、そろそろ最期の言葉を伝える為、美咲を抱きしめていた腕を解く。
そして、美咲に顔を真っすぐに向けて、眼を合わせて、言う。
「美咲、ごめんね。そろそろ、お別れの時間みたいだ」
「……逝かないで、って言っても、ダメなんだよね?」
「……うん。どうしようもないみたいだ」
「……そう、じゃあ、仕方がないね…………」
「…ああ、そうだ。君にクリスマスプレゼントがあったんだ」
そう言うと、亮介はどこからか綺麗な花束を取り出した。
「メリークリスマス、美咲」
一度は止まっていた美咲の涙は、もう一度溢れ出した。最期だから、亮介の顔を見ていたいのに。視界は滲んで、よく見えない。
「泣かないで、美咲。泣き顔も可愛いけど、俺が一番好きなのは美咲の笑顔なんだから」
「…うん」
「ほら、涙を拭いて、顔を上げて。最期は、俺の大好きな笑顔で見送ってくれよ」
「……うん」
「…俺が死んだら、俺の事は忘れて、新しい好きな人を探しなよ」
「……え?」
「そうして、幸せになってくれ」
「…………」
美咲は、涙が止まらなかった。
次第に、亮介の身体は粒子になって、溶けるように薄くなっていった。
「お別れだよ、美咲」
その言葉を聞いて、美咲は亮介の身体を抱きしめた。その温もりを、離さないようにと。しかしそれも虚しく、亮介は消えてゆく。
「ああそうだ、最期に大切な事を言い忘れてた」
抱きしめられたまま、亮介は消えそうな声で呟いた。
───世界で一番誰よりも、君の事を愛してるよ、美咲……
その声が聞こえた瞬間、美咲の腕の中の温もりは完全に消え失せた。
12/24 18:30
「……ここは…………」
亮介の寝ている病室で、美咲は眼を覚ました。
「……夢?」
美咲は、周りを見渡す。と、
「あの花束は……! …夢、じゃなかったんだ……!」
サイドテーブルの上には、亮介のくれた花束が置いてあった。
「!! …ということは、まさか……」
心電図は……止まっていた。
美咲の肩が、震え出した。彼女は黙って、ナースコールのボタンを押した。
12/24 19:00
心のどこかに、ぽっかりと大きな穴が空いたような感覚だった。
「…これからどうしよう?」
亮介が寝かされている病室のすぐ外の廊下で、美咲は一人佇む。
窓の外には、満天の星空。
眼を閉じれば、亮介との短くも楽しかった日々が脳裏を過ぎる。楽しいことだけじゃなかった。喧嘩もした。嫌な思い出もある。それでも、そんな思い出すら愛おしく思える。
そうだ。これからの事なんて、これから決めていけばいいんだ。君の幸せを見つけろと、彼も言っていた。
そう、ふと思った。
窓の外の星空から眼を離し、踵を返して歩き出す。
窓の外には、変わらず煌めく星空が映っていた。
星降る聖夜に、花束を。
目茶苦茶難産でした。
プロットだけで3、4回変更になりました。書き始めてからも修正を繰り返した結果、とうとう間に合いませんでした……。