第3章:魔法農業、始めます!
土壌改良に精を出すこと数日。前世の知識だけでは、この世界の独特な土壌を完全に理解するには限界があると感じ始めていた。この世界の土には、微量の「魔力」が含まれている。それが作物にどう影響するのか、私には未知数だった。
「そうだわ! 無いなら組み合わせればいいのよ!」
ある日の朝、私は閃いた。前世の科学的知識と、この世界特有のファンタジー要素――つまり「魔法」を組み合わせるのだ! 名付けて「魔法農業」!
私は公爵令嬢としての嗜み程度には魔法が使えた。特に得意なのは、精密な操作が求められる生活魔法の類だ。
早速、私は畑に向かい、手のひらを土にかざして集中する。自分の魔力を微細な糸のように放ち、土の中の魔力濃度を測定していく。
「ふむふむ……この区画は火属性の魔力が強いから、乾燥しやすいのね。あっちの区画は水属性の魔力が豊富だから、根腐れに注意が必要だわ」
まるで土と対話するように、畑の特性をマッピングしていく。こんな芸当、王都の魔術師が見たら腰を抜かすかもしれない。
さらに、私は効率的な灌漑システムも考案した。水魔法で井戸から水を汲み上げ、畑の上に霧状の雨を降らせるのだ。これで水やりも楽々。ついでに、風魔法で害虫を吹き飛ばし、土魔法で土をふかふかに耕す。魔法って、なんて農業向きのスキルなのかしら!
そんな奇想天外な方法で畑仕事に勤しむ私の元に、先日見かけたあの無愛想な青年が、また姿を現した。
「……何をしている」
低い声で、ぶっきらぼうに尋ねられる。
「見ての通り、畑仕事よ。あなたこそ、いつもそこで何をしているの?」
「……見張りだ。公爵様から、あんたの護衛を頼まれた」
「護衛? 私の?」
聞けば、彼の名はアッシュ・ウォーカー。かつては王国騎士団でエースと呼ばれるほどの腕利きだったが、とある事件をきっかけに騎士団を辞め、故郷であるこの村に戻ってきたらしい。父がそんな彼に、私の護衛を依頼したというわけだ。
「そう。大変ね、こんな泥だらけの令嬢の護衛なんて」
私が皮肉っぽく言うと、彼は私の手元――魔法で土を耕している様子をじっと見つめて、ぽつりと言った。
「……面白いことを、するんだな」
初めて見せた、わずかな興味の光。私はニヤリと笑った。
「手伝ってくれる? 元騎士様なら、力仕事は得意でしょう?」
アッシュは少し面食らった顔をしたが、やがて諦めたようにため息をつくと、私が持っていた予備の鍬を手に取った。
その日から、私とアッシュの奇妙な共同作業が始まった。私が魔法で土壌を分析し、指示を出す。アッシュは元騎士ならではの驚異的な身体能力で、力仕事を黙々とこなしていく。会話は少ないけれど、不思議と息はぴったりだった。
そして数週間後。私たちの努力は、ついに実を結んだ。
改良された畑の畝から、青々とした、力強い芽がいくつも顔を出したのだ。その芽は、この世界のどんな植物よりも瑞々しく、生命力に満ち溢れていた。
「……すごい」
隣でそれを見ていたアッシュが、思わずといったふうに呟いた。
「ふふん、まだまだこれからよ!」
私は希望に満ちたその芽吹きを見つめながら、これから訪れる収穫の時を思い、胸をときめかせるのだった。




