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螺旋のハリス  作者: 櫻井


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4.謀る女と煩悶する男


 マンスフィールド侯爵夫人として知られるキャサリン・ルイーザ・レプトンは、ポーレの社交界の華(ソーシャライツ)と呼ばれる女性だ。

 並外れた美貌に加え、聡明さと優雅なもてなしで、艶やかにポーレの社交界に君臨する大輪の華。誰も彼女を疑わないし、誰も彼女を蔑ろにしない。


 彼女に憧れる女性は多いが、シャナンに言わせれば、ただの妖花である。


 他者の欲望や弱点を瞬時に見抜く洞察力を持ち、言葉巧みに相手を操る。


 味方とすれば心強いかもしれないが、いつ寝首をかかれるかとシャナンなら警戒する。


 実際、キャサリンは計算高い野心家であった。


 キャサリンの策略の巧妙さは、彼女が悪として表舞台に立つことを避けている点にある。


 シャナンが無害な才女に擬態するのが巧いとしたら、キャサリンは淑女の手本を演じるのが上手かった。


 マンスフィールド侯爵夫人として、艶やかに社交界に君臨する華。そのスタンスを崩さない彼女は、他者から見ればどこまでも善の人だ。


 そんな彼女は、ハルツェンであった頃とレプトンになってからの数年、周辺国を遊歴している。その時の経験から、異国の文化や交易の機微に精通しており、他国の貴族との交渉にも慣れていた。


 ここでも一つ、ヴァレリアには運がなかった。


 キャサリンは、秘密裏にタリシュカの商人からハンター家が扱う香辛料や高級織物の一部を手に入れると、即座にその価値を理解する。


「……困った子ね」


 商品を前に呟いたキャサリンは、すぐさま愛する夫へカードを(したた)めた。と、同時に冷血の鷹ロデリック・オークレイにも手紙を送る。


 公正で寛容な貴婦人。

 その足元から伸びた影は大きく広がり、まるでクモの巣のように人々の思惑をつなぎ、より遠くへと伸びていく。





 ◇





 クラレンスは、自身の邸宅の書斎で、キルシャロー侯爵との関係改善を模索していた。

 髪は乱れ、瞳に覇気をなくした彼の姿は、かつての自信に満ちた貴族のそれではなく、疲れと後悔に苛まれたものになりつつある。


 机の上に広げられた幾つかの書類の束と、衷心を装った手紙。いや、本当にクラレンスを案じてのものも何通かはあっただろう。だが、多くはホーソーン家の行く末と何かしらが(・・・・・)起こる前に毟り取らなければというギラついた思いが文字の端に滲んでいるような手紙ばかりだ。

 そんなゴミ同然の無価値なものでも、知恵の足しになるのでは無いかと目を通す。


 キルシャローの鷹との揉め事だけは、避けたかった。


「なぜ、オークレイが出てきた……」


 ヴァレリアの競合相手となるブライア家は、確かにオークレイ家が支援しポーレで発展した。だが、ヴァレリアの商売は、そんな安定したブライア家の市場を乗っ取るほどに大きくなるとは思えなかった。


 彼女の夢は魅力的で、夢を追う人間とは、こうもキラキラと美しい瞳をするのかと感嘆もした。しかし、頭の隅で『この夢は叶わない』と判断する自分もいた。だからヴァレリアを甘やかし、自分の手元に囲って夢を少しずつ叶えてゆく様を間近で見ていたいとシャナンとの関係を解消したのだ。


 それを。


 シャナンは、忠告を残して消えた。それだけなら害にもならない。だが、ロデリック・オークレイまで出てきてヴァレリアを排除しようと動く。一体、何があった。ヴァレリアの計画に、どんな要素があったというのだ。

 シャナンは、その危険性を察していたというのか。


 おざなりに、書簡箱に積まれた上から順に封を開け、目を通す。どれもこれも、やはりゴミ。そう溜息を吐きたくなった時、開いた手紙の内容にクラレンスの唇が震えた。

 差出人は、アントワーヌ・ルーション。鉄道開発についての出資で、約束を忘れたクラレンスが恥をかかぬようシャナンが手を回した相手だ。


 そこには、老婆心からだと記したうえで、クラレンスの知らない社交界の裏の流れが書かれていた。


 ――――マンスフィールド侯爵の新規事業。


 夫人の生家であるハルツェン家は、薬事業で財を成した。そこからさらに踏み込むのに、紡績業へ手を伸ばしたらしい(・・・)


 そのような金や物資の流れ、気づかなかったが……。

 いや、下準備がゆっくりとされていったのだろう。気付かれないほど自然に、目に付かぬほど堂々と。


 シャナンは知っていたのか?


 いや、気づいていたなら何かしら言ってきたはずだ。あの女は小賢しい。


「これは、金の流れが変わる……。物流も」


 だが、そんな動きをキルシャローの鷹が許すか?


 チリチリと干上がるように喉の奥が乾いていく。


 ヴァレリアの野心に引き込まれ、社交界での人脈を提供したことが、スキャンダルの火種となった。


 恨むべきは、自分の軽率さだ。


 だが、あの時は、何ら難しい問題ではなかったはずだ。自分に相応しいと思った女と添い遂げたいと思い行動した。

 それが、ひと度歯車が狂うと次々と問題が横溢し、山積していく。


 泥濘に足を取られ、沈み込んでいくみたいに。


「マンスフィールドとキルシャローが手を組んだと……言うことか?」


 この二つが足並みを揃えれば、ヴァレリアの付け入る隙など何処にも有りはしない。


「いや、そんな筈はない」


 記憶を探る。深く、深く……。

 マンスフィールド侯爵。穏やかで物憂げな眼差しを持つ男。口は回るが、喋り過ぎはしない。どちらかと言うと相手の話に耳を傾けるタイプ。だから、恐ろしい。針の穴を通すように刺してくる。

 全てを磨り潰して進むキルシャロー侯爵ロデリック・オークレイとは真逆だ。だから両家が蜜月を迎えるとは思えない。

 となれば、やはり夫人側だろう。

 キャサリン・ルイーザ・レプトン。ポーレの社交界に咲く光の華。彼女が実家の支援を夫に求め、侯爵がそれを許した。

 正式な書面に記したわけではないだろう。

 手紙には書いたかもしれない。それが残っているかは知らないが。


 ただ、目的が一緒だった。


「そうか……そういうことか」


 ヴァレリアは、時期が悪かったのか?


 シャナンは何を知っていた?

 なぜ教えなかった。


 否、違うな。

 あれも知らなかった。だが、常に社交界の金の流れに警戒はしていた。ヴァレリアもポーレの社交界に打って出るくらいだ。金の流れは把握していたのだろう。ただ……。


 作られた隙をそうと思わず足場にしようとした。


「アントワーヌ・ルーションは、私に(おもね)ろと言うのか」


 クラレンスは呟き、暖炉の火に目を向ける。


 カオール子爵が伝えてきていることは、すべてが正しい。


 クラレンスがとるべき行動は、オークレイ家との会談を準備し、ポーレ南部の交易における協力を提案すること。


 苦しい立場に追いやられたクラレンスが生き残るすべだ。


「リード家との関係修復は難しい」


 関わらなければ関わらないで、両家ともやっていけるのだ。それが、こうも立場を悪くするとは思わなかった。


「くそ……」


『あなたが選んだその道が、光に照らされているものでありますように』


「私は、間違っていたのか?」


 シャナンを失ったことの重さを、実感し始めていた。






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