夢
ー神。
それは、人が勝手に造り、不要になれば忘れ去られる・・・
そこに悪意は無く、しかし生み出した責任を取ることはない。
残されたモノが感じるのは怒りなのか、はたまた哀しみなのか・・・
ー今でも時々、夢をみる。
「・・・いらっしゃいませ〜」
父が運転する車。
その後ろに乗る私。
「でさ!その時あいつが…」
車は山奥へ向かう。
家族でよく行った、ラーメン屋だ。
「あ、38番で」
「・・・はい。以上でよろしかったでしょうか」
「えー、peypeyで」
「・・・こちらにタッチお願いします」
美味しかったな。
今でもたまに思い出す。
だけど、思い出す理由は味じゃない。
「・・・ありがとうございました」
道中、毎回必ず「居た」のだ。
遠目に見える山の天辺。
人影のようなもの。
「・・・疲れたな」
母に聞いたことがある。
『あれなぁに?』
『あれって?』
『山の上!誰かいるよ?』
『山の上?・・・何も無いわよ〜?』
『えー!いるもん!あそこ!』
家族には見えていなかったのだろうか。
そこまで遠い距離でもなかった。
歳を重ねるごとに行かなくなったあのラーメン屋。
いつの日か、その山の上の「何か」の記憶は徐々に薄れていった。
ーはずだった。
「・・・明日行ってみようかな」
ふと、そう思った。
最近夢に出てくるのだ。
その「何か」が。
勢いで都会に飛び出してきたものの、何もやることが決まらず、今は深夜のコンビニバイト。
優柔不断だな。
自分のことをそう卑下し、もう数年が経つ。
卒業まで育ててくれた親に合わせる顔もないが、勇気を出して聞いてみた。
『久しぶり。元気にやってるよ。昔さ、よく行ってた山の上のラーメン屋あるじゃん?あれなんていう名前だっけ』
思いつかない言葉。5分考えてようやく打ち終わった文章だった。
別に連絡を全く取ってないわけではないが、特筆して何か報告することもないから頻度は少ない。
返事が来たのは朝方だった。
バイト終わりだから私は寝ている。
メールの返信に気づいたのは昼過ぎだった。
『【山峰亭】のこと?今はもうやってないんじゃないかな〜』
目的はそっちじゃない。
ただ、閉業となると探せるかどうか・・・
『ありがと!なんか思い出したくても思い出せなくてね』
『あんたあそこのラーメン好きだったからね〜』
他愛もない会話。
親不孝でごめん。
そう思いながら、身支度をした。
今日と明日はバイトがない。
自分の実家もさほど遠いわけではない。
時間に余裕がある。
『明日もしかしたらそっちに寄ってもいい?近くに行くかもしれなくて』
『いつでもどうぞ。ご飯はありものだけど』
『大丈夫だよ。ありがとう』
気付いたら車を走らせていた。
ラーメン屋は案の定閉業していた。
だが、ネット検索で住所は出てきた為、向かうことは出来た。
目的地までは2時間ほど。
だが、その2時間先の目的地よりも、大事なのは道中にある。
「・・・なんでこんなことしてるんだか」
居る?
そんな確証はどこにもない。
だが、行かずにはいられなかった。
最近になってよく夢に出てくる「何か」。
ぼんやりと・・・それが何なのかまではやはりわからない。
あの時と同じ、父が運転する車の後部座席。
窓越しに見た山の天辺。
あの風景だ。
何故今更?
今年で25歳。
こういうのって子供の時の思い出くらいで終わるんじゃないの?
何かに引っ張られるように、山へ向かっていた。
「・・・あっ、この看板・・・」
懐かしい。
ここを曲がると、あとは直線。
そしてその道中に、その山は見えるのだ。
心臓が、跳ね上がりそうだった。
何故かわからない。
何の確証もなく、深い意味もなく、ただここへ来た。
なのに、今からとんでもないことが起こるのではないかと、体全体が身震いしている。
死ぬ?
私死んじゃう?
もしかして霊界へ誘われてたりする?
元からそういうオカルトチックなものは好きな方だ。
だがこの身震いは・・・恐怖ではなく、期待。
それに近い気がした。
確信しているのだ。
理由はない。
居る。
あの「何か」が居るのだと。
本能が確信している。
例の道に差し掛かる。
山の天辺を見る。
「・・・!!!」
やはり、居た。
とにかくまずは車を脇に停め、じっくりとその「何か」を観察した。
「やっぱり人に見える・・・」
だが奇妙なのは、木の上に真っ直ぐ立っているということ。
木に捕まってるとかではない。
真っ直ぐ立っているのだ。
浮いている?ようにも見える。
そして、羽が生えている。
「・・・」
超常的なものに対し、思考が追いつかず、ただその「何か」を見つめることしか出来なかった。
突如、その「何か」がこちらを向いた。
「!!」
遠すぎてわからないが、目が合った気がする。
ヤバい?
ヤバいのか?
あたふたしていると、その「何か」はフッと姿を消した。
「・・・?」
すると突然、目の前で木枯らしのような風が巻き起こった。
「うわっ・・・!」
咄嗟に顔を腕で覆い、砂や木の葉が顔に当たるのを防いだ。
止んだかと思い、ゆっくりと腕を外すと、腰が抜けそうになった。
「!!!」
目の前に、その「何か」が居た。
「う、うわぁぁぁ!」
驚き、尻餅をつく私に、その「何か」は話しかけてきた。
「お主・・・あの時の童か?」
「!?!?」
私、何かした?
自分の犯してきたであろう罪?みたいなものを頭の中で巡らせていると、「何か」が口を開いた。
「見間違えるはずもない。ここ最近でワシを捉えることが出来た者はお主しかおらん」
ここ最近?
深夜バイトしかしてませんが・・・
とらえるって?捕まえた的な?
あなたなんて子供の頃に見たくらいです。
「ワシが分からぬか?分かるから先刻までワシの方を見ておったのかと思ったぞ」
「あ、いや・・・わかるというか・・・」
なんて言ったら良いのだ。
言葉を間違えたら殺される?
「あの・・・子供の頃にあなたを見て・・・なんかこう・・・また見たいな〜って・・・」
「やはり!あの時の童ではないか!」
「何か」は嬉々としていた。
一目見てわかる喜び。何が嬉しいのかわからないが、悪い方向にはいかなさそうだ。
「あ、あの・・・あなたは・・・?」
「む?・・・そうか、ワシのことが分かるから来たわけではなく、お主の中の何かに従ってここに来たわけだな?」
「・・・た、多分」
「そうだな。人は皆、ワシのことを『天狗』と呼んでいる」
「て、天狗・・・?」
天狗?
あの赤い顔して鼻が長いやつ?
でも結構普通の人に見えますけど・・・
あ、でも下駄は履いてる。
「そうだ。・・・して、お主の名は?」
「あ・・・た、高山寧々(たかやまねね)です・・・」
「タカヤマネネ?昨今にしては長い名だな」
「名・・・あ!寧々です!寧々!高山は性です」
寧々は直感した。
天狗と名乗るこの男は、恐らく我々人間とはかけ離れた存在。
そして、長い時代を生きているのだと。
「ネネか。良い名だな!・・・してネネよ。何故ここに?」
「・・・それが、わからないんです」
「ほぅ」
「子供の頃見たあなたを、何故か最近夢でよく見て・・・気が付いたらここに来てました」
「・・・なるほどな」
天狗は山の方に目をやった。
何かを考えるような・・・その横顔は、どこか寂しげでもあった。
「・・・恥ずかしい話だが、気が付かぬ内にワシからお主に助けを求めておったのかもしれぬ」
「た、助け・・・?」
「うむ」
そう言うと天狗は、寧々の方に向き直り、ガードレールの上に座った。
「時に寧々よ」
「は、はい」
「神は信じるか?」
「か、神・・・ですか」
少し考えてみる。
そりゃまぁ冗談?ではやはり若い頃に・・・ただまぁ信じてたとは違うような気もする。
「正直・・・あんまり考えたことは無いかもしれません」
「そうだろうな」
天狗は少し俯いた。
何か少し、寂しげな表情に見える。
「神というものは、本来人間が造ったものなのだろうな」
「・・・」
「厄災から免れようと、人間がすがった『願い』のようなものに近いのだろう」
「願い・・・」
「ワシもまた、人間に願われ誕生した」
「え・・・」
「別に自らを神とは思っていない。ワシには、この山で力を存分に発揮し、人間達が平和に暮らせるよう村を監視しておったのだ」
「・・・」
「だが、今の世の中には・・・もはや我々のような存在は必要がないのかもしれん」
「え・・・」
「願わずとも、手に入るのだ。『幸せ』が。『安寧』が」
「・・・」
なんとなく、言いたいことがわかる。
「本来ならば喜ばしいことだ。人間達が自らの力で道を切り開き、太平の世を築いてゆく。先人達が思いを馳せた平和な未来が、今ここにある」
「・・・」
「だが、それと同時に・・・我々のような存在は・・・お役御免となり、この世から消えてゆく」
「そ、そんな・・・」
「人間の勝手だとは思わない。ワシはワシの仕事を生涯全うしただけなのだろう」
「・・・」
「だがな・・・未練があるのだ」
「未練・・・?」
「せっかく人間が築いた太平の世を、少し楽しんでみたいと、ワシは思ってしまったのだ」
天狗の顔は、何処か無邪気な子供のように見えた。
「何故だろうな。本来我々にそんな感情はもたらされないはずだが・・・長く生きている間に何かワシの中で変化があったのだろう」
「・・・」
「ワシはな、これを良き機会と見た。人間達が築いた文明を慈しみたいと思った。だが・・・」
「・・・」
「ワシはこの山から出られないのだ」
「・・・」
なんとなく理解はしていた。土地神みたいなものだろう。その土地の守り神、簡単に他の土地に行けるわけもない。
「・・・どうにかならないですかね」
「そこでお主だ!」
天狗は急に寧々の方をまっすぐ見た。
「!」
「ワシの力は年々落ちてきておる。ワシのことを認識出来る人間は少なくなってきておるのだ」
「え、で、でも私・・・」
「そうだ。お主はワシが見えておる」
天狗はガードレールから降り、寧々に近づいた。
「寧々よ、頼みがある」
「は、はい」
「ワシに、お主ら人間の文明を見せてくれぬか」
「え、ええ?」
そう言うと、少し寂しげな表情に戻った天狗。
山を見渡している。
「このままでは、いつこの世から消えるかわからぬ。ならば、少しでもお主達人間が築いた文化を嗜みたいのだ」
「・・・」
「なんでも良い、ワシが長きに渡り守ってきた人間の文化が、今やどれほどのものなのか、気になって仕方がないのだ」
寧々はとりあえず周りを見渡す。
車・・・?
いやでも、説明が出来ない。
どうしようかと悩んでいる時に、ふと頭に浮かんだ。
「あ・・・」
「お、どうした」
「ちょっと待っててください」
そう言うと寧々は車を開け、袋を取り出した。
中から三角の代物を出す。
コンビニのおにぎりだ。
「これとか・・・どうですか?」
「これは・・・?」
「おにぎり・・・おむすび?かな?」
「これが?このまま齧るのか?」
「えーとですね、ここを引っ張ると・・・」
目の前でおにぎりを開封してみせた。
「これは・・・何故むすびをこんな面倒な袋に?」
「ん〜なんでだろう。長持ちするとか?」
「保存に向いているということか。確かに見たことのない袋だ。この巻かれている黒いものは海苔か?」
「そう!よく知ってますね」
「見たことはあるが、綺麗に巻かれておるな」
するとおもむろに、一口齧ってみる。
「・・・!これは・・・」
「どうですか?」
「美味い・・・!なんだこの・・・不自然な新鮮さは。これもその袋のおかげというのか」
「多分そうだと思います」
「あとこの・・・なんだ?この中身は・・・」
「これはツナマヨと言って・・・マグロをマヨネーズで和えたものです」
「マグロとな。して、そのまよねえずとはなんだ?」
「あ〜・・・調味料?醤油とか塩とかあると思うんですけど、そういう調味料の・・・新参?的な感じ?ですね」
「ほ〜」
気付いたらあっという間に完食していた。
非常に美味だったようだ。
「美味い」
「お気に召しましたか」
「今まで村の者から供物をよく頂戴したが、調理されたものはあまりなかった。これはすごいな。たかだがむすび程度が、ここまでの品に成り上がるとは」
「まだまだいっぱいありますよ。今日は持ってきてないですけど・・・」
「なんと・・・!楽しみが増えたな。やはりまだここで消えるわけにはいかぬ。寧々よ。残る余生、ワシを楽しませてはくれまいか」
「まぁ・・・いいですよ。やることもなかったし・・・」
「すまぬな!はっはっは!」
天狗は非常にご機嫌である。
「もはや消えるのみと思っていたが、なかなかどうして・・・寧々よ、感謝するぞ」
「天狗様も、また私来ますから。まだ消えないでくださいね」
「うむ」
そう言うと天狗は、羽をバサっと翻し、山の天辺に向かって飛び立った。
「・・・とんでもないのに逢っちゃったな」
旅の目的は達成されたのか、はたまた今・・・始まったばかりなのか。
少なくとも、寧々の人生に刺激的な時間が追加されたことは間違いないだろう。
本当にフッ!と思いついたので思いついた勢いで書きました。
割と平和めに行くと思います。
よしなに。




