死に至る瞬間の、最後の一息。 (THE LAST BREATH BEFORE DEATH)
この世界は、最初から不公平だった。
跡形もなく消えていく人々。
静寂の中で流される血。
そして——「力」こそがすべてを決める。
ライネックスは、自分の立ち位置を痛いほど理解していた。
どん底だ。
彼は母親と二人きりで暮らしていた。壊れた世界の中で、彼女だけが唯一の光。父親はいない。友人もいない。他に頼れる者は誰もいなかった。
学校での彼は、単なる「標的」に過ぎなかった。
廊下を歩けば嘲笑がつきまとい、
背後では冷やかしの声が響く。
痛みは、日常の一部となっていた。
時々……すべてを終わらせたくなった。
消えてしまいたかった。
けれど、それはできなかった。
彼女が、そこにいたから。
母親の、あの優しい微笑み。
疲れ果てながらも、彼のために強くあろうとするその瞳。
もし自分が消えてしまったら……誰が彼女を守るというのか?
「……もう少しだけ、耐えよう」
それだけが、彼を繋ぎ止める唯一の理由だった。
今日は、16歳の誕生日。
残酷な世界の中で、触れれば壊れそうなほどささやかな幸せ。
母さんは、大好物のケーキを作ると約束してくれた。
それだけで、自然と笑みがこぼれた。
学校からの帰り道、体中の痣も、耳障りな笑い声も、背後の野次も無視して——彼は笑った。
今夜だけは……すべてが普通であるかのように振る舞える。
一緒に笑って、夜遅くまでゲームができるかもしれない。
だが……運命はすでに、別の結末を用意していた。
帰路の途中、彼は「それ」を見てしまった。
三つの影。
一人の遺体を見下ろす男たち。
薄れゆく光の中で、地面に広がる血はどす黒く、重苦しかった。
空気が、狂っている。
重い。
息が詰まる。
彼らは普通じゃない。「力」を持つ者たちだ。
ライネックスは凍りついた。
動けない。
呼吸すら忘れた。
静かにしていれば——透明な存在のままでいれば——助かるかもしれない。
数秒が過ぎた。
その時、一人が振り向いた。
その視線が、彼と重なる。
「……ほう、お出ましか」
反応する間もなく、奴らが動いた。
速い。速すぎる。
襟首を掴み上げられ、
腹部を殴り抜かれ、肺から空気が弾き出された。
全身に激痛が走り、視界が滲む。
何かを叫ぼうとしたが、声にならない。
「運が悪かったな、ガキ」
彼の体は地面を引きずられ、すべてを飲み込む川へと運ばれていく。
誰の声も届かない場所。
誰にも見つからない場所へ。
その瞬間、ライネックスは悟った。
この世界は……最初から、彼のような人間を生かしておくつもりなんてなかったのだ。




