第8章:国の危機と、一筋の光
私が辺境でスローライフ(もはやスローとは言えないほど多忙だが)を満喫している頃、エルディオス王国は静かに、しかし確実に、大きな危機に直面しつつあった。
隣国であるガルニア帝国との関係が急速に悪化したのだ。これまで王国は、食料、特に小麦の多くをガルニア帝国からの輸入に頼っていた。しかし、帝国側が一方的に関税を引き上げ、事実上の禁輸措置を取ったことで、その供給が滞り始めたのだ。
さらに不運は重なる。その年に限って、エルディオス王国全土が、原因不明の凶作に見舞われたのだ。日照りでもなく、長雨でもない。作物がただ、育たない。葉は黄色く枯れ、実は小さく、収穫量は例年の半分以下に落ち込んだ。
王都では、聖女リリアナがその癒やしの力で土地を浄化しようと懸命に祈りを捧げたが、効果はほとんど見られなかった。
「どうして……私の力では、土地の嘆きを癒せない……」
彼女は自分の無力さに打ちひしがれるしかなかった。
パンの価格は日に日に高騰し、民衆の間には不安と不満が渦巻き始める。貴族たちは来る食糧危機を前に右往左左往するばかりで、有効な手立てを何一つ打てずにいた。
レオナルド王太子は、日に日に険しくなる表情で、執務室に篭っていた。
そんな絶望的な状況の中で、唯一、王国に差し込んだ一筋の光。
それが、私の治めるヴァインベルク辺境領だった。
「報告します! ヴァインベルク辺境領のみ、例年を遥かに上回る豊作とのこと!」
臣下からのその報告に、会議室にいた誰もが耳を疑った。
「馬鹿な! 王国全土がこの有様だというのに、あの痩せた辺境領だけが豊作だと?」
「間違いありません! 商業ギルドのクロード・メルカトル氏によれば、セレスティーナ・フォン・ヴァインベルク様が開発したという『魔法農業』により、ジャガイモやトマトといった新しい作物が、有り余るほど収穫されている、と!」
ジャガイモ――それは、小麦の代わりとなりうる、新たな主食。
その事実に、レオナルドは目を見開いた。
彼は知っていた。いや、確信していた。セレスティーナならば、何かをやってくれると。しかし、その「何か」が、国そのものを救う鍵になるとは。
「すぐにセレスティーナを王都に呼べ!」
保守的な貴族たちが「追放した罪人を呼び戻すなどと!」と反対する声を、レオナルドは一喝した。
「今は国の存亡がかかっているのだ! プライドや面子にこだわっている場合ではない! これは、王命だ!」
レオナルドの鶴の一声で、私の元に王都からの勅令が届くことになった。
物語のスケールは、もはや一個人のスローライフから、国家の命運を左右するレベルへと、否応なく引き上げられていく。
私が辺境で土と共に生み出した小さな希望の種は、今や、王国にとって最後の希望の光として、輝き始めていた。




