番外編2:王太子の憂鬱と愉悦
レオナルド・フォン・エルディオスは、頭を抱えていた。
彼の執務室の机には、ヴァインベルク辺境領から密偵が送ってくる定期報告書が山積みになっている。
『本日、セレスティーナ様、新種の芋を収穫。村人たちと踊る』
『本日、セレスティーナ様、食堂を開店。ピザなる円盤状のパンが人気』
『本日、セレスティーナ様、商業ギルドの男と密会。ケチャップなる赤いソースを開発』
「……スローライフとは一体……」
婚約破棄の茶番に乗ってやったのは、彼女を窮屈な王宮から解放し、その類稀なる才能を自由に発揮させてやりたかったからだ。せいぜい領地で小さな畑でも作って、穏やかに暮らすのだろうと思っていた。
だが、どうだ。彼女は辺境の村一つを、数ヶ月で王国の最重要経済拠点に変えてしまった。もはやスローライフではなく、超高速領地改革だ。
報告書を読むたびに、レオナルドは頭痛と、それ以上の愉悦を感じていた。
彼女の型破りな行動は、常に彼の予想の斜め上をいく。退屈な政務の合間に読む彼女の「事件報告」は、何よりの娯楽となっていた。
お忍びで彼女の食堂を訪れた日のことは、忘れられない。
泥だらけで、しかし誰よりも輝いていた彼女の姿。そして、彼女の作った料理の味。
あの瞬間、レオナルドは悟った。自分は、この面白い女を、ただ遠くから眺めているだけでは満足できないのだ、と。手元に置いて、その輝きを独り占めしたい。そんな独占欲が、はっきりと芽生えてしまった。
食糧危機の発生は、国にとっては不幸だったが、彼にとっては好機だった。
彼女を王都に呼び戻す、大義名分ができたのだから。
王都での彼女の活躍は、これまた痛快だった。貴族の妨害をものともせず、民衆の心を掴んでいく。彼女を見ていると、凝り固まったこの国の常識など、いかに些細なことかと思えてくる。
最終的に、彼女に再びプロポーズをした時、彼は王太子としての計算など微塵も考えていなかった。ただ、この面白い女の隣に、ずっといたい。それだけだった。
「時々は、畑仕事をしてくださいね?」
そんな条件を出してくる未来の王妃など、前代未聞だろう。
だが、レオナルドは心から思った。
ああ、なんて最高なんだ。俺の選んだ女は。
彼の憂鬱は、これからも彼女によって尽きることはないだろう。そして、彼の人生が退屈することも、もう二度とないのだ。




