0-(4) 日常と非日常。
ある少年は、とても悔しかった。
ある少年は、とても愉しかった。
ある少年は、とても悲しかった。
少女はある少年のために走った。
☆☆
「よぉ、大島ぁ!お前なら逃げて帰ると思ったが……、案外そうでもなかったなぁ。度胸だけは認めてやるよ、大島!」
「おいおい、山田!コイツは度胸もクソもないだろ!冗談キツいぜ?山田!」
「がははは!そうだったなぁ…!」
ガサツに笑うその山田と言われる男は、学校一喧嘩が強いとされる不良生徒だ。
「あの…山田くん……」
「おぉ?なんだよ、大島」
「もう…お金あげるとか、盗みとか……できないよ」
「ああん?手前ぇ今なんつった?」
一瞬にしてガサツな笑顔は厳つい恐ろしい顔になった。
「だっだから…っもうこういう事はやめたいって…」
恭平がびくびくしながら、それでも勇気を振り絞って言った最大の言葉だった。
「手前ぇふざけてんのかよ!!?あぁ!?どこのどいつだぁ、俺の下につきたいって言った野郎はよぉ!」
「あっ…あれは……その…」
「んだよ!なんかあるのか?あぁ…って!?」
ガンっ
突然、英和辞典がとんできた。
「えっ?」
そう呟いたのは恭平。
「誰だ!痛ぇな!!!!」
「お…おい山田…。本飛んでくるって…2年の…」
そこに立っていたのは…。
「やぁやぁ、山田君。例え本人の頼みだとしても、いじめ良くないなぁ」
「誰だ手前ぇ?」
「あれ?君、私の事……知るわけないか〜。山田君さぁ、自分が最強だと思ってるから他の情報とかどうでもいいんでしょ?なんて言うの?自意識過剰?」
「山田やべぇよ…こいつ2年の………逢坂茉帆だよ……」
他でもない、大島恭平を助けに走った茉帆だった。
「逢坂って折口のか…?」
「そうだよ!どうすんだよ、コイツのバックには折口とか幸村とかいるんだぜ!?」
その会話が聞こえない茉帆は頭の上に”?”を浮かべる。
「ちょっと…何こそこそ話してんの」
山田は肩をびくっと上下に動かした。
「な…なんだよ」
「私を無視していいのは、修也と燎だけなんだけど…?あ、ゆりあとあみなもか。まぁ、無視するって事は……」
茉帆は楽しそうに笑う。
「私との喧嘩に勝てるって事だよねぇ?」
それは、とても楽しそうな笑顔だった。
「は………?」
「勝てるんだよねぇ?」
どこから出したのか、分厚い本が茉帆の手にあった。
「さぁ、私を楽しませてくれるかな?」
「…こっの……野郎ッッ!!!!!」
山田は茉帆に殴りにかかった。
「わぉ…。本当に来たし。まぁ2人なら楽勝かな」
山田の拳を最小限の動きでかわす茉帆。
「あんまり、大袈裟に動くと体力なくなるよ?」
「…っるせ!!!!」
山田の背中に回った茉帆は持っていた本で軽く叩く。
「がッ…!!?」
山田が倒れ、もう1人が逃げて行った。
「ふぅ…なぁんかしょぼい……。この展開は、そう。仲間を呼んで私が逆に追い込まれる……っていうね。いいじゃん、面白いから仲間呼んで欲しいな」
「ばっ…かにしやがって!!」
「あ、気絶してなかった?なかなかやるねぇ、君」
「はっ…後ろを見ろよ、逢坂よぉ。あれ見ても、そんな余裕でいられるのかぁ?」
「は?」
茉帆の後ろには、大量の男がいた。
「ふーん。いいね、こういうの。わくわくするよ!!!楽しいねぇ!!!」
山田は起き上がって、茉帆の前に立つ。
「随分余裕じゃねぇか」
「君もそろそろ余裕がなくなると思ったら、わくわくしちゃって」
「はぁ?なに言ってんだ手前」
「さぁ、そろそろヒーローになる時間だ。女の子を助けるのは……」
修也はニヤリと笑い
「この俺だ」
そう言うと、修也は制服のポケットから携帯をとりだし
「あ、燎?今、茉帆が大変なんだけどちょっと手伝いに行ってくれないかな?…あぁ、大丈夫。大方、茉帆が片付けてくれるから。うん、よろしく」
修也は電話をきって、そして。
「君はただの、茉帆のアシスタントにすぎないんだよ。ヒーローは、この俺だからね。俺は間近で見学でもしよう」
修也は中庭の方へ、足を進めた。
☆☆
「はぁ…はぁっ…。流石に多すぎでしょ…。一体何人いんの」
「茉帆っ…!!!!」
「あ、燎。どしたの?」
「修也に頼まれたから、ここに来たんだよ!つか、これどうしたんだ!?」
「あぁ、これ?………巻き添えくらった」
「はぁ!?ま、とりあえず手伝ってやるから、もうちょい頑張れよ」
「………修也はどうした?」
「アイツ?知らねぇ。ここに来てねえのか?」
「いない。アイツ…、無視きめこみやがって」
この会話の瞬間にも、茉帆と燎は次々と男達を殴り倒していた。
「なんだよコイツらっ…!!気味悪ぃ!」
「コイツ、幸村燎…っ!」
「幸村…!?こんなのに敵いっこねぇよ!!逃げるぞ!!」
次々に逃げて行く男達。
その姿を見て、あっけに思う茉帆と燎。
「なにあれ…」
「さぁ…。まぁ、良かったんじゃねぇか?大島も無事だし」
「だよね〜。俺ほんと見てるだけで良かった」
「修也!?お前っ今までどこにいたんだよ!!」
「え?そこにいたけど」
修也が指をさすのは、中庭にかかっている渡り廊下。
「そんな身近にいるんなら、助けろよ」
「えーこれ以上怪我はしたくないよね」
「それで、俺がかり出されたわけか…」
「ご名答♪」
「あ……あの!」
話を盛り上げる3人を止めようと、恭平が声をかける。
「あ…ありがとうございました」
「いやぁ、お礼言われる程の事してないし……」
「人の好意は受け入れないと、あとで後悔するよ?茉帆?」
「黙れ」
「痛っ」
さっき使っていた本を投げる茉帆。
それにあっさり、直撃する修也。
「それで、その…お礼…をしたいんですけど」
「あーそんなのいらないから」
茉帆がさらっと言う。
「え?」
不安そうな顔をした恭平を察したかのように、燎が慌ててフォローする。
「いやっ、あの茉帆はただなっ!今回の事は、自分の鬱憤晴らしって思ってるからさ……お礼を貰うのはおかしいって思ってるだけでな?悪意があったわけじゃないんだよ」
ごめんな、と燎は最後に言った。
恭平はホッとしたような顔をして、言葉を紡いだ。
「とにかく、今回の件はお礼をさせてください。でないと、僕の気が済まないっていうか……」
恭平はあははと笑った。
「そこまでいうなら…そうだな………」
「君についての情報を頂戴よ」
茉帆が悩んでいる横で、修也が首を出した。
「え?情報…ですか?」
「ちょ、修也。それはやめて、お願いだから」
「え〜?俺にとっては、それがお礼になるのだけど?」
「お前はなにもしてないでしょ」
その何気ない茉帆の一言に修也は反応した。
燎は焦った。
「俺が何もしてない?燎をここに呼んだのは俺なのに?」
「え?そうなの?あーなんかごめん」
「なんかあっさりすぎて、いやなんだけど」
「じゃあ、なにをしろと?」
「それは今度の仕事の時に言うよ」
恭平はある言葉にひっかかった。
(……仕事?)
日常はふとしたときに非日常になる。
それが面白いのではないだろうか……。
逢坂茉帆はおもう。