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赤い場所の彼女
彼女の住む火星は、赤いというより、薄かった。
そう彼女は書いた。
「空の色が、地球より軽いの」
低重力で育った人間の身体は、
地球の常識とは違う形で完成する。
骨は細く、
筋肉は“支える”より“浮かせる”ためにある。
何より違うのは、心臓だった。
火星では、
血液は、そこまで強く押し戻されなくていい。
彼女はそれを、こう表現した。
「地球の重力は、心臓に直接話しかけてくる感じがする」
彼は、その比喩が好きだった。
最初の一年、
彼らのやりとりは丁寧だった。
挨拶、天気、体調。
互いに踏み込みすぎない距離。
二年目から、
生活の話が増えた。
彼は、眠れない夜の数を。
彼女は、火星の朝の匂いを。
三年目には、
返事が来る時間を予測できるようになった。
それは恋というより、
呼吸のリズムに近かった。
会えないことは、
もう話題にすらならなかった。
それでも、
彼女は時々こう書いた。
「地球に立ってみたいな」
彼は、
「きっと重いよ」
とだけ返した。




