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女性苦手克服作戦1


 大陸の中央に位置し、国土の約七割が山岳地帯を占めるクラロ・フォンテの夏は、陽射しが強いものの涼しく快適だ。


 山岳地帯の多くは森林と農地が占めており、湖や河川と豊かな水源に恵まれている。平原地帯との間には大きな標高差があり、人口の大半は平原地帯の都市部に集中していた。


 山岳地帯にある魔法学校から都市部の王都までは、魔法を動力源とする魔鉄道が通っている。


 山々を背景に花が咲き誇る大草原と放牧されている牛、氷河から流れこむエメラルドグリーンの神秘的な湖や、谷底にある小さな村に聳え立つ岩壁から流れ落ちる名瀑。なだらな斜面に広がる段々の葡萄畑など、絵画のような風景の中を走り抜けると、やがて王都に到着する。


 魔鉄道を降りたエミリーは、まず、人の多さに圧倒された。田舎の領地でのびのび育ったエミリーにとって、王都は大都会だ。


 (現地集合にしていただいたけど、こんな人混みの中でリュシアン様を見つけられるかしら?)


 今日は珍しく私服だ。学校では基本的に制服で、パーティーなど特別なイベントがある時は正装するが、私服を披露する機会など滅多にない。


 はじめは友人にコーディネートを相談しようかと思ったが、デートではないし、色々突っ込まれて墓穴を掘りそうなのでやめておいた。昨晩ひとりでクローゼットの中身を引っ張り出した末、最も無難なワンピースと日除けの帽子を選んだ。


 一抹の不安を抱えながら待ち合わせ場所に向かうと、リュシアンが先に到着していた。


 彼は飾り気のないシンプルな装いだが、周囲を行き交う女性たちの目を独占している。しかし遠巻きに熱い視線を送られるだけで、直接声を掛ける女性はいなかった。


 (うーん。凄まじく高貴なオーラを放ってるし、誰が見ても高嶺の花よね。同じ学校の生徒か知り合いでもない限り話し掛けるなんて到底無理だわ)


 シャープな輪郭に縁取られた端正な面立ちは文句のつけようがない完璧な美形である。長身で引き締まった体は筋肉ムキムキのマッチョではなく、俊敏に獲物を狩る肉食獣のようなしなやかさだ。 


 (人生の中でこんなに素敵な男性と休日を過ごすなんて、夢にも思わなかった)


 降って湧いた幸運を噛み締めつつ近付いていく。こちらに気付いたリュシアンが大股で距離を詰めてきて、顔を見合わせるなり安堵の息を吐いた。


 「エミリー。無事でよかった。やはりエスコートするべきだったと後悔していたところだ」


 「リュシアン様……」


 幸い王都は治安が良く、薄暗い裏路地に入り込むような真似をしなければ比較的安全だが、貴族令嬢がひとりで出歩くのはやはり不用心だ。


 そのためリュシアンは学校からエスコートしたいと申し出てくれたものの、人目を憚ったエミリーは丁重に辞退していた。


 「ご心配をお掛けした上、お待たせしてしまい申し訳ございません」


 「何も気にすることはない。女性を待たせるべきではないと口酸っぱく教え込まれている。だから最初から早めに来るつもりでいたんだ」


 「そうでしたか。実は人混みにはあまり慣れてなくて、すぐにお会いできるか不安だったのです。先にご到着いただいていて助かりました。お気遣いありがとうございます」


 感謝の笑みを浮かべると、リュシアンは眼差しを緩めた。笑みを封じているため表情の変化が少ないが、彼と共に過ごすようになってから、瞳の僅かな変化で感情を読み取れるようになってきている。


 (よし! 今日はリュシアン様の専属ガイドに徹するわ!)


 友人の協力を得てばっちり予習してきたエミリーは、ふんす、と気合を入れた。


 「それではさっそく見て回りましょうか。ご希望はありますか?」


 「そうだな……ではまず、贈り物をするのに適した店をいくつか教えてもらいたい。婚約者に贈るようなアクセサリーやドレスではなく、その前の段階でコミュニケーションを兼ねて気軽に渡せるような品を扱っている店が望ましい」


 「分かりました。お任せください!」


 意気揚々と胸を張り、リストアップしておいたとっておきの雑貨店に向かうと、リュシアンは物珍しそうに店内を見回した。


 「これは何だろうか?」


 「ハーバリウムですね。ガラスの小瓶にお花をオイル漬けしたもので、手入れせずともお花を美しく保ち続けることができます」


 「ではこれは?」


 「香り袋ですね。ドライフラワーやハーブなどを布の袋に詰めたものです。ほのかな香りを長く楽しめますよ」


 その後も小物を取り扱う店を中心に回り、ついでにいくつかのスイーツ店にも寄って流行の菓子を紹介した。ショーウィンドウを眺めながら色々解説していると、次第にリュシアンの顔に疲労が滲む。


 情報過多で混乱しているのか、慣れない女性向け店舗を回って神経がすり減ったか、はたまた不特定多数の女性に向けられる熱い眼差しが原因か。その全部かもしれない。


 「あの、よろしければそろそろ休憩しましょうか?」


 「……っ、ああ、そうだな。君をずいぶん歩き回らせてしまった。気が利かなくてすまない」


 心なしか沈んだ声で同意するリュシアン。


 エミリーはあえて女性好みではない地味な内装のカフェに案内し、落ち着いてもらおうと適当な飲み物を注文した。


 するとリュシアンの頭上に『ずぅーーーん』と暗雲が立ち込める。初めてリュシアンを見かけた時に背負っていたアレだ。


 「大丈夫ですか? ご気分が優れないようでしたら治癒をおかけしますよ」


 「いや、その必要はない。それよりわざわざ時間を作ってもらったのに君に頼りきりな上、気を遣わせてばかりで申し訳ない……」


 「そんなことないですよ。私は今日、リュシアン様と街歩きができて楽しいです。私の話に根気よく耳を傾けてくださいますし、行ったことがある場所でも、リュシアン様と訪れると新鮮でした。同じ時間と思い出を共有できて嬉しく思います」 


 自己嫌悪に陥っていたリュシアンにとっては思ってもみない反応だったらしい。エミリーが微笑みを浮かべると、少しだけ安心したように表情を緩めた。


 「ありがとう。君はいつも肩の荷を軽くしてくれるな」 


 「ふふっ。気休めではなく本心ですよ。他のご令嬢の前でも、気の利いた贈り物をしないといけないとか、話を盛り上げないといけないとか、変に気負う必要はないと思います。私とお話する時のように自然体で接するのが一番ではないでしょうか? 相手が自分に興味を持っていると感じられるだけで嬉しいものですよ」


 「そういうものか……。だが、自然な私を引き出してくれているのはエミリー、君だ。一方的に期待を押し付けず、面白味のない話でも楽しそうに聞いてくれる。女性の好きなものに疎くて気の利いた言葉を掛けられなくても失望しない。いつもこちらに合わせて歩み寄ってくれる。そんな女性はいなかった」 


 (たしかに――リュシアン様への期待が高すぎて、思うような反応が返ってこなかった時に失望したり、落胆する人はいるかもしれない)


 けれど勝手に期待を抱いて理想を押し付けて、相手が思い通りにならないことに失望して去って行くような相手なら、元から縁がなかったのだろう。人と誠実に向き合うとするなら、お互いを知るための時間と信頼関係を築く努力が必要だ。


 「リュシアン様にとって女性から期待を向けられるのは重荷なのですね。ですが、期待されることはそれほど悪くないのではないでしょうか?」


 「?」


 「もちろん、相手の都合を無視した過度な期待は重荷になります。けれど信頼関係を築いている相手なら、私は期待されることを嬉しく思います」


 リュシアンと関わるようになり、期待を向けられ、それに応えられることに言葉にできない喜びを感じている。エミリーは己の胸にそっと手を当てた。


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