第10章:聖女と悪役令嬢
王都での私の活動が軌道に乗る一方、王国の食糧危機そのものは、依然として深刻なままだった。私の作るジャガイモ料理が民衆の胃袋を一時的に満たしてはいるが、根本的な解決には至らない。凶作の原因が、分からないのだ。
自分の無力さに、聖女リリアナは深く打ちひしがれていた。彼女は毎日神殿に篭り、祈りを捧げ続けたが、土地が癒える気配はなかった。民衆からは「聖女様も、もはやこれまでか」という声さえ聞こえ始めていた。
そんな彼女の元を、ある日、私が訪れた。
「……セレスティーティーナ様。何の御用でしょうか」
神殿の薄暗い一室で、リリアナは憔悴しきった顔で私を迎えた。彼女の中ではまだ、私は自分を虐げた「悪役令嬢」のままなのだろう。その瞳には、緊張と警戒の色が浮かんでいた。
私は単刀直入に切り出した。
「リリアナ、あなたに協力してほしいことがあるの」
「協力……? 私に、あなたと?」
私は、辺境から持ってきた二つの土を見せた。一つは凶作に喘ぐ王都近郊の畑の土。もう一つは、私の『魔法農業』で改良した辺境の畑の土だ。
「この凶作の原因、天災なんかじゃないわ。おそらく、特定の栄養素――例えば、植物の成長に不可欠な窒素やリンといった成分が、土から極端に失われている。そして、それを好む特殊な病害菌が蔓延しているのよ」
前世の知識が、私にそう告げていた。
「……ちっそ? りん?」
きょとんとするリリアナに、私は構わず続ける。
「私の魔法農業は、足りない栄養を補い、土のバランスを整えることはできる。でも、国中に蔓延してしまった病害菌を浄化するには、範囲が広すぎるわ。そこで、あなたの力が必要なの」
私はリリアナの目をまっすぐに見つめた。
「あなたの癒やしの力は、人の傷だけでなく、土地そのものを癒すことができるはず。私が土に必要な成分を分析し、特定する。あなたは、私の指示に従って、その浄化の力で、土壌そのものを蝕む病害菌だけを消し去ってほしいの」
「……!」
リリアナは息を呑んだ。私が悪役令嬢を演じていたことなど、彼女は知らない。だが、目の前の私が語る、聞いたこともない科学的な知識と、それを魔法と組み合わせようという大胆な発想。そして、何より国を救おうとする真摯な眼差しに、彼女は圧倒されていた。
それは、彼女が知っている、ただ我儘で傲慢だったはずのセレスティーティーナとは、全く違う人物の姿だった。
「……なぜ、私に? あなたは、私のことが嫌いだったはずでは……」
「好き嫌いで国は救えないでしょう?」
私はふっと笑って見せた。
「それに、あなたを虐めていたのは、追放されたいがための演技よ。迷惑をかけたわね」
「え……えええ!?」
初めて明かされる事実に、リリアナは目を白黒させている。
戸惑い、混乱しながらも、リリアナは私の手を取った。彼女の瞳には、ようやく光が戻っていた。
「……分かりました。私に、何ができるのか分かりませんが……あなたの力を信じます。いえ、あなたと、私自身の力を」
こうして、かつては敵対していた「悪役令嬢」と「聖女」が、手を取り合った。
私の科学的知識と、リリアナの聖なる力。二つの力が合わされば、きっとこの国難を乗り越えられる。
私たちの、王国を救うための共同戦線が、今、始まった。




