第3話
どうやって、今まで生きていたんだろう。
呼吸をして、食事をして、あと何だっけ。
いつかは途方に暮れた迷子のように、とぼとぼと歩いていた。どこに行く当てもなく、頼れる人もいなくどうしようもなくて、でも学校にも家にも戻りたくなかった。
皆。皆、嫌いだ。消えてしまえ。でも、そう思う自分が一番嫌いだ。
これからどうしようかな、と考える。所持品は少ない。
ボロボロの画集と、胸元の生徒手帳の中にもしもの時用の紙幣。スマートホンは鞄の中に忘れてしまった。セーラー服はこれからの時間帯に目立ちすぎ、補導でもされたら面倒だった。
いっそのこと、本当に違う場所に行ってしまおうか。
全てがどうでもよく感じられ、いつかの足は駅前のバスターミナルへと向かった。電光掲示板を見つめ、所持金で行ける一番遠くまで向かう夜行バスの切符を購入した。帰り用の運賃は残していない。行くだけのバスだ。
程なくしてバスの準備が整ったのだろう、アナウンスが流れる。いつかはバスに乗り込み、窓際の座席に落ち着いた。
「…。」
ようやく呼吸の仕方を思い出して、小さなため息を吐く。そしてバスがいよいよ出発した。
雨粒が窓を叩き、後方に向かってボーダーラインのように流れていく。厚い雨雲に隠れて、今夜は朧月だった。
テールランプの光が鎖のように道路を繋ぎ、スピードに乗った車体に揺られてどんどん生まれ育った街が遠ざかっていった。不安がないわけではないが、初めて空に飛び立った鳥のような高揚感を得た。
バスは高速に乗り、山を貫通したトンネルを行く。まるで巨大なクジラの胃の中に流し込まれるようだった。
やがてバスの車内は消灯を迎え、空間は暗く静かな深海のようになった。通路を挟んで隣の席に座る恋人たちが互いに寄り添い合うように眠っている。いつかは窓ガラスに額を付けて、振動を感じつつ瞼をそっと閉じた。