高嶺の花と意外な素顔4
「立ち入ったことをお伺いしますが、アルベール様は心の底では女性がお嫌いなのでしょうか?」
「いや、そんなことはない。単に苦手なのだ」
「何が苦手なのかお伺いしても?」
「……これまで私に近付く女性たちは差があれど必ず期待を抱いていた。あの物欲しそうな眼差しと隙あらば距離を詰めようとする強引さが苦手なのだ。濃い化粧も派手な装いも、むせ返るような甘ったるい香りも全てが苦手だ」
「ああ……」
ありえないほど競争率が高いリュシアンを射止めるため、気合を入れて盛りに盛って鼻息荒くアプローチした結果、ドン引きされるという悲しい結果を招いたらしい。華々しく散っていった令嬢達に心の中で合掌する。
「それに私は気の利いた世辞のひとつも言えない。年頃の女性が好む話題にも疎く、どこに連れて行けばいいのか分からない。元婚約者とはたいてい王立図書館へ行っていた。王都一の蔵書数で互いの好みが違っても楽しめるし、会話をすることも少なく気が楽だった」
「えっ。毎回図書館へ通っていたのですか?」
「毎回ではない。あとは博物館か美術館だな。こちらも解説で間が持つので楽だった。はじめは文句を言わずについてきてくれたが重なると微妙な顔をされていた……」
「ああ……」
元婚約者様の心情を慮って声色が曇る。微妙な顔つきを見たリュシアンが眉を下げる。
「ちょうど今のブラン嬢のような顔だ。普段は寡黙でまともに世辞も言えず、口を開けばうんちくを垂れ流す男など、誰だってお断りだろう。女性のエスコートは叩き込まれているが、それ以前の問題だ」
「ご友人にはご相談されなかったのですか?」
「した。そしてどうにか改善しようと一度だけ女性に評判の甘味店に行った。下見を兼ねてのことだったが男ひとりは珍しく、女性客ばかりで居心地が悪かった。四方から視線を感じながらケーキを食すのは地獄のような時間だった……」
「ああ……」
隠れる場所もなく、ひとり肩身狭そうにケーキを食す絵面をリアルに想像し、その時のリュシアンに心の中で合掌する。
憐れみを感じ取ったリュシアンが気まずそうに視線を逸らすので、だんだん可哀そうになってきた。
「えっと、行き先には改善の余地があったかと思いますが、深く考え過ぎではないでしょうか? 分からないのであればお相手に好みをお伺いすればよいのでは? 今こうして普通にお話できていますし」
「それが異常なのだ。理由を考えていたのだが、ブラン嬢からは私に対する異性への期待を一切感じない。だから気が楽なのだろうと思う」
(なるほどたしかに。アルベール様は高嶺の花すぎて夫候補としては見れないわ)
腑に落ちたエミリーがうんうん頷く。リュシアンは穏やかな声色で続けた。
「はじめに声を掛けられた時は警戒したが、すぐに純粋な気遣いだと分かって安心した。自然に会話が続くなんて奇跡のようだ。これを機会にぜひ友人になってもらえないだろうか?」
「!?!?」
(想定外のお願いにはしたなくも吹き出しそうになってしまったけど、根性で耐えた私を誰か褒めてほしい)
期待に満ちた眼差しを向けられ、すぅっと魂が抜けそうになった。
身に余る光栄なお話だが、友人としてあまりに釣り合わない。校内でリュシアンに声を掛けられれば瞬く間に噂になって、令嬢たちに問い質されるだろう。場合によっては見当違いの憶測でリュシアンに迷惑を掛けるかもしれない。
エミリーが脳内で不穏な未来を妄想していると、渋っていると察したリュシアンは肩を落とした。
「そうか、私は婚約者に見切りをつけられ婚約破棄された情けない男だったな……。友人とはいえブラン嬢に近付いて評判に傷をつけるわけにはいかない。今のは忘れてくれ」
ふいっと顔を背けたリュシアンに心の距離を取られる。とことん認識がズレてるなと思った。
「いえ、そうではありません。婚約破棄されたといってもアルベール様はとても魅力的な結婚相手です。むしろ婚約破棄されたことで次の婚約者の座を狙う女性は少なくないので、友人とはいえお側にいることで変な誤解を招いてはご迷惑になるかと」
「どういう意味だ?」
「これまで女性を伴ったことのないアルベール様が突然私を連れていると目立つ、という意味です。中には邪推する者も出てくるでしょう。そうなると今後の婚約者探しに差し支えるのではありませんか?」
「なるほど、ブラン嬢の懸念は理解した。しかし実際のところ何も後ろめたいことはないのだし、わがままが叶うならこれからも君と話したい。これまで接点がなかった分、はじめは驚かれるかもしれないが、そのうち周りも慣れるのでは?」
(うーーーん。希望的観測とまでは言わないけれど、この人、自分の価値を過少評価し過ぎじゃない?)
一挙手一投足どころか視線の先まで追われている、校内随一のモテ男である。
元々女性が苦手な上、元婚約者が心変わりしたことで男としての自信をなくしているのかもしれないが、客観的に見てカンスト級のハイスペックだし、誰もが妻の座を夢見る優良物件ではないか。
(まずは認識を改めるべきよね? でもそれって特別親しくもない友人が踏み込んで許される範疇? そもそもほんとに私が友人でいいの? 大してお役に立てないわ)
慎重に返答を考えていると、リュシアンが畳掛けてきた。
「すまない。君が乗り気でないのはさすがに察している。だが私は公爵家の次期当主として伴侶を迎えなければならない。女性が苦手なままでは困るのだ。その点、ブラン嬢は今のところ唯一自然に会話ができる相手だ。できれば今後も会話の機会を作ってもらいたい。ここですぐに答えを出してしまわずに一度よく考えてもらえないだろうか? それほど私には切実な問題なんだ」
「つまり、女性が苦手なのを克服するために、私を練習相手にしたいということでしょうか?」
「その認識で合っている。だがそれだけではない。ブラン嬢を人として――共に魔法を学ぶ同志として好ましく思うからこそ、ぜひ友人になってもらいたい」
リュシアンは口にしなかったが、恋人も婚約者もいないという点でエミリーは好条件なのだろう。いくら友人といってもどちらかに決まった相手がいる場合には接し方にかなり気を遣わなければならない。
家格はアルベール家とは比べるまでもないものの、エミリーは伯爵家の令嬢で貴族のマナーや慣習は心得ている。
さらにいえばリュシアンに懸想しておらず、お互いに対象外で気楽に接することができる相手となれば練習相手として最適なのだろう。
「お気持ちは分かりました。ですが友人として過ごすうちに私がアルベール様をお慕いするようになれば、お困りになるのではないですか?」
至極真っ当な可能性を主張する。身の程は弁えているが、絶対ないとは言い切れないので予め忠告する。これで少しは考え直してくれるかと思ったが、リュシアンは引かなかった。
「なぜ困る? ブラン嬢に好意を寄せられて嫌な気分になどなるはずがない。それに杞憂だ。そもそもブラン嬢が私を愛することはない」
自信を持って断言され、呆れて閉口する。
(情けないところを見せたから大丈夫ってこと? さっき欠点があった方が人間味があって素敵だとお伝えしたのだけど、忘れたのかしら? というか慕われても困らないって。本気で惚れられたら友人ではいられないでしょうに。色々突っ込みたいけど今何を言っても正しく伝わらない気がするわ)
まずは認識を正し、自己評価を改めてもらうのが先決だ。真冬の湖に裸で飛び込む覚悟で腹を括り、リュシアンを見据えた。
「優れた魔法の使い手であるアルベール様には学ぶところが多くありますし、お申し出をお受けいたします。ただし条件があります。人前では声を掛けないでください。会話の訓練は週に一度、放課後こちらのベンチで行う。それでもよろしいですか?」
「! もちろんだ。ありがとう、この恩は決して忘れない」
行儀よく座って一定距離でキラキラ見つめてくる。忠犬っぽい。この一日でだいぶイメージが変わったなと思う。
「それではアルベール様、本日からよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく頼む。ところでブラン嬢、さっそくだがお互い名前で呼び合わないか?」
「えっ」
「二人きりの時だけでもかまわない。友人であれば名前で呼び合うものだろう?」
友人でも特別親しくなければ名前で呼ばないんじゃないか???という疑問が脳裏をよぎった。けれど「だめだろうか?」と子犬モードで懇願され、心を撃ち抜かれたエミリーは「ん”ん”っ」と奇声を飲み込んだ。
「……わ、分かりました。二人の時なら」
「ありがとうエミリー。感謝する」
「!!!!」
超絶美形に三分咲きの笑みを向けられ、軽く呼吸困難に陥った。
(神様。友人とは命の危機を感じる関係でしょうか?)
気が遠くなり選択を誤ったかもしれないと早速後悔したけれど、リュシアンが本当に嬉しそうで――前言撤回宣言はどうしてもできなかった。