第6章:金の匂いと、若き商人
『陽だまりの食堂』の評判は、風に乗って遠くまで運ばれていった。辺鄙な村は日に日に活気づき、ついにはその噂を嗅ぎつけた、一人の男が店を訪れた。
「これはこれは、噂に違わぬ繁盛ぶりですね」
客足が少し落ち着いた昼下がりに現れたその男は、いかにも上等な仕立ての服を着こなし、人好きのする笑みを浮かべていた。しかし、その目の奥は、獲物を見定めるかのように鋭く光っている。
「私、商業ギルドで支部長を務めております、クロード・メルカトルと申します。セレスティーナ様、あなたに少々、儲け話がありまして」
クロードと名乗ったその若き商人は、私の前に座るなり、単刀直入に切り出した。
彼は私の作ったピザとポテトフライを注文すると、一口食べるごとに「素晴らしい!」「これは売れる!」と大げさに称賛し、そして核心を突いてきた。
「この規格外の野菜、そしてそれを活かした料理。これは一過性のブームで終わらせるにはあまりに惜しい。ぜひ、私にこのビジネスを手伝わせていただけませんか?」
彼は、私の野菜をギルド経由で王都や他の都市に流通させること、そしてトマトを使ったソース(ケチャップ)や果物を使ったジャムといった加工品を開発し、商品化することを提案してきた。
彼の話は、実に論理的で、説得力があった。私一人では、農業と食堂経営で手一杯だ。しかし、この計算高い若き商人と手を組めば、もっと大きなことができるかもしれない。
「あなたの狙いは何?」
私が探るように尋ねると、クロードはニヤリと笑った。
「もちろん、莫大な利益です。ですが、それだけじゃありません。私は、新しい商流が生まれる瞬間に立ち会うのが、何より好きなのですよ。あなたの『魔法農業』は、この国の食の常識、いや、経済そのものを根底から覆す可能性を秘めている」
彼の目には、金銭欲だけでなく、純粋な好奇心と野心が燃え盛っていた。こういうタイプの人間、私は嫌いじゃない。
「いいわ、あなたの話に乗る。ただし、条件がある」
「ほう、なんでしょう?」
「第一に、不当に高い値段で売りさばかないこと。私の野菜と料理は、みんなを笑顔にするためのものだから。第二に、この村の雇用を最優先にすること。村の活性化が目的よ。そして第三に……」
私はクロードをじっと見つめて言った。
「私を『セレスティーナ様』なんて呼ばないで。ビジネスパートナーでしょう? セレスティーナでいいわ」
私の言葉に、クロードは一瞬きょとんとした顔をしたが、やがて愉快そうに声を上げて笑った。
「面白い! 実に面白い! 承知しました、セレスティーナ。これからよろしく頼みますよ、最高のパートナー」
こうして、私はクロードという新たな協力者を得た。
私のスローライフは、農業から食堂経営へ、そして今、本格的な商業へと、その舞台を大きく広げようとしていた。辺境の小さな村で始まった私の計画は、自分でも想像していなかった方向へと、勢いよく転がり始めたのだった。




