第2章:ここは楽園! 泥と土にまみれて
王都からの追放(という名の栄転)から数週間後。揺れる馬車に乗り、私はついに目的地であるヴァインベルク辺境領の小さな村に到着した。
出迎えてくれたのは、父が手配してくれた初老の執事と数人のメイド、そして、活気という言葉からは程遠い、静まり返った村の風景だった。
家々は古びて所々が傷み、道行く人々の服装も質素で、その表情はどこか疲れている。畑に目をやれば、作物はまばらで痩せこけており、土は乾燥してひび割れていた。
普通のお嬢様なら絶望するような光景だろう。しかし、私の目には、その全てが宝の山に映っていた。
「素晴らしい……なんて素晴らしい土地なの!」
私の歓声に、執事のセバスチャンが「お嬢様……?」と困惑した顔を向ける。
「見てセバスチャン! この土、確かに今は痩せているわ。でも、見て。水はけが良さそうで、日当たりも最高。ちゃんと手を加えてあげれば、きっと極上の畑になるわ!」
「は、はぁ……」
私は用意された屋敷に荷物を置くのももどかしく、早速持参した最高の逸品――前世の記憶を頼りに特注させた、動きやすさ抜群の作業着に着替えた。コルセットもパニエもない、なんて自由なのかしら!
裾をまくり、ブーツを履いて外に飛び出すと、村人たちが「あれが追放されてきた公爵令嬢様か」「なんて格好を……」「どうせすぐに音を上げるさ」と遠巻きに噂しているのが聞こえる。ふふん、見てなさい。私は本気よ。
まずは土壌改良からだ。私は持ってきたスコップを手に、硬い地面へと突き立てた。前世で培った知識が頭の中でフル回転する。腐葉土、堆肥、緑肥……やることは山積みだわ!
夢中で土を掘り返していると、ふと、視線を感じた。村人たちの好奇の視線とは違う、もっと静かで、鋭い視線。
振り返ると、少し離れた木の根元に、一人の青年が腕を組んで立っていた。歳は私と同じくらいだろうか。日に焼けた肌に、無造C_INTに伸びた黒髪。その佇まいには、そこらの村人とは明らかに違う、張り詰めた空気があった。彼はただ、じっと私の作業を見ていた。
私が視線を向けると、彼はフイと顔を背け、無言で立ち去ってしまった。
「……感じの悪い人」
少しだけ気になったけれど、今はそれどころじゃない。私の輝かしい農業ライフは始まったばかりなのだから!
その日の夕方。泥だらけになって屋敷に戻った私を、セバスチャンが泣きそうな顔で出迎えた。
「お嬢様、そのようなお姿……公爵様が見たら卒倒なさいますぞ!」
「大丈夫よ、セバスチャン。これは名誉の勲章みたいなものよ」
私はカラカラと笑い、風呂に飛び込んだ。凝り固まった筋肉がじんわりとほぐれていく。ああ、なんて心地よい疲労感。明日も頑張ろう、と心に誓いながら、私は久しぶりにぐっすりと眠りについたのだった。




