番外編1:騎士が鋤を握るまで
アッシュ・ウォーカーは、光を失っていた。
かつて、王国騎士団で『未来の騎士団長』とまで謳われた彼のエースとしての輝きは、ある事件を境に、厚い氷の中に閉ざされていた。信頼していた上官の裏切り。守るべき民を守れなかった無力感。その全てが、彼の心を蝕み、剣を握る意味を見失わせた。騎士団を辞め、故郷の辺境の村に戻った彼は、ただ、静かに時が過ぎるのを待つだけの、抜け殻のような日々を送っていた。
そんな彼の前に、セレスティーナ・フォン・ヴァインベルクは現れた。
追放されてきた、傲慢な公爵令嬢。それが、最初の印象だった。どうせすぐに泣き言を言って、王都に帰りたがるだろう。公爵に護衛を頼まれた時も、面倒な仕事だと思っただけだった。
だが、彼女は違った。
高価なドレスをあっさりと脱ぎ捨て、泥だらけになって畑を耕し始めたのだ。貴族令嬢とは思えぬ手際の良さと、何より、その楽しそうな顔。アッシュは、ただただ驚いた。
彼女が語る『魔法農業』という奇想天外な理論。彼女が作る、見たこともない、衝撃的に美味い料理。彼女の周りには、いつの間にか人が集まり、笑顔が生まれていく。その姿は、まるで荒れ地に降り注ぐ太陽の光そのものだった。
彼女の護衛として、農業の相棒として、毎日を共にするうちに、アッシュの凍てついていた心は、少しずつ溶かされていった。
「アッシュも手伝ってくれる? 元騎士様なら、力仕事は得意でしょう?」
彼女は、俺の過去を詮索もせず、ただ「今の俺」の力を必要としてくれた。鋤を握る手は、いつしか剣を握っていた時と同じくらい、しっくりと馴染んでいた。
守るべきものを見失っていた俺に、彼女は新しい守るべきものを与えてくれた。彼女の笑顔を、彼女が作り出すこの温かい場所を、今度こそ、俺はこの手で守り抜きたい。
王都での陰謀に立ち向かう時、アッシュは迷わず、再び騎士の鎧を身につけた。だが、それは過去の栄光のためではない。セレスティーティーナという、新しい光を守るためだ。
事件が解決し、彼女が王妃になることが決まった時、彼は心からの祝福と共に、一つの誓いを立てた。
これからも、あなたの剣であり、あなたの鋤であり続けよう。あなたが作る未来を、すぐ側で支え続けることが、俺の新しい騎士としての誓いだ、と。
アッシュ・ウォーカーは、再び光を見つけた。その光の名を、セレスティーナといった。




